2-10

 十一はほんの少し残っていたミルクティーをぐいっと飲み干すと、席から難儀そうに降り、背もたれに掛けてあったコートを取って袖を通した。

 次来る時までに、小さい子どもにも使いやすい椅子を用意すべきだろうか。

「世話んなったな。名残惜しいが、失礼するよ」

「そうですか」

 マフラーもきっちり巻いて完全防備となった十一を見送るため、頼鷹と汐世が一緒に席を立った。立ったものの、頼鷹が何やら思案にふけっている。汐世と十一が覗きこむとようやく顔を上げ、言葉を発した。

「前世が名残惜しいと思えば思うほど、生まれ変わっても前世の記憶が残るものなのかもしれません」

「何だ、藪から棒に」

「十一さんもおっしゃっていたではないですか。未練だ、と」

「ああ、そっか。そうなんだろうな」

 十一が腑に落ちたように頷く。

「おれは、田中十一として生きた人生が何だかんだ好きだったんだなあ。経験も、出会った人も、みいんなひっくるめて」

 そして感慨深げにひとつ、溜め息をついた。

「汐世ちゃんが、おれの記憶を失くすの止めてくれて助かった。ありがとな。じゃあ」

 そして、くるりと扉のほうへ足を向けた。

「ええ、お元気で。またいつでもいらしてください」

 頼鷹が笑顔で応えると、扉の前まで進んでいた十一が「あっ」と思い出したように頼鷹の元まで戻ってきて、屈むよう頼んで耳打ちする。

「汐世ちゃん、本当に良い子だよな。お前にゃ勿体ないくらいだ。大事にしろよ」

 耳打ちしているにもかかわらず、声が大きいので隣に立つ汐世のほうにも全部聞こえてしまっていた。

 何てこと言ってんだこの人は。

 汐世が内心動揺しているとはつゆ知らず、頼鷹は動じる素振りもなく「かしこまりました」と柔らかく微笑んでいる。

 彼が普段どおりなのは大人な対応であしらっているのではなく、ただ鈍感だからわかってないんだろうと汐世は結論づけた。十一もさすがに頼鷹の朴念仁を理解したのか、呆れつつ汐世のほうを振り返り「頑張れ」と励ましの言葉を投げる。

「じゃあな。次からは十一じゃなくって、来未って呼んでくれよな!」

 手を思いっきり振るとくるりと背を向けて、十一…いや来未は扉を開けて飛び出していった。

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