第3話 こんにちは
薄紅色が、空を舞う。桜の花びら、散ってゆく。学校までの、並木道。散った花弁が、地を染める。都会の春めく、色付いて。道は綺麗で、物悲し。
花の命は短い。桜の命も同様に。だけど、花は散り際が美しい。燃え尽きる前のろうそくが、最期に強く輝くように、花も散り際が一番輝くように感じる。
こういうのを、刹那主義的だというのだろうか。
命を燃やして、燃え尽きる。
打ち上げ花火ではなくて、線香花火。
ここに、自分が存在していたことを、生きていたことを、誰かに認めてもらおうとしているみたいに。儚い、徒労。あるがままに、自然は綺麗だ。科学者や数学者みたいに、科学的にとか、法則がどうのこうのと、自然が綺麗な理由を説明できないけれど、自然は綺麗だ。
最期に爪痕を遺そうとしている、悪あがきのようで、惨め。
言葉がなくても、理由がなくても、意思がなくても、訴えかけるものがある。それがすべて。桜はジュブナイル。
この桜みたいに、綺麗に散れたならと、馬鹿なことを空想することがある。物語のテーマでよく取り上げられるように、誰かを助けるために自己犠牲で身代わりになるとか、不治の病にかかるとか、悲劇のヒーロー・ヒロインに憧れてる。
みんな、心のどこかで憧れてる。だから、物語が生まれる。
綺麗なまま、終わりたい。わたしのような年頃の子たちは、みんな似たようなことを思っている。
大人はそんなわたしたちを「こども」だと馬鹿にする。それは実際その通りで、否定するつもりは、ないけれど、馬鹿にするのはやめて欲しい。自分で馬鹿にするのはいいけど、人から馬鹿にされるのは腹が立つ。
馬鹿にしている人だって、きっと昔は似たようなことを考えていて、大人になった今では、昔の自分が青く見えるのだと思うから、今を生きる子供たちにそんなことを言うんだ。
だけど、それは必要な通過儀礼で、若いころは色々なことに悩んで、ぐるぐるぐるぐる考えて、大人になっていく。わたしも数年後には、いや数か月後かも知れないし、数日後かもしれないけど、いつか、馬鹿なことを考えなくなる日がきっと来るのだと思う。
そのときになると、昔の自分なんて置き去りにして、馬鹿にして、忘れて、違うことで悩んでいる気がする。きっと、そう。
自分にすら自分を忘れられると思うと、今の自分が尊くて、やりきれない。
散った桜は地に落ちて、通行人に踏まれて醜くなる運命(さだめ)。綺麗なままでは、終われないのだと見せつけられる思いだ。過去に散った少年少女の敗残兵を、わたしはカンダダのように、踏み越えながら先へ進んでいる。
校門の前でA子と、友人B子に出会った。
わたしの、友達で、A子もB子も、いわゆる家庭環境に恵まれていない部類の子たちだった。いや、環境に恵まれていないといってしまえば、逆に環境に恵まれている人の方が稀の稀だと思うけど。
本当に恵まれていない子は、そもそも生きてすらいないし、生きていたって、表面化しないことの方が、きっと多いわけで、なら、生きているだけで、みんな恵まれていると、いえなくもないことになってしまう。
ここまで生きている、感謝しろ。
A子の家はそれなりに裕福だけど、両親の中が悪くて幼い頃から喧嘩ばかり見てきたという。A子は、そんな両親のあいだで板挟みになって、擦り切れて、ちょっと精神を病んでしまって、病院に入院していた時期がある。
そのことがきっかけでは、決してないと思うけど、最終的にA子の両親は離婚してしまったらしい。
弟は父親が引き取って、A子は母親についた。今は、父親から養育費をもらいながら、母と二人暮らしをしている。
B子もB子で、抑圧的な母親と、外で女を作って、家庭には無関心の、父親を両親にもっている。母親は一度言い出したら、周りが見えなくなるタイプで、たぶんB子の母親には、アスペルガー傾向があるのだと思うから、B子の母親を責めることもできない。
そんな二人だけど、学校にこれて、衣食住に困っていないだけ、恵まれていると思う。そして、わたしは、そんな二人よりも恵まれている。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといへり。
わたしはいつものように、明るく挨拶して、二人に抱きつく。
二人の体温とやわらかさを肌に感じて、生命を実感する。A子とB子は中学のときからの友人で、わたしたち三人は、誰もが認める仲良し三人組で通っていた。
誰が聞いてもくだらない話をしては、笑い合う。
誰々がなになにでさ~、とか、昨日見つけた動画が面白くてさ~、とか、ためにも、勉強にもならない話だけど、無駄ではない。この時間がこれからも続いて欲しいと思う。
かけがえのない尊い友人たち。
百合っぽい関係になってもいいと、思えるくらい大切な友人たち。性欲を超越した、清い関係だ。
これから先、大学に行っても、就職しても、結婚しても、何歳になっても、友達でいたいと思う。もし、何かがあって三人がバラバラになってしまったら、わたしが受ける精神的ショックは計り知れないだろう。
そんな、将来に対する唯ぼんやりした不安。
わけがわからないけど、わかってしまう。
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