2-11

 扉が閉まった途端、元の静寂に包まれる。

「……何というか、季節外れに来た嵐みたいな人だったね」

 汐世の感想に頼鷹が苦笑する。

「本当に。あの人はいつも突然私の前に現れるのですよ」

 汐世は十一に言われたことを反芻する。

 ――おれが察するに、汐世ちゃんのほうはもっと違う気持ちを抱えてるように思ったんだがなあ。

 ろーこにも似たようなこと言われたけど、その時は自覚がなかった。

 お盆の時、この先も頼鷹さんのそばにいてあげたいと思った。

 契約の話を聞いても、司書を諦めるという選択肢は湧かなかった。頼鷹さんを支えたいという気持ちがあったから。

 何となく、これが恋愛としての「好き」ってことなんだろうなと思った。

 ようやく自覚が伴ってきて今日、会って間もない十一さんに指摘された。そんなにあたし、わかりやすく好意が透けて見えてるの?

 ……頼鷹さんの顔が見られない。

「どうしました?」

 頼鷹が覗きこんできた。

 ああ、やっぱこの人、あたしのこと何とも思ってないや。

「何でもない」

 悲しいかな諦めがついたせいか、目を逸らさずに済んだ。頼鷹は「それなら良かったです」といつもの微笑みを浮かべている。これでいい。仕事のパートナーとして関わっていくほうがずっと健全だ。

「愛情とは、汐世さんはどんなものだと思いますか」

「は」

 突然の剛速球を投げられて固まってしまう。顔は赤くなっていないだろうかと思わず手を頬に持っていって熱を確認していた。

「本の知識で知ってはいますが、やはり私にとって実感を伴っていないというのが現状です。お恥ずかしながら十一さんの指摘どおりなのです」

「そんなの、みんながみんな、はっきりと実感できてるものじゃないと思う。頼鷹さんだってゆっくりで全然いいんだから、ちょっとずつ知っていけばいいと思う」

「そうですね。それでしたら、汐世さんにはどんな愛情を教えていただけるのでしょうか」

 今度は「ひえ」と変な声が出てしまった。珍しく動揺を表に出す汐世を見て、頼鷹が「ふふ」と微笑んで手を取る。

「よろしくお願いいたします、先生」

 言って、取った手を掲げ一礼する。

 顔が一緒に近づいてきたから、てっきり手にキスでもされるかと思った。

 心臓がばくばくと鳴って、聞こえてしまうんじゃないかとひやひやする。辛うじて「先生はやめて」と反論した。

「あ、あの」

 喉が渇く。頼鷹は穏やかに汐世の次の言葉を待ってくれる。

「先生と生徒って関係を決めちゃったら、愛情を知るのに対して邪魔な気がして。あと十一さんが頼鷹さんに教えてあげてって言ってた『愛情』って……何ていうか一言でいうと親愛って感じだと思う。本当にあたしにそれが教えられるのかわかんないけど」

「友愛とはどう違うのですか」

「どう……わかんないけど」

 頼鷹が困ったように笑みを浮かべる。汐世はその答えではさすがに無責任だったと思い直したが、すぐに上手い言葉が思いつかず「ちょっと時間をちょうだい」と手でストップをかける。頭を整理して、ひとつ考えを固めた。

「師弟なら一線を引くものでしょ。愛情っていうより尊敬の気持ちが強い。違う?」

「なるほど。私と汐世さんはもう少し踏みこんだ関係を築けると」

「そ、そう。仕事仲間として対等に」

「わかりました。改めてよろしくお願いいたします」

 頷いて、取られていた手を持ち直し握手する。

 そう、これでいい。これが良い。

 あたしはたぶん、この感情を持て余してるから。

 仕事仲間として対等な親愛の情を築けたら、と汐世は願うことにした。

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