3-3
「お待たせいたしました」
俺の呼吸が落ち着いた丁度いいタイミングで狩野さんは戻ってくると、にこやかに本を手渡した。くるりと本を返し、表紙のタイトルを俺に向けて渡すのだが、それが毎回判で押したようなのだ。この人はロボットなのかと疑わしくなる。そう思うのは心の中だけにしておき、礼を言って受け取る。
さっさと目的のページを観て想い出さないと。
今回失くしてしまった物は警察手帳だった。
黙っていないですみやかに報告すべきなのは百も承知だが、そうしたら有無を言わさず懲戒処分だ。報告前にまず自分で探したいと思うのが人の性だろう。しかも失くしたのは昨日の今日なのだ。まだ望みはある、はずだ。今後の立ち位置を脅かさないためにも、貸与品点検がある前になるべく早く穏便に手帳を見つけねばならなかった。
「喉が渇いたでしょう、お茶でもいかがですか」
「ああ、ありがとう。頼むよ」
話半分で返事する。
本を開きページを確認する間に狩野さんは奥へ引っ込んだようだ。
警察手帳を失くしたのは昨日のことなのははっきりしているが、どのタイミングで失くしてしまったのかはあやふやだった。朝起きてからの一日を隈なく確認するしかないだろう。面倒だが、この図書館内でいくら過ごしても、戻る時に出入り口の扉を通ることで滞在時間がチャラになってくれるのは本当に有難い。
「——あのぉ」
頭の少し上で声がした。間延びした甘ったるい女の子の声だった。顔を上げたら、至近距離でマスカラを塗ったまつげが瞬いた。
「うわあっ」
のけぞってバランスを崩して、派手に椅子を倒してしまう。足を踏ん張ってどうにか尻餅はつかずに済んだが。扉を開けて今しがた図書館へ来たのならドアベルで気づくはずだから、俺より先に図書館に来て、書架通路のほうにいたのだろうか。
「こんにちはぁ、驚かせちゃってごめんなさい。これ、あなたの……ですよね?」
女の子は薄くて長方形をした黒い手帳を開いて、笑顔で俺の前に差し出した。あんまり見返したくないくそ真面目に写った俺の顔写真と、警察の記章が金色に輝いている。
俺の警察手帳だった。
「えっえっ?」
どうしてここに、何でこの子が持ってるんだ?
驚きとともに思わず彼女の手から手帳を奪取しようとしたら、俊敏な動作で手帳を持つ手を振り上げられてしまった。
「お返しするには条件があるんですけどぉ」
その発言を聞いて、初めてまともに女の子の顔を目で捉えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます