2-5

 彼の姿がすっかり見えなくなると、十一がふと口を開いた。

「なあ、汐世ちゃん」

「何?」

「汐世ちゃんは頼坊の何なんだ?これか?」

 恋人か?と聞きたいのだろう。十一は桜貝のような小さな爪が可愛らしい小指だけをぴん、と立てた。

「違う。そんなんじゃない」

「じゃあ、何」

「仕事仲間」

「そうかなあ。おれが察するに、汐世ちゃんのほうはもっと違う気持ちを抱えてるように思ったんだがなあ」

 見た目は幼稚園児然とした女の子がにやにやと頬杖をつき、ずいぶんと下世話な笑みを浮かべていることに強烈な違和感を抱く。仕草にやけに世慣れした印象を持つことが違和感の原因だろうか。

「そんなことないって。あたしはただ真剣に、ここの司書を目指してる」

「如何してそんな真剣になってんだい?」

「頼鷹さんひとりが抱えて良いことじゃないから。ずっと長い間ひとりでここを任されて……帯屋さんって仕事仲間もいるけど、その人は別の仕事で世界中飛び回ってるし。だから少しでも頼鷹さんの負担を減らせたらって」

「成程。頼坊がさっき館長に世話んなったって言ってたけど、その人は居ないのかい」

「もうずっといないって。あたしも会ったことない」

「はあん。少なくとも汐世ちゃんは頼坊を大切に思ってるってこったな」

 むんずと右手を両手で掴まれ、握られる。子どもの、体温の高い手のひらだった。

「頼坊はずっとひとりだったんだ。両親もきょうだいもいて一見恵まれた環境だったかもしれねえが、親父である旦那さんは頼坊をただ『跡取りだから』ってことで大事にしてただけだ。

 あれを愛情って言えんのか?おれは違うと思う。

 だって頼坊が旦那さんにくっ付いて仕事を教わってる時、いっつも寂しそうな背中をしてんなと思ってたんだ。

 だからこれからは、汐世ちゃんが傍にいてやんな。そんで頼坊に愛情ってもんを教えてくれ。それがいい」

 汐世は言葉に詰まる。

 あたしが、愛情を教える?

 そんなこと、できる?

 感情も満足に表に出せないあたしが?

 ひとり逡巡する間に、十一は納得したように膝を打った。

「そうか。おれはこれを伝えにこの世にもう一度産まれて、ここに来たのかもしれねえな」

 そう言って「これが未練ってやつかねえ」と、また子どもには似合わない表情で笑う。それにどう答えればいいか悩んでいる間に、頼鷹が書架通路の奥から戻ってくる足音が聞こえた。

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