第二話 名残の記憶

2-1

 それはクリスマスの贈り物にしてはいささか出来過ぎて、季節外れの嵐のように騒々しくて突発的な奇跡だった。


 十二月もいよいよ半ば。

 古咲ふるさきしおの暮らす世界はクリスマスムードで賑わっていたが、どうもキリスト教とは違う宗教を信仰しているらしいレドールブルクを擁すキースヴァルト連合も、冬の復活祭だかでここ最近賑わっているようだった。

 レドールブルクの城下町である二十二月町もご多分に漏れず活気に満ちて、街のガス灯には普段はない煌めくオーナメントが飾られ、復活祭に合わせ露店がひしめき、住人ではない汐世でも浮き足立つものがあった。それなのに想い出図書館はというと呆れるほどいつもどおりで、通りに面した扉を閉め切ると途端にひっそりとして、時が止まってしまったような錯覚を覚えた。

「寒い」

「おや、汐世さん。こんにちは。今日は特に冷えますね。レドールブルクの冬は大変寒いですから、暖かくしませんと。ジンジャーティーでも淹れましょうか。生姜は苦手ではありませんか?」

 指先をさすりながらドアを開けてきた汐世を、よりたかはいつものように笑顔で出迎える。

 ジンジャーティー。

 その名前を聞いただけでぽかぽかと体内が温まるようだ。

 汐世が生姜湯とはまた違うだろう美味しさを想像してこっくりと頷いたのを見て取るやいなや、頼鷹はすぐに奥に引っこんでしまった。きっと美味しいお茶菓子もつけてくれるに違いない。内心にんまりとしながらいそいそと広間に設えられたテーブルに着くと、室内の暖かな空気にほっと息をついた。

 もう十二月か……。まわりはぼちぼち進路を決めようとしている。

 あたしは……。

 そこまで考えて思わずテーブルに突っ伏してしまう。

 というのも現在、汐世は両親と絶賛喧嘩中なのだった。夏頃までは大学進学に乗り気だったというのに、しばらくだんまりしていたと思えば先月の半ば、急に進学しないと言い出したのだから、そりゃあ親としてはお怒りになるのも当然とも言える。

 完全にあたしのわがままだ。けど、頼鷹さんのことを考えると早いに越したことはないじゃんか。

 突っ伏した体勢のまま無言で足をばたつかせる汐世に「どうかされましたか」と、ワゴンを押しながら戻ってきた頼鷹が穏やかに問いかけてきた。

「……大学行かないって言ったら、親に反対された」

「そうなのですか……それでしたら私も親御さんの意見に賛成ですね」

 その言葉にがばりと起き上がると、頼鷹は配膳をしながら柔らかく笑みを投げかけていた。どうも冗談ではないらしい。もちろん、あまり冗談を言う人ではないが。

「どうして。あたしが司書になるの、了解してくれたじゃん」

「司書になられるのはもちろん歓迎です。けれど何もくことはないのです。

 進学すれば見聞も広まるでしょう。汐世さんが想い出図書館の司書になるといっても、私は貴女をなるべく縛りたくはないのです。私にとっては、来年も二年後も、四年後であっても、月日の長さにはどれも大きな差はないのですから。大学を卒業して、それから司書になっていただいても遅いということはございません」

「そのほうが頼鷹さんも良いんだっていうなら……わかった。大学行くよ」

 表情には表れていないが内心渋々答えると、頼鷹は汐世の前のティーカップにジンジャーティーを注ぎ入れた。湯気とともにほわんと生姜のスパイシーな香りが立ち昇る。お茶菓子にはどっしりとして粉糖がまぶされた、見るからに甘そうなパンが供された。その場で数枚スライスしてくれる。

 恐らくシュトレンと呼ばれる菓子パンだろう。

 ドイツではクリスマス前のアドベント期間にいただくものらしいが、キースヴァルトでも似たような習慣があるのだろうか。季節の移り変わりに疎い頼鷹が、アドベント期間をわかった上でシュトレンを用意しているとは申し訳ないが思えない。

「これはシュトレンという名前の菓子パンなのですが、帯屋おびやさんのお土産なんです。ドイツではクリスマス前にこれを少しずつ切って召し上がるそうですよ。もう、そんな時期なのですね」

 そういうことなら納得だった。

 スライスされたシュトレンには、たっぷりとドライフルーツが散りばめられている。これは間違いなく美味しそうだ、と気を取り直して切り分けられたシュトレンを摘まもうとした瞬間だった。

 扉が勢いよく開け放された。

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