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十一が泣き止むのを待ちつつ、そういえば汐世の紹介がまだだと頼鷹が気づいた。それならと若干締まらないながらもそれぞれ紹介をし、図書館についてもう少しくわしく説明をしたところで、ようやく落ち着いてお茶を嗜む運びとなった。
汐世は少し冷めてしまったジンジャーティーに口を付ける。あ、冷めても美味しい。
香りの余韻を味わうと、続いてシュトレンに手を伸ばす。表面の砂糖のしゃりりとした食感、生地も想像どおりみっちりしている。ドライフルーツもアクセントになって美味しい。甘い。すかさずジンジャーティー。生姜の香りが鼻を抜ける。甘味が加わってさらに至福だ。
「美味いなあ、これ」
十一も砂糖を控えめに加えたミルクティー(頼鷹がシュトレンと一緒に頂くなら、砂糖は少しで良いとアドバイスしたのだ)を口に運んで、感嘆の声をあげた。その驚きのままシュトレンにも手を伸ばすと、その美味しさに目を輝かせ、思わずといったふうに唸り声が漏れた。
「お口に合いましたか」
「紅茶はてんで専門外だからよくわからんが、この菓子パンに随分と合うな」
その答えに頼鷹はにこにこしている。何だかすっかり和やかな雰囲気になっているが、汐世は途中で気づいた疑問を投げかけてみた。
「ねえ、ここに来られたってことはさ。十一さんは何か記憶を探してるの?」
「そうか。ここはそういう場所だったか。本を読む経験なんてとんとしてこなかったから、あんまり読む気力がわかねえんだが……強いて言えば……生前の記憶をほんの
「思い残すことはないだなどと、縁起でもない……」
十一が遠い目をしたので、頼鷹が言葉を失くす。
「いやなに、きっと田中十一だったってえ記憶は、そのうち薄れてくんだろうと思ってな。だって物心もつかねえ子どもだったらともかく、前世の記憶をはっきり持ったまんま大人になった奴なんて、頼坊だって汐世ちゃんだって、聞いたことねえだろ?」
言ってまた、にっと笑う。
「おれが再びこの世に生を受けて至った持論なんだがな、個人差はあるんだろうけど、きっと誰しも産まれてすぐは多かれ少なかれ前世の記憶を持ってるんだ。
それは今生の自我が芽生えるにしたがって、いずれ薄れていく。おれはたまたま、それをまだはっきりしっかり持ち続けてるだけだ。それだってずうっとあるとは思っちゃいねえさ。
今生は女の子に生まれたことだし、自分のことを『おれ』って呼ぶのに違和感をもってそのうちやめるかもしれねえ。まあ……今のこの言葉づかいだって、来未として生を受けてから口にするのは初めてだったしなあ。
可愛い可愛い来未ちゃんが普段から男勝りな言葉づかいをしてたら、ママが卒倒しそうだもんでな。そういった前世と今生の隔たりからも、四十九院来未は前世が田中十一だったことを忘れちまうかもしれねえが、それが自然ってもんだ。悲しむことじゃあない」
しん、と辺りが静まり返る。
「そう、ですか」
ぽつりと頼鷹が言葉を落とす。しかし、言葉は続かず考えこむように顎に手を充てた。少しのあいだそうしていたが、彼はおもむろに顎から手を放し顔を上げた。
「想い出図書館に所蔵されている記憶の本は一般的な本とは異なりまして、読むというより観るものですから、読書が苦手な方でも記憶を想い出すことそれ自体は苦に感じないと思われます。十一の……四十九院来未さんの記憶の本を探してまいりましょう。けれど……前世の記憶が、記憶の本に本当に残されているのかどうかは確認してみないと」
「前例がねえのかい?」
「今まで聞いたこともありません。そういった事情で訪れた方もいなかったもので」
「そうか、まあ見るだけ見てみよう。探して欲しい」
「かしこまりました」
頼鷹が席を立ち、書架通路へ歩いていくのをふたりで見送る。
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