4-16

 想い出図書館にはその姿の見えない神様ひとりきりらしかった。ただ、神様の言によると、どこか遠くの場所で想い出図書館を見守っていて、声だけを飛ばしているようだ。

 ワタシは神様に想い出図書館のことを一通り教えてもらった。ワタシがお前に話したことと大体同じだよ。そしてワタシの記憶の本も観させてもらったあとで、神様はワタシにこう提案した。

「そうだった。そなたにひとつ頼みたいことがある。ある本にそなたの名を記してほしいのだ。来館者の記帳のようなものだ」

「はあ、それくらいなら……」

 ワタシは二つ返事で引き受けた。

「では『記録室』へ案内しよう。通路へ進むといい」

 そして声に従うまま歩を進め、ある部屋に辿り着いた。

 そうだ、今いる「記録室」だ。

 しかしこの「記録室」とはまったくおもむきが違った。想い出図書館は居を構えた場に自然に溶け込むように、外も内もまるっきり変わるからな。

 立派な机がひとつ中央に置かれた部屋だった。机の上には、先ほど本棚へ戻したはずのワタシの記憶の本が置かれていた。

「そなたの記憶の本を机の一番上の引き出しにしまってくれ」

 そこで疑問を持つべきであったのに、ワタシは疑いもせずに記憶の本をしまった。

「宜しい。ではふたつめの引き出しを開けてみよ」

 そこには表題も何もない、真っ白な表紙の記憶の本と同じ厚みの本が入っていた。そう、この本と一緒だ。

「みっつめの引き出しも」

 開けてみると真新しい葦の筆記具とインクがころんと収まっていた。

「本を開き、最初のページにそなたの名を記してくれ」

 言われるがまま、ワタシはインクをペンに浸し本に名を書いた。記し終わった途端、書いた文字はすうっと吸い込まれるように消えてしまった。驚いたのも束の間、私の耳にはくつくつという笑い声が聞こえていた。訝しげにしていると次第に笑いは大きくなり、ついには高笑いを始めた。

「何がおかしいの」

「いやはや、何とおろかな人の仔よ。何の疑いもなく本に名を刻んでしまうとは」

「神様が頼んだのでしょう?」

「その本に名を記したってことはだ、この想い出図書館の主、館長になるってことさ」

「館長……?神様、どうしてそんなこと」

 何も状況がわかっていないワタシに、笑いをこらえながら神様は説明した。

「もう俺はお前の神様なんかじゃねえよ。ああ、せいせいした。こんなちんけな役目、誰かに押し付けてさっさと降りてしまいたかったんだ。想い出図書館の館長ってお役目ってのはなあ、いわばこの図書館の奴隷さ。歳もとらず、名を奪われたせいで記憶の本をついぞ観ることも叶わず、気の遠くなるほど長い年月終日ひねもすここのお世話をするんだぜ」

 急に粗暴な言葉づかいになった神様に、ようやく己が騙されたことを悟った。己の過ちに血の気が引いたよ。

「あー。ちょっとは騙して悪かったって思ってるからさ、右も左もわからないお嬢ちゃんに教えといてやるよ。

 神々は面白そうの一声で気まぐれにこの想い出図書館を創ったんだけどよ、やっぱりあとあとこれまずいことになるんじゃって思ったのさ。何も知らず迷いこんでわからないまま勝手をされちゃ大変だ。最悪気が狂うし心が死んじまう。かと言って一度創ってしまったからには、図書館をきれいさっぱりなくすことはそう簡単にはできなかった。そもそも理を曲げて創った代物だったからな。なくしたらなくしたで色々とおかしいことになっちまうんだとよ。で、まずいことを起こさないよう説明や監視、読み聞かせをしてくれる奴が必要だった。それが想い出図書館の館長。だからお前はずうっとここを見守ってなきゃいけないんだ。いいな。

 まあ、困ったらその本に書いてあるし、無いなら無いで質問を書けば大抵のことは答えてくれるだろうよ。じゃあな」

 それきり、いくら呼んでも声は返ってこなかった。

 そうしてワタシは降って湧いたように想い出図書館の主、館長になったのだった。

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