3-6

 しばらく書架通路の先の様子をうかがうようにして沈黙が続いた。

 これからどうするんだ。

 本当に須璃ちゃんは、薫瑠とかいうお姉さんの記憶の本を探して読むというのか。そもそも世界中の人の記憶を本の形で保管しているというのだから、途方もない蔵書数だ。この中から目当ての一冊を探し出すだなんて、狂気の沙汰に違いない。

「ねえ」

「どうしました?」

 俺が声をかけると、須璃ちゃんはきょとんとした表情で俺を見た。

「どうしました?じゃないよ。あれ、絶対怪しまれた。それでも探すのか?俺たち泳がされてるのかもしれない。探してるうちに現場を押さえられて……報復があるかも」

「考えすぎですよぉ。何があろうと、薫瑠ちゃんの記憶の本はちゃんと探しますよ。狩野さんの目がないうちに、さくっと探しちゃうのが吉です」

 ずいぶん楽観的だ。俺が奥のほうを気にしていると、彼女は持っていたバックの中身を探って、一度しまって預かっていた警察手帳を手に取った。

「ちゃあんと手伝ってくれませんと、今日中に手帳お返しするの、やめちゃうかもですよぉ。警察の人って、手帳を紛失したらおおごとなんですよねぇ?」

 ほれほれと、手帳をちらつかせてくる。性格の悪い。逆らう選択肢はやはりないかと、俺は溜め息をつく。

「今日中になんて探せるのか?何か策が?」

「わたし何度か、自分の記憶の本を狩野さんに頼まずに探したことあるんですよぉ。知ってますか?記憶の本とその持ち主は惹かれ合うんです。ロマンチックですよねぇ。

 なんとなくこっちかなぁって進んでくと、本当にあるんですよ。わたしの記憶の本。毎回入ってる本棚は違うみたいなんですけどぉ、いつもこの入り口まで戻ってきやすい場所に必ずあるんですよねぇ。不思議。

 で、とちゅうとちゅうで似た雰囲気の本の存在も何とな~く感じたんですよぉ。その時はちゃんと確認しなかったんですけど、たぶんあれってうちの親と薫瑠ちゃんの本だったのかなぁって。血が近いと雰囲気も似るのかもって」

 へえ。それは初耳だ。狩野さんに頼んでばかりだったから、似た雰囲気の本があるなんて気づきもしなかった。

「なので、わたしセンサーを総動員して、雰囲気の似てる本を探しましょう~ってことで、てーばくんにも手伝ってもらいます」

「いや、ちょっと待って。俺もそんな勘に頼る探しかたで一緒に探すの?ぜったい無理ゲーだろ」

 全く同じ装丁の本の中から須璃ちゃんの記憶の本と似た雰囲気の本を探し出すなんて、赤の他人の俺が探してみたところで何も役に立たないだろう。

「話、途中なんですけどぉ。てーばくんに手伝ってもらうのは別のことですってぇ」

 少しむくれる須璃ちゃん。

 さすがに早とちりしたこちらが悪かったので素直に謝る。

「わたしは本のありかにセンサーを全集中させます。するとどうなるでしょう?はいっ、てーばくん」

 須璃ちゃんは両の人差し指を左右のこめかみにあてて、念をこめるポーズを取ってから俺に振った。解答権を獲得したところで答えようもない。

「どうなるんだ?」

「自分の記憶の本を探すのが正規ルートで、それに反した行動をこれから取るわけです。無事に薫瑠ちゃんの本を見つけたとしても、今までと同じように簡単に戻ってこれるかわからないってことですよぉ」

 言われて、俺は改めて書架通路の先を覗き込んだ。

 通路の両脇は壁一面が本棚になっており、全ての棚に同じ装丁の本が隙間なく収まっている。本の保存状態を守るためか照明は最小限に絞られており、今いる広間よりずっと薄暗い。

 さらにこの通路は、ただ本棚の続く細く長い一本道ではなかった。しばらく進むと分かれ道があったり階段があったり部屋があったり、とにかく複雑なのだ。

 俺は初めてここへ来た時に試しに少し進んでみたが、深入りしないほうが賢明だとすぐに探索は諦めた。

 今まで聞きかじった想い出図書館のルールはやけにシステマティックだ。ルール外の行動をして、彼女が戻れないかもと不安になるのも正しいのかもしれない。

「だから手の離せないわたしの後に続いて、道順を記録してほしいんですぅ」

「……責任重大だな」

「あと警察の人ならそういうの得意かなって。調書とか、取るでしょう?」

 調書を取るのと道順を記録するのは全然違うと思う。

「わかったよ。行こう」

 俺が先んじて席を立つと、須璃ちゃんも意気揚々と席を立った。脅してたってのに何なんだ、俺に向けるその嬉しげな顔は。

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