4-17
◇
「これで話は仕舞いだ。どうだ。これでも想い出図書館を継ごうなどと思うか」
姫は渇いた笑いを含ませて吐き捨てるように言った。
「騙されてなりゆきで担うことになったのだとわかれば、なお一層、私が継ぐべきだと思いました」
そう口にはしたが、姫の語った内容がどうあれ維央は一度口にしたことを曲げるつもりは端からなかった。それだけ意志は固かったのだ。
「どうしてそこまで」
「千歳のことをお慕い申しているからです」
「ワタシとお前は主人と従者というわけでもなかろうに」
姫はいつものように皮肉を言って鼻で笑った。けれど維央にはわかる。姫は維央の言葉の意味をわかっていてはぐらかしている。
「お慕いしている、というのは好いている、という意味ですよ。私はあなたに恋をしている、ということです」
今生の別れではないとは言え、いつでも会えるわけではなくなると思うと、今言うべきだろうと気負わず口にすることができた。姫の頬がにわかに紅に染まる。
「お前……」
絶句という言葉のお手本のような有り様だ。二の句が継げないのかぽかんと小さな口が開いている。そんな顔も可愛らしいと眺めていると、姫は我に返って口を引き結び、維央をきっと睨んだ。
「どうして最後になってそう、はっきりと言うのだ」
「どうしてそこまで、と問うたのは千歳ですよ。最後だからこそ伝えようと思ったんです」
「それじゃあ別れたくなくなるだろうっ」
はっとする。姫は今までどおりお互いはぐらかして、どっちつかずの間柄でいたいと望んでいたのだ。
「申し訳ありません。出過ぎた真似を」
「いや、そんなことはない……こちらこそかっとなってしまって、すまぬ」
姫が俯く。
「ワタシも、維央のことを好いておる。こ……恋を、している」
独り言のように聞き取りにくい声で、たどたどしくも姫が告げた。
「はじめての恋だよ。お前はワタシに『はじめて』をたくさんくれる。ありがとう」
顔を上げた千歳姫は泣き笑いを浮かべていた。維央は思わず駆け寄って姫を抱きしめた。
「ありがとうはこちらのほうですよ」
千歳姫は維央の背に腕を回し、さらに顔をうずめた。
「ほんとうは、ほんとうはな、白い本にな、さっき質問した答えのあとに続きがあったのだ。館長となる契約の途中までで止めれば、司書として館長と共にいることもできると」
「それを私に伝えなかったということは、千歳はそれを望んでいないのですね」
「館長の契約をしたならば、長い時を生き、他人の記憶の本を観ても大きく障りがない身体になり、白い本を読み解け、名を奪われたことで記憶の本を一生観ることが叶わぬ。司書にはそこまでの権限や制約はないが長い時を生きるのは同じだし、契約すると記憶の本は観られなくなる。館長と違い、死ぬ間際には他の人の本と同様に本人へと戻ってくるらしいがな。走馬燈というやつだ。
自由なんてものは維央と一緒ならなくても構わぬが、そうまでして維央にそばにいてもらう、これを依存と言わずして何と言えよう。今までの間柄とはまったく別物だ。不健全だろう」
「では、私が想い出図書館を継ぐにせよ継がないにせよ、あなたとはお別れなのですね」
こくりと姫が頷くのが衣越しに感じられた。
「それなら私の気持ちも変わりません。想い出図書館を継ごうと思います。やはりあなたにはしがらみから自由になってほしい」
姫がはっと顔を上げたので目を合わす。
「私の気持ちを伝えられただけでなく、千歳の気持ちまでも聞くことができたのだから、もう大変な僥倖というものです」
姫は再びぼろぼろと涙を溢していた。
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