3-7
書架通路には暖房がないせいか、背筋がぞくりとした。
図書館らしく古い紙の甘いような埃っぽいような匂いが辺りに充ちている。不意に人の視線を感じた気がした。ただの本なら何とも思わないが、ここにある本一冊一冊にひとりの記憶が、人生が詰まっているのだ。それを意識してしまったせいで、過敏になっているだけだ。きっと気のせいだ。
「んーとぉ、こっちです」
俺が内心びくついていることに気づいた様子もなく、須璃ちゃんはずんずんと通路をしばらく行った先で左に折れた。俺はスマホのメモ機能を立ち上げ、適宜道順を記録していく。これを反対に辿れば無事に戻れるという寸法だ。
「あの……、お姉さんはどうして音信不通なんだ?」
「ちょっと前は……ですね、ちゃんと連絡返してくれてたんですよ」
沈黙が気まずくて捻り出した俺の質問に、須璃ちゃんは怒るでもなく少し悲しげな笑みで答えた。
「シュクペタって、てーばくん知ってますかぁ」
「シュクペタ?シュクレ・ペタルのことか?アイドルグループの」
最近テレビでプッシュされている女性八人組のアイドルグループだ。何気なくつけていた音楽番組で見かけて以来、可愛いなとは思っていたが、メンバーひとりひとりの顔と名前までは把握してなかった。
「そうですそうです!薫瑠ちゃん、そのメンバーなんですよぉ。芸名っていうか、下の名前はひらがなにしてるんですけど」
「えっすごいじゃん」
純粋に驚きの声をあげた。きっと年の近い姉妹だしそっくりだろう。ちょっと下世話にも、須璃ちゃんの顔をしげしげと眺めてしまう。
「シュクペタの箕輪かおるって、わたしのお姉ちゃんなんだぁってて色んなとこで言ってまわってたら、薫瑠ちゃんから『シュクペタの箕輪かおるが自分の姉だって喧伝しないで。最近変なファンが増えたの、あんたのせいよ』って怒られて……それ以来、連絡……途絶えちゃった」
あは、と彼女は困り顔で笑った。
虎の威を借る狐か。
確かに須璃ちゃんの姉自慢は度を越してしまったのかもしれない。けど、家族に有名人がいたとして、一度も誰かに自慢しないなんてことがあるだろうか。その家族が好きならばなおさら、応援の意味で自慢したい気持ちがあるだろう。
それと同時に、「アイドルを姉に持つ自分」という立場の優越感が承認欲求を満たしてくれる。一度味わえば、もっと、もっととなってしまうに違いない。その称賛は須璃ちゃんに向けられたものではないとわかっていてもだ。
「連絡できないから、薫瑠ちゃん個人の宣伝アカウントをチェックするのが日課になってたんです。一日二、三度くらいは何かしらつぶやいてるんですけど、昨日夜にラジオの収録もあって、いつもならその始まる数時間前に宣伝して終わりにちょっとしたつぶやきをしてるんですけど、終わった後のつぶやきがなくって、それ以降も全然更新なくって……わたしのせいで、もしも薫瑠ちゃんに何か良くないことが起こって……危なかったり怖い目に遭ってたらって思ったら」
立ち止まり、須璃ちゃんの言葉が詰まる。俯いたので泣いてしまうだろうか、と思ったが、彼女はこらえるように唇を噛みしめていた。
「だから、探して観たいんです。はやく。こっちです」
言って決意したように顔を上げ、彼女は今までより歩調を早めた。
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