第4話 いただきます
教室に入ると、クラスのみんなの視線が、一瞬わたしたちにそそがれて、すぐもとに戻る。
クラスには、いくつかのグループができていて、カースト制度のような上下関係は、あまり意識しないけど、同じクラスにいても関わり合いを持たない人たちも多かった。
よく話をする、クラスメイトと朝の挨拶をして、授業が始まるまでのあいだ、話の種は尽きない。先生が来て、出席がとられたけど、空席が一つ。
その席の子は、わけあって、子供を身ごもって、学校にきたりこなかったりになった。説明するまでもないと思うけど、高校生にして、妊娠してしまったのだ。父親は誰だかわからない、いろいろな噂がでているけど、すべて噂の域をでない。
まあ、派手な子だったから、いろいろな噂があって、女子からはちょっと嫌われて、男子からは好奇の目を向けられている子だった。
このクラスの中の男子とも、何人かは、関係を持っていたんだと思う。以前、男子たちの会話を盗み聞きしたことあるけど、あいつらは、やらせてくれる女なら誰でもいいのだ。
恥を知れ、けだもの、と罵ってやりたいけど、女子だって似たようなもので、男子だけを軽蔑することはできない。
わたしの感覚がずれているのかもしれないけど、こんな話し、決して珍しいことではないでしょう。毎年、起きている行事だ。けど、その代償は大きくて、若くして、子供を身ごもってしまった女性は、色々と悲惨だ。
母親だけじゃなくて、子供も悲惨だ。
お金とか、世間体とか、いろいろ苦労が絶えないし、貧困は連鎖する。そうなっても、自己責任っていわれちゃう。
家族の支えがあればいいけど、もしなければ、育てていけっこないし、家族の支えがあっても、やっぱり大変だ。若くして子供を産んだシングルマザーの末路を、ちょっと調べれば、いろいろ見られる。
本当に、本当に悲惨な、現実。
悲惨な現実に目を背けたくなるけど、知らないと、女はバカを見る。自分を護れるのは、自分だけだ。やるときは、石橋叩いて壊すくらい、気をつけなくちゃ。
女は不利だ。シングルで、子育てするのは、大変だ。なにが男女平等だ。こんなことになったら、結局、バカを見るのは女じゃないか。やり捨てするな。
すべての、男たちに、罵詈雑言。
そう、憤っても、わたしには無関係。
わたしは耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだから。
完全な傍観者、赤の他人であるわたしたちが首を突っ込んでいい話じゃない。何もしてあげられない、力になってあげられないのに、口を、出すのは、本当のエゴだ。
けど、いろいろと話題は絶えない。彼はどう責任とるつもりなんだろう、そんな下世話な話題。
人の不幸を喜ぶ野次馬みたいに、汚らわしくて、みっともなくて、気持ち悪い人々。そう軽蔑する自分も、同類。みんなゲスだ。人をゲス呼ばわりしているわたしは、もっとゲスだ。
そんな、彼女は春休みを終えて、新学期がはじまってから一度も、学校にはきていない。おろしていなければ、今が何か月目なのかわからないけど、もしかするとこのまま、学校にはこないかもしれない気がする。
周りの眼もあるし、いろいろあるし……。
おろしちゃえばいい。赤ちゃん、ごめんなさい。
まあ、そんなわけで、このクラスだけでも、子供を身ごもっちゃった子や、家庭に問題のある子、障がいを抱えた子、貧しい子、そうでもない子って多様性がある。
人の心はわからないものだと思う。明るく、楽しそうに笑っている人の、心の中も笑っているとは限らない。明るい人ほど、闇を抱えているかもしれないし、逆もしかりだ。
人の心はわからない。
人の心は不安定。
面倒くさい。心があるから、色々な問題が生まれるなら、心なんてなくなっちゃえ。いや、それは言い過ぎた。心はなくなっちゃ駄目だ。
一番いいのは、心にスイッチが付いていて、好きなとき、自由自在にオンとオフが切り替えられたらいいのに。
心が邪魔なときは、オフにして、心が必要なときは、オンにする。そんな、ばかなことを妄想する。変人。
ああ、やだやだ、下世話だ。
なんの役に立つのかわからない、数学の授業とか、理科の授業とかを終えた。役に立たないとはいわないけど、きっとこれからさき、学校を卒業しちゃえば使うことはなくなると思う勉強。
もし、今、アフリカのサバンナとか、無人島とか、アマゾンとかに放り出されたら、すぐに死んでしまう。今の例は、比喩だけど、実際こんなんで、社会というサバンナに放り出されたら、すぐ猛獣に食い物にされてしまうと思う。
学校の勉強なんて実用的ではないのだ。
社会性という名の、同調性を育てるには、とっても役に立っていると思うけど、それ以外は、社会に出るための、過程でしかない。その過程が大切だから、通うしかない。
学校では、本当に大切なことは教えてくれないって、聞いたことがある。本当に大切なことがなんなのかは、わからない。『星の王子さま』では、本当に大切なものは目には見えない、みたいなことがいわれているけど、目に見えないならわかるはずがない。
これから、歳を積んでいけば、目には見えない大切なものを、見つけることができるのだろうか。それとも、青い鳥の話しみたいに、大切なものはすぐ近くにあるのに、気が付いていないだけなのかもしれない。
人は失ってからでなければ、気付けない、愚かな生き物なのかもしれない。賢者は歴史に学ぶなんていうけど、歴史に学べる賢者なんて、世界人口の何割くらいの割合でいるものなのかしら。
失ってから、後悔したって、遅い。
お昼、わたしはお母さんが作ってくれた、お弁当を食べる。B子は売店で買った惣菜パンで、A子は自分で作ったお弁当を持参してきている。
A子は中学のときから、母親の分までお弁当を作っていて、とっても上手だ。色彩のバランスがよくて、おかずが収まるところに、収まっているって感じだ。
味も、調理方法でこんなに違うのか、って感心するくらい、美味しい。わたしたちはそれぞれのお昼ご飯を、分け合って食べる。それのほうが、色々な味が楽しめるから。いわゆる、同じ釜の飯を食う仲間。
校庭の隅のベンチに座って、自然の中で食べる。
暖かいのはいい。寒いのはいやだ。こうやって外でご飯が食べられるのも、暖かいからだ。こうやって、爽やかな風に吹かれながら、小鳥のさえずり、自然の脈動を聴くと、幸せな気持ちになる。
こんなに、自然が綺麗なんだから、神さまはいるんだ。草木に、風に、太陽に、いわゆるアニミズム的な、神さまを感じる。神さまは、いるんだ。そう、信じたい。
神さまに包まれて、永遠に眠ってもいいと思う。それくらい、幸せな気持ちになるのだ。
心が満ち足りているって、こういう状態のことをいうのかな。
生きている、幸せだ――。
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