4-11
揃って図書館の出入り口まで戻ると、壮年の男がひとり、小上がりに腰を下ろして待っていた。冷えのためか手をこすり合わせていて寒そうだ。上等な生地の
「これはこれは。右大臣殿」
流れるような美しい所作で小上がりに正座し深々と頭を垂れた千歳姫の言葉に、内心驚く。
このお方が。
前は御簾越しの面会であったから、直接顔を拝むのはこれがはじめてだった。姫に他人の記憶の本を観てもらっていると聞いてはいたが、当人がここまで足を運んでいるとは。てっきり使いを頼み、観てもらった結果を聞いているものだと思っていた。それと、姫が目上の方の前であれば人並みに作法をわきまえているらしいことにも驚く。
「いやあ、外は冷えるなあ。ほお、史生もお揃いで。仲がよろしいようで結構。千歳姫も話し相手ができて良かったなあ」
袖で口許を隠しほほ、と上品に笑った。確かにその笑いかたには覚えがある。ふんと鼻を鳴らし皮肉げに姫が応じた。
「それには感謝しているがな。前観てやったのは三日前だったと記憶しておるが、そんなにまわりの動向が気になるか」
「そりゃあ気になる。日々、わたしと対立する者がいてだなあ。姫よ、観て、聞かせてはくれぬか」
千歳姫は面倒なことを隠しもせず、盛大に溜め息をついた。
「わかった。維央、今日はもう帰ってくれ。また近いうちに会おう」
そう言って小上がりを降り、戸口に手をかける。
「待ってください。私にも千歳が記憶の本を観るところを見せてはもらえませんか」
考えるよりも先に言葉が口をついて出た。当然ながら「なんだと」と道長の訝しげな声が返ってくる。
「あの……ただこの想い出図書館にというものに興味があるのみで、右大臣殿のこちらで得た見聞を吹聴する気はございません。もし破ることが万が一にでもありましたならば、どうぞご随意に」
「いいだろう」
重々しく道長が頷いた。
「誰の、いつの記憶が知りたい?」
「
「本来の名があろう。それを教えよ。通り名では探せない」
「
「そんなしょうもないことをこそこそと嗅ぎまわって、ご苦労なことだ」
そう言いつつもいつものことなのか、千歳姫は手燭を取って、道長の横を通り過ぎ奥に下がっていく。と思ったら途中で振り返り維央を呼んだ。
「維央も来るか?」
断る理由もないのでついてゆく。そのままその場で待っていれば、手持ち無沙汰なうえに高貴なお方と顔をつき合わせて待つので相当な気まずさだったろう。維央は心の中で感謝の言葉を繰り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます