2-3

 今の名前は四十九つるしいん来未くるみだ、と子どもは名乗った。現在四歳だという。

「人生何があるか、わからねえもんだよなあ。暇を出されて田舎に戻ったあと、なんとか十年ほど生きられたと思ったら水路に落ちておっんじまって。いやはやこれで仕舞いかと思ったらその記憶をそっくり引き継いでこんな玉のような女の子に、しかも名家のご令嬢に生まれ変わるなんてなあ」

 くるっと一回転してポーズを決める来未。いや、十一か。年相応に少々舌足らずではあるが、その割に語彙が豊富すぎるのは確かだ。

 この子の言うことを信じていいんだろうか、と汐世は無表情になりゆきを眺める。

「そ、そうでした。貴方もお茶はいかがですか。ジンジャー……生姜の紅茶と、お茶請けにシュトレンという菓子パンをご用意しているのですが」

 頼鷹が珍しく余裕のない表情で説明をしている。

 穏やかな笑顔が通常運転の頼鷹さんが取り乱すなんて、ちょっと新鮮。

「うん、もらおう」

「ではお席に。あの……生姜はお口に合いますでしょうか?」

「うん……確かに舌が幼いせいか、前より敏感になったみたいだ。他のものがいいかもしれねえ」

「では、別の茶葉でミルクティーをご用意いたしましょう」

 言って頼鷹はワゴン下に予備で置いていたティーポットを取り出す。キッチンと広間はそれなりに離れているので、何度も行き来するのは手間だったりする。そのため別のお茶が欲しくなったときを見越して常に用意しているのだ。もちろんおかわりのため、魔法瓶にはお湯をたっぷりと用意している。

「ありがてえ。なあ、さっきから気になってたんだが……なんで敬語なんだい?おれたちの仲じゃねえか。それじゃなくとも、お子様に馬鹿丁寧にかしこまらなくていいと思うけどな。対等なのが良いんだろ?」

「え……」

 コートとマフラーを背もたれにかけ、よじ登るようにして椅子に落ち着いた十一を、頼鷹が絶句して見つめた。敬語じゃなくて対等が良い。その言葉は以前、頼鷹が十一に向けて言った言葉だった。

「おう。生まれ変わりだって、今度こそ納得してくれたかい?」

 十一がにっと笑う。

「生まれ変わり……本当に十一、なのですね。やはり」

「そうさ。納得してくれたんなら、今度はおれが納得する番だ。だろう?」

「わかりました。お答えしましょう。

 私はここで過ごすあいだずっとこのような言葉づかいで通しておりましたので、丁寧な口調が抜けないこと、ご了承ください。

 どうして若いままかと言いますと、十六で家を出てここの館長にお世話になったのですが、この図書館の司書になることで一般的な成長、老化と比べてずっと歳をとりづらくなるようで……そのまま今に至ります」

「家を出た?家を継いだんじゃなく?」

 給仕をしながら端折った説明を述べた頼鷹に、十一が椅子の背もたれへ身を乗り出して問い質す。身体が軽いので椅子が傾くことはないが、見た目が幼いせいかうっかり落ちてしまいそうで、どうにも危なっかしい。

 頼鷹は十一を脇の下から抱き上げて、向きを変えて座り直させた。

「間違いではありません。折悪しくこの図書館へ行ったその日に大震災が起こったらしく、行方不明の扱いを受けそのまま数年経ち、結果亡くなったことにされたのです。

 自分が蒔いた種ではあるのですが、ここについ長居をしてしまって。こことあちらでは時間の進み方が違うのです。普通であれば、あの扉が戻る時に多少修正をしてくれるのですが、その効果が長居をしたことで薄れてしまい、戻った時には数年経過しており……ですから戻ることは叶わず、ここにご厄介になったという経緯があります」

 以前も聞いたことのある内容を頼鷹が告げたのを認めると、汐世は何気なく十一のほうへ顔を向けた。途端、内心ぎょっとする。彼女の頬にはぽろぽろと涙の粒が転がり落ちていたのだ。思わず汐世は「どうしたの」と声をかける。

「頼坊……苦労したんだなあ……頑張ったんだなあ」

 ぐしぐしと手荒く目元をこすりながら十一がしゃくり上げる。見た目は四歳の子どもなのに、完全に男泣きの貫禄だ。堂に入っている。

「苦労と言うほどの苦労は……頑張ったなどと……」

「いいや!おれにはわかる。

 旦那さんの元で随分しごかれてたのはずっと見てたしなあ。尋常の時分でそうだったんだから、十六までにもっと苦労したんだろう。それだけでも十分頑張った。ここでの生活も簡単じゃあなかったってことぐらい、学の無いおれにもわからあ」

 すんすんと泣き止みきれないながらも、はっきりとした声音で十一が頼鷹に言葉を投げかける。

「そう言っていただけたならば、私も報われます」

 戸惑ってはいたが、言い切る形で十一に認められたことで、頼鷹はようやく顔をほころばせた。

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