須佐は藍子の病室の近くに入院している、年配の女性を紹介してくれた。

 女性は須佐の遠い親戚で、須佐は女性を見舞いに来ていたのだ。

 女性は占い師だった。

 だから、須佐はとっさに「占いで犯人の見当をつけた」と言う誤魔化しを思いついたらしい。

 須佐は藍子に小声で「もし、誰かの心の声をうっかり言ってしまっても『占いで当てた』と言えば、良いカムフラージュになると思うよ」と耳打ちした。

 そして、藍子に占いを勉強するようにすすめた。


 藍子はその女性に師事して占いを勉強し始めた。

 藍子は知らなかったが、その年配の女性は地元では名士と言われる人物だった。占いだけでなく実業家の一面も持っている。藍子が突然占いを勉強したいと言い始めても、藍子の両親は「あの人の元なら」とすんなり了承してくれたのだ。

 もちろん、須佐も藍子の両親に口添えしてくれた。入院中に藍子と女性が偶然知り合い、素質があるから藍子を弟子にしたいと言っている、と説明してくれた。

 そして、藍子は須佐との約束を守り、他人の心の声が聞こえる体質のことは、もう誰にも話さなくなった。占いの師匠になった女性にさえも言わなかったし、女性も心の声が聞こえない人間だった。



 藍子は女性の自宅で占いを習った。

 女性は名士とは言え優しくて穏やかな女性で、藍子はすぐに師匠となった女性を尊敬し慕うようになった。

 女性を紹介した須佐も、事あるごとに様子を見に来てくれる。

 須佐は会うたびに心の声が聞こえる藍子の悩みを聞いてくれたり、励ましの言葉を掛けたりしてくれた。

 藍子はなぜ須佐が自分にこんなにも優しくしてくれるのか不思議だった。

 秘密を共有している人間同士とは言え、自分たちはまったくの他人だ。須佐はなぜこんなにも良くしてくれるのだろうか。

 それに、一番気になるのは、須佐が「心の声が聞こえる」という体質のある自分に対して、まるで免疫があるかのように普通に接してくれることだ。

 須佐には「須佐さんの心の声は聞こえない」とは言ってあるが、それでも何かしら好奇な目で見て来ても良いものなのに。


 ある日、藍子は思い切って須佐に訊いてみた。

「あの、須佐さんはどうして私にこんなにも親切にしてくれるんですか?」

「どうしてって?」

「だって、私、全くの他人なのに、どうして須佐さんがこんなにも良くしてくれるのか不思議で」

 藍子の質問に須佐は少しの間黙っていたが、やがて遠い目をしながら口を開いた。

「実は僕にも藍子ちゃんと同じ特殊な体質があったんだ。未来が見えるという体質がね」

「えっ? 本当ですか?」

 藍子は驚いて声を上げたが、同時に納得した。

 須佐も未来が見えるという普通の人間なら持ち合わせていない体質を持っていたのであれば、自分に普通に接して来たのも納得できる。


「うん。だから、藍子ちゃんを放っておけなかったんだよ。人と違う体質を持っていて、辛い思いをしてしまう気持ちがわかるから」

 藍子は須佐も自分と同じような体質を持っていることを知って、悩んでいるのは自分だけではないんだと思うと心が少しだけ軽くなった。

 しかも、それが他でもない須佐だと知り、心強くも思った。


 でも、藍子には一つ引っかかることがある。

 須佐は「僕にも藍子ちゃんと同じ体質があったんだ」と言っていたが、なぜ過去形なのだろう。

 今はその体質はないというのだろうか。


 藍子が須佐に自分の疑問を訊いてみると、須佐は「未来が見える体質は、ある日突然消えてしまった」と言った。

「突然消えたって、どうして消えたんですか?」

 藍子は須佐に再び訊きながら、仄かな期待に胸を弾ませた。

 須佐の未来が見える体質が消えてしまった原因がわかれば、自分の心の声が聞こえる体質も消えるかもしれない、と思ったからだ。


 藍子の言葉に須佐は戸惑った表情をした。

 そして、須佐は首を静かに横に振ると「わからない」と答えた。

「理由はわからないけど、ある日突然消えてしまったんだ」

「そう、なんですね」

 藍子はがっかりしたが、自分の心の声が聞こえる体質もある日突然消えてしまう可能性があるのかと思うと希望が持てた。


「藍子ちゃん、もしかして、自分の心の声が聞こえるのも、突然消えればいいのにって思った?」

 須佐がまるで藍子の心の中を読み取ったかのように言うと、藍子は頷いた。

「はい。いやなんです、心の声が聞こえるのが」

「そう、だよね」

 藍子が顔を上げて須佐を見ると、須佐はなぜか悲しそうな表情をしている。

 藍子には須佐がどうしてそんな表情をしているのか、良くわからなかった。

 須佐は自分が散々心の声が聞こえることで辛く悲しい思いをしてきたか知っているはずだ。

 須佐も「藍子ちゃんの心の声も、ある日突然聞こえなくなると良いね」と言ってくれるかと思ったのに、と藍子は意外だった。


「でも、須佐さんがいろいろと私の悩みの相談に乗ってくれたり話を聞いてくれたりするので本当に助かってます。占いの先生まで紹介してくださったし。須佐さんがいなかったら、私、今頃どうなっていたかわかりません。本当にありがとうございます」

 藍子は須佐に笑顔を向けた。

 須佐は藍子に笑顔を返すと、腰を屈めて藍子と目線を合わせた。

「藍子ちゃん、とりあえず自分の体質をもっとコントロールできるように頑張るんだ。コントロールできれば、今よりも辛い思いをしなくて済むようになるから」

「はい、頑張ります」

「それから、占いも頑張って。おばさんが『あんなに良いお嬢さんを紹介してくれてありがとう』って言っていたよ。藍子ちゃん、すごく優秀だって」

「本当ですか? 嬉しいです」

 藍子がまた笑顔を見せると、須佐も笑顔で頷いた。



 藍子はそれから、自分の体質をコントロールすることも占いの勉強をすることも頑張った。

 もちろん、自分が辛い思いをしたくないという理由もあったし、須佐の思い付きで習うことになった占いの勉強がどんどん面白くなったというのも理由だった。

 でも、そこには須佐に褒められたい、また須佐に笑顔を向けてもらいたい、という気持ちもあった。


 藍子と須佐の交流はその後も続いた。

 でも、藍子が中学三年生になった時、須佐は仕事の関係で藍子が住んでいる新潟市から石川県の金沢市へと引っ越しすることになった。

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