2-8
ぱたんと、本が閉じられる音がした。
記憶の本の持ち主が人に読み聞かせる方法は知っていたけど、他人の記憶を観るってこんな感じなんだ。
汐世は納得して顔を上げる。
「おれも見栄を張りたい年頃だったんだよなあ……。一丁前に兄貴面して、恥ずかしいや」
本の表紙を撫で、今は幼い少女の姿の十一がしみじみと呟いた。
「読み聞かせってのはやっぱり難しいもんだな。けど、思ったよりすらすら読めたのはおれの記憶だからなのか?」
隣に座る頼鷹は、放心したように遠くを何ともなく眺めていた。そのまま固まっているので汐世が肩口をつつくと、我に返ったらしく「そのようですね」とだけ答えた。
「なあ、頼坊」
言って十一が、にっと例の笑顔を浮かべた。
「何でしょう」
「記憶の本が記憶を想い出させてくれるんなら、忘れさせてもくれるんだろ?」
「できはしますが、どうして……」
頼鷹の瞳が困惑に揺れた。
「如何してって……前世の記憶なんざ、なるべく早く忘れちまったほうが良いだろ」
「いずれ徐々に忘れるものだとおっしゃっていたではないですか。急がなくとも」
「頼坊に伝えたいことは済んだし、もういの一番に残ってた未練はねえ。そんならとっとと忘れちまうほうが良い。ずっと憶えてると、他の未練もずるずる引きずっちまうだろうからな。おれの前世は確かに田中十一だったけど、今生は四十九院来未なんだ。だのに未練にとらわれちゃあ、駄目だろ」
「確かにそうかもしれませんが、本当に良いのですか。記憶の本の記憶を失ってしまったら、二度とその記憶が戻ることはありませんよ」
普段、訪れた人の要望にはなるべく応えようとする頼鷹だったが、今回は知人であるせいか、珍しく諦めてほしそうな空気があった。
頼鷹さんも、関わりの深い人には私情を挟んじゃうくらい、人間味あったんだ。
汐世の感じ取った差異など知るはずもなく、十一は笑って「良いんだ」とだけ答えた。
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