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 高校か大学生くらいだ。

 身に着けているファッションはいわゆる量産型女子というやつか。緩くウェーブをかけた茶髪、ガーリーなコートを着込んだ下は、可愛らしいリボンのついたピンクのニット、プリーツのミニスカート。ストラップのついた厚底靴が足元を飾っている。耳にはピアスがひとつずつ開いていた。

 没個性なはずなのに妙に目立つ彼女には見覚えがあった。

「君、昨日助けた」

「はぁい。その節はどうも~」

 昨日、駅のホームで人混みに押され、落ちかけていた子だ。俺が咄嗟に腕をつかみ引っ張りあげて事なきを得た。簡単にお礼を言われて、それきりだった。

「名乗ってなかったと思うのでぇ、わたし箕輪みのわまつっていいます。晩稲田おくてだ大学人文学部の一年ですぅ」

 きゃぴきゃぴしたテンションで自己紹介される。

「何でここに……どうしてそれを?」

「わたし、ここの常連なんですよぉ。お兄さんも……って呼ぶと他人行儀だし、てる……んーっと『てーばくん』って呼んでいいですかぁ?てーばくんもここを知ってるのにはびっくりしましたけどぉ……てかすっごい偶然。あ、でー。てーばくん、助けてくれた時に手帳落としていっちゃったんですよぉ。どうしよう~と思ってたんだけど、ちょうど良かったですぅ」

 俺の名前は確かに輝葉だが、そんなゆるキャラみたいなあだ名は一度もつけられたことはなかったので面食らってしまう。しかもほぼ初対面でだ。ずいぶん怖いもの知らずな子だ。俺が短気だったらどうしてたんだろう。

 そのショックで重要なことをスルーしてしまうところだった。

「な、何でその時すぐ交番に届けなかったの?」

 彼女が昨日届け出ていなかったから、今のところ俺が手帳を紛失した、ということは知られていないので結果オーライではあるのだが。

「その時はま、あとで交番に届けようと思ってたんですけどぉ、バッグに入れたまま忘れちゃってぇ。今さっきてーばくんを見かけて、おっ、昨日助けてくれたお兄さんじゃん、そういえば手帳持ったままだったって思い出したんですよぉ。

 で、その瞬間わたし、ぴーんときちゃったんですよぉ。そのまま素直に返すよりいいこと思いついちゃったんです。だってこれって、すごく大切なものなんでしょう?だからですねぇ、てーばくんにお返しするかわりに、ひとつ手伝ってもらいたいことがあるんですよぉ。それが条件です」

 うふふ、と彼女は屈託なく笑う。

 脅されている。俺より若い女の子に。

「……あ、あの、条件聞くから、まずはその手帳……返してくれないかな」

「あっだめですよぉ。手伝ってくれたら、ちゃぁんとお返ししますって。保険ですよ保険。逃げられちゃやですから。お姉ちゃんの記憶の本を探す手伝いをしてほしいんです」

 情けない声を出す俺を尻目に、須璃ちゃんは手帳をくるくると器用に弄んだ。

「お、お姉ちゃん?」

「そうそう。わたしの実の、ひとつ上のお姉ちゃん。いつもは薫瑠かおるちゃんって呼んでるんですけどぉ」

「お姉さんの……自分以外の記憶の本を探して、どうするの?」

 聞いてはみたが何となく予想はついていた。

 嫌な予想だ。当たってほしくはなかったが。

「それはもちろん、記憶を観るんですよぉ。薫瑠ちゃんずっと会ってくれなくて、メッセは未読無視だし電話もつながんなくって、絶賛音信不通なんですぅ。

 狩野さんに、お姉ちゃんの本を観させてくださいって頼み込んだことあるんですけどぉ、たとえ肉親でも駄目ですって言われてぇ……でもでも、諦めきれないんです」

 彼女の瞳が剣呑に光った。

 ヤバい子だ。この子。

 俺自身も、他人の記憶の本を開いて観ることのないよう狩野さんに忠告されていた。他人の記憶の本の中身を観てしまったら、その本の持ち主の記憶が自分に上書きされてしまう危険があるのだと。

 悪用されないための方便かと思っていたが、肉親であっても観てはいけないと断られるとは。いや、突き詰めてしまえば肉親だろうが他人は他人なのだから、プライバシーは大切だと言いたいのかもしれないし、狩野さんの忠告は全て事実なのかもしれない。

 事例を聞かないから真意は不明のままだ。

「怖くないの?記憶が上書きされちゃうかもしれないって聞いたけど」

「むしろわたしは薫瑠ちゃんになりたい!」

 彼女も俺と同じく方便だと思っているのか探りを入れてみたかったのだが、両手を広げて天を仰ぐ須璃ちゃん。

 俺の中での彼女のヤバい度がさらに上がった。若干引いてしまいどう声をかけるべきか悩む俺の背後で、からからという音が近づいてきた。

「お二人とも、お揃いでしたか」

 ワゴンを押して、狩野さんが戻ってきたのだ。今の会話の内容を聞かれたかと内心気が気じゃない。

「……話の内容、聞こえてました?」

「いいえ?楽しそうにお話ししていらっしゃるようだとは感じましたが。以前からのお知り合いだったのですね」

 俺の問いに狩野さんはにこやかに答える。この人は普段から微笑みを浮かべているので逆に真意をはかりづらかったりするのだが、あれだけ忠告をしていたのだ、違反しようとしているとわかったならばこの場で止めるだろう。

「以前からのお知り合いってわけじゃないんですけど、わたし昨日てーばくんに助けてもらったんですよぉ」

「てーば、くん?」

 狩野さんが微笑みのまま小首をかしげた。

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