3-12

 ツタダの住まう部屋は1Kのありふれた間取りだった。

 玄関を開けてすぐはキッチン兼廊下で、その先の六畳間に箕輪薫瑠は座らされていた。

 彼女は部屋の一等地であるソファに座らされており、その前のローテーブルには朝食らしき食べかけのトーストとソーセージ、目玉焼きが乗った皿が置かれており、お茶の用意も二人分あった。拘束は全くされておらず、苦痛を負わされた様子もなさそうだった。箕輪薫瑠のつんと澄ました表情からも、憔悴した様子は全く見られない。

 箕輪薫瑠はいわゆるクールビューティーな娘だった。ぱっつんの切りっぱなしボブにモノトーンファッションでスレンダーな印象を持つ。顔のパーツは似てるけど、可愛いイメージのファッションで固めた須璃ちゃんとは全然雰囲気が違った。

 それはまあ置いといて、予想していた状況と違う。どういうことだ。

「薫瑠ちゃん、薫瑠ちゃんっ」

 思っていた状況と違うことにそちらも戸惑ったか、須璃ちゃんは部屋の前で一瞬足を止めた。しかしすぐにお姉さんに駆け寄り、ぎゅうと抱きしめる。

「須璃、どうしてここに」

「ごめんね、わたしのせいだよね。怖い思いさせてごめんね」

「いや……少なくとも今回は、あんたのせいじゃない。どうして私がここにいるって、わかったの」

 彼女の発する声音には、詰問の色が濃く出ていた。

「そこのお兄さんに協力してもらったの。けど、わたしのせいじゃない?じゃあ、どうして」

「ちょっと、込み合った事情があったのよ」

「……あたし、逮捕されるんですか」

 姉妹のやりとりを見つめて、路頭に迷ったように涙まじりの声でツタダが俺に問う。

「ええ、見過ごすわけにはいきませんから。あなたの彼氏さんだという男性も同罪でしょう。しかし、示談に持っていけば不起訴になる可能性はあります」

「私、被害届は出しません」

「え」

 声を発したのは箕輪薫瑠だった。迷いのない、はっきりとした口調だった。驚きに固まる俺を見据え、彼女が真一文字に結んだ口を再び開いた。

「出しませんよ、被害届。何より事務所に迷惑がかかるし。車に乗せられた時は確かに怖い思いはしたけど、今は全然嫌なことされてないし。そもそもこの人がこんな行動に移したのって、私のせいだと思うんです」

「あなたの?」

 箕輪薫瑠は理知的な瞳を陰らせ、こっくりと頷いた。

「ここのところ多忙すぎて、ほんとに休みがなかったんです。

 それでつい、自分のアカウントにつぶやいちゃったんですよ。『休み全然なくてつらみ。ぴえん』って。そういうマイナスなイメージのつぶやきはするなって、事務所で止められてるのはわかってたんですけど、やっぱり一旦吐き出せば楽になるじゃないですか。それで一度TLに流して、すぐに消したんです。たぶん表示されたのはほんの数秒、キャッシュなんかも徹底的に消して、ちゃんと消したつもりだったんです。でもやっぱり一定数つぶやきを見てしまった人がいたみたいで。

 だからツタダちゃんはきっと、私を休ませたい一心でこんなことをしでかしてしまったんです。実際、私にすごくよくしてくれましたから」

 ねえ、と箕輪薫瑠はツタダに同意を求めるように顔を向ける。ツタダも手を組んでこくこくと頷いた。

「今日の午後からまた仕事だけど、ひとりの家に帰るよりもこうやって誰かに優しくしてもらえたから、少し元気が出ました」

「……どうしてわたしを頼ってくれなかったの?」

 須璃ちゃんの悲痛な声が返ってきた。

「だって……あんた、暑苦しいんだもの。一緒にいると薫瑠ちゃん薫瑠ちゃんって。それじゃ休みたくても休めないったら」

 事前に聞いていた印象より、須璃ちゃんに対する彼女の返答に棘はなかった。十分に愛情を感じる。

「けど、連絡を絶ったのは逆効果だったかもね。もう変に言いふらしたりしないならきちんと連絡返すようにするわ」

「ほんと?やったぁ」

 全身で喜びを表す須璃ちゃんに、箕輪薫瑠は呆れたように溜め息をついた。

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