2.Do You Want To Know A Secret
①
龍司が電話をしてから少し経つと、警察がパトカーに乗ってやってきた。
めぐみの友達は助け出されたとは言え、まだ青白い顔をしているし、身体が微かに震えている。念のため病院で診てもらうことになり、女性の警察官に連れられて雑居ビルを後にした。
残された藍子と龍司は、警察にいろいろと質問をされた。
藍子は警察に対する緊張と他人の心の声が聞こえる体質が龍司にばれてしまったことで頭がいっぱいになってしまい、質問に上手く答えられない。
藍子のそんな心中を察してなのか、警察の質問にはほとんど龍司が答えてくれた。
めぐみの友達がどこでどのように監禁されていたのか、入ってきた時に部屋の様子がどんなだったのか、龍司は刑事に事細かに説明する。
龍司はめぐみの友達を発見した時の様子を、まるで今見ているかのように鮮明に記憶していた。
しかも、龍司と刑事の会話を聞いていると、二人は顔見知りのようだ。
こんなに記憶力が良くて刑事とも知り合いなんて、龍司は一体何者なのだろうかと藍子は不思議に思った。
「でも、どうしてあの女の子がこのビルの中にいるとわかったんですかね?」
一通り質問をし終わった年配の刑事が、最後に独り言のように呟く。
刑事の言葉に藍子は身体を固くした。
刑事の言う通りだ。誰がどう考えたってそう思う。
でも、どう答えれば良いのだろう。龍司の時のように「心の中で助けを求めていたから」なんて言えない。
言ったところで信じてもらえないだろうし、うっかり変なことを言ってしまうと何かしらの疑いをかけられてしまいそうだ。
藍子が戸惑っていると、龍司が刑事に声を掛けた。
龍司はなぜか手に本を持っている。
「それは、下を歩いていたらこの部屋の窓から本が落ちてきたんです。返そうと思って来てみたら女の子が……」
藍子は龍司の言葉にはっとして、部屋の窓を見た。
確かに窓の脇には本が山積みにされている。何かしらの弾みで窓から本が落ちてもおかしくない状態だ。
窓も全開になっている。
(本なんて落ちて来なかったのに)
藍子は龍司が手に持っている本をもう一度見た。
本は少し湿ってしわになっている。龍司の言った通り、二階の窓から小雨の降っている道路に落ちたかのようだ。
一瞬、藍子は本当に窓から本が落ちてきて、本を返すためにビルの二階へ行き、偶然めぐみの友達を発見したのでないだろうかと錯覚した。
でも、違う。
藍子は確かにめぐみの心の声を聞いて、龍司に「心の中で助けを求めていたから」と二階へ一緒に来るように言ったはずだ。
(私のことをかばってくれているんだ)
龍司は自分が他人の心の声が聞こえる体質だと警察にばれないように誤魔化してくれたのだ。
めぐみの友達は目を布で縛られていて何も見えなかったし、犯人も藍子たちが部屋の中に入った時にはどこにもいなかった。
本が落ちたかどうかなんて誰にもわからないし、犯人が部屋を出て行った後、何かの拍子に本が窓から落ちる可能性もなくはない。
龍司は短時間でそのことを思い付き、いつの間にか本が湿っているような細工までしてくれたのだろう。
「ああ、なるほど、そうだったんですね」
刑事は龍司の言葉に納得したらしい。頷いてメモを取りながら他の刑事のところへ行こうとした。
龍司は刑事を引き留めると、何やら小声で話を始めた。
藍子が何を話しているのだろうと思っていると、刑事と話を終えた龍司が戻ってきた。
「警察に話はつけておいたよ。今日はもう帰って良いって。これ使って」
龍司はさっき藍子と一緒に使っていた折り畳み傘を差し出して来た。
「でも……」
「傘は次に会った時にでも返してくれればいいよ。あと、終電も行ったみたいだから、これも使って」
龍司は藍子の手を取ると、折り畳み傘とビジネスバッグから取り出したタクシーチケットを握らせた。
藍子は戸惑ったが、龍司があまりにも優しそうな笑みを浮かべているので思わず頷いてしまった。
「はい。あの、ありがとうございます。このお礼はその内に……」
「お礼なんて気にしなくて良いよ」
藍子は龍司に頭を下げると、雑居ビルの外に出た。
ビルの外はまだ小雨が降っている。
藍子はさっきまで龍司と一緒に使っていた折り畳み傘をさして歩きながら、空車のタクシーを探した。
歩きながら、藍子はさっき龍司が自分をかばってくれたことを思い出した。
龍司はなぜ、警察を誤魔化してまで自分の心の声が聞こえる体質を誤魔化してくれたのだろうか。
確かに警察に「めぐみの友達が心の中で助けを求めていた」なんて言っても信じてくれないだろうし、話がややこしくなるだけだ。
自分の体質がばれるのを防いでくれたのか、話がややこしくなるのを避けたのか、それとも別の理由があったのか。
龍司の本心はわからないが、藍子は龍司の機転をありがたく思った。
龍司にはめぐみの友達を助けるために致し方なく言ってしまったが、自分の体質は秘密にしておきたい。
自分の体質がうっかりばれて嫌な目に遭った思い出があるし、誰かの心の声が聞こえる人間なんて、普通の人なら身近にいてほしくないだろう。
藍子だって、誰かが自分の心の声を聞いているかと思うと、身構えてしまう。
そして、もう一つ気になることがある。
龍司が自分の体質を知っても、特に驚く素振りを見せなかったことだ。
多少は不思議な目で見ても良いようなものだが、龍司の自分に対する態度は全く変わらなかった。
(そう言えば、
藍子は他人の心の声が聞こえる体質になってしまった頃のことを思い出した。
初めて会った須佐は、さっきの龍司のように機転を利かせて自分を救ってくれたのだ。
藍子は小雨の道を歩きながら、須佐のことを考えた。
須佐と出会ってから、もう6年経つ。
そして、須佐が亡くなってから、もう3年が経とうとしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます