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 キッチンの案内が済むと、お茶の一式を乗せたワゴンを押した頼鷹について歩きいつもの広間へ戻った。汐世が席に着くと同時に頼鷹が慣れた手つきで給仕を始める。

 今日は祁門キームン紅茶に羊羹が供された。

「紅茶に羊羹?」

「意外にも紅茶と小豆が合うのですよ。それに祁門は中国で採られた紅茶ですから、同じアジア圏の和菓子とも相性は良いのです。羊羹はこないだ帯屋おびやさんから頂きました。館長のお話を読み聞かせますので、本当はから菓子くだものをお出しできれば良かったのですが」

「からくだもの?」

「中国の唐から日本へ伝わったお菓子の総称です。古くは奈良時代から貴族の方々に親しまれたそうです。館長は平安の世に生をけたそうでして。羊羹だと鎌倉から室町辺りにできたといわれているので少し時代を下ってしまいます。唐菓子ならその時代の雰囲気を少しでも味わえるかと思ったのです。館長も私に以前そうして、唐菓子をお供にむかしばなしを語ってくださいました」

 汐世の疑問によどみなく答え、頼鷹はそれぞれのティーカップに紅茶を注いでゆく。

 館長さんってそんな昔の人だったの?

 驚いたが、途端、ふわりと花の蜜のような甘い香りが湯気とともに立ちのぼって意識がそちらに向かう。汐世は香りを愉しんだあと、ティーカップを手に取り口に運んだ。一口含むと、ほのかに甘い、と感じた。茶葉本来の甘味だ。口内に紅茶の風味が残っている間に羊羹を黒文字で一口に切り分けて口に含む。小豆の甘味が舌を滑り、香りが鼻に抜けていく。ほう、と思わず溜め息が出た。

「ご満足いただけたようで良かったです」

 頼鷹の声にはっとする。

 やばい。

 決して忘れていたわけではないが、つい本題を脇に追いやってしまっていた。頼鷹の振る舞う茶と茶菓子は他のやるべき目的よりずっと魅力的に思えて、いつだって危険だ。

 汐世は気まずいながらも黒文字を食べかけの皿に戻すと、ノートをそっと手に取り表紙をめくり、綺麗に整った筆致の文字に集中した。

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