第四話 ちとせになずむ

4-1

 春立つ月になった。暦の上では誇らしげに春と名を冠してはいるがやはりというか、まだまだその気配は遠い。

 後学のため頼鷹よりたかに館内を改めて案内してもらっている最中、しおは末端に冷えを感じながらふと沸き上がった疑問を口にした。

「こないだむかしばなしをしてくれた時、館長さんの話でちらっと前館長って名前が出てたけど」

「ええ。館長……砥草とぎくさ維央いおうさんの前の館長さんですね」

「どんな人だったか頼鷹さんは詳しく聞いてるの」

「はい、伺っております。お恥ずかしながらやはり聞きたくなるのが人のさがといいますか……館長に前館長のことを直接お聞きして、詳しくとはいきませんがおおよそは」

 頼鷹は一瞬歩みを止め「ちょうど良い頃合いでしょうか」とつぶやいた。

「今から私の部屋にご案内しましょう。だいぶ散らかっていてお恥ずかしいのですが……机の引き出しに、館長から伺った話を書きとめた帳面があるのです。館長もやはり人の子ですから、過去をすべて包み隠さず話すとまではいきませんが、私のように想い出図書館に携わる者のためにも、記録すべきことはしておいたほうが良いだろうとおっしゃいまして。

 館長……ややこしいので維央さんと呼びましょうか。維央さんが前館長に出会ってからの一連を図書館の仕組みを中心に書きとめてあります。ですから汐世さんもその帳面を読んでいただいたほうが、きっとよいと思います」

 改めてあたしまだ、想い出図書館のこと何にも知らないんだ。

 その感想は飲みこんで汐世は「わかった」とだけ答えた。その返答に満足そうに頷くと頼鷹は「では参りましょう」と微笑んで再び歩き出した。

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