第三話 用法を守って正しく利用しましょう

3-1

 年始早々、まずいことになった。

 早く、早く想い出さないと。

 本当に自分の管理能力の無さが嫌になる。

 普段から相当気をつけてても駄目だから、もうそういう星の巡り合わせなのだろうと、少しでも運が良くなるよう日夜善行を積む努力をしてもこれだ。ゴミが道端に落ちてたら積極的に拾うとか。昨日なんか、駅のホームで落ちかけた女の子を助けたんだぞ。それでも駄目じゃあ、阿呆らしくなる。

 俺は自分のロッカーに置いたままであることを祈って、いつもより一時間早く出勤して目ぼしいところを物色したが、まあ、予想通りといえば予想通りで、自分で自分を呪いたくなった。けど俺は気持ちを無理やり切り替え、急いで署の外へ飛び出した。

「うっ寒っ」

 からっ風の吹く外に出ると、以前教わった手順でぐるぐると曲がり角を折れる。小学校の校門が見えた。普段なら部外者なので躊躇するが、迷わずくぐる。途端に景色ががらりと変わった。城下町、二十二月町の門前だった。

「やあ、ども」

 愛想笑いで片手をあげ、門番に声をかける。このやりとりはすでにもう何度かしているので、白髪の門番のほうも最早顔なじみだ。またか、とでも言うように眉間にしわを寄せられたが、有難いことに文句までは言われなかった。彼は椅子から立つと、すぐ近くの壁に取り付けてある門の開閉レバーを引いてくれた。重々しい音を立てて門が開かれる。

 礼もそこそこに、俺は想い出図書館へ走った。

 石畳のヨーロッパらしい町並み。初めは驚いたが、今はそんな景色に構っている暇はない。目に冷たいものが当たると思ったら、雪がちらついていた。

 ドアを引いて開けると、扉に取りつけたベルがからんからんと大きな音を立てる。その音に司書の狩野かりのさんが顔を上げた。今日は広間のテーブル席に座って読書をしていたようだ。奥に引っこんでたら大声で呼んだうえに待たなくてはいけないから助かった。

「おや、生越おごせさん。ずいぶんお急ぎのようで」

 彼は栞を挟んで本を閉じると、肩で息をする俺の焦りとは対照に、穏やかに微笑んだ。

「そうなんだよ。すまないが、俺の本をすぐにでも探してほしい」

「かしこまりました。お座りになってお待ちください」

 狩野さんは嫌な顔ひとつせず、席を立って書架通路の奥へ消えていった。俺はそれを見送ったあと、長く溜め息をつくと椅子を引いて腰かけた。


 この不思議な図書館を知ったのは、つい三ヶ月ほど前だ。

 親友の定仲さだなかいたるが事故で入院し、意識を失っている最中に現実離れした体験をしたのだと、訥々と聞かされたのだ。

 俺だって意識を失っていた間に見た夢だろうと真に受けてはいなかったが、先月、その想い出図書館という名の、世界中の人の記憶を保管している図書館は本当に実在しているということを身をもって知ったのだ。

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