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 言われるがまま猫又のあとをついていくこと十数分、目的の建物が見えてきた。

 図書館というのだからさぞや立派な建物かと思っていたのだが、石畳の大通り沿いに建つそれは、両側を店に挟まれた小さな雑貨屋のような雰囲気を醸し出していた。

 周りもそうだが、想い出図書館も明かりを消して暗く沈んでいる。

「ほかの店に合わせて表向きは店仕舞いしてるけど、たぶん扉は開放しているはず。きっと奥にいるから呼べば出てくるわ。狩野かりのはね、ほら、仕事人間だから」

「狩野……さん?」

「ここの司書兼館長代理。実質ここの管理者よ」

「はあ。ご丁寧に教えてくださって、ありがとうございました」

「記憶が見つかると良いわね。あんたみたいな礼儀正しい子は好きよ」

 礼を言うと猫又は尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ガス灯の灯る通りを帰っていった。

 世話焼きなおばさんみたいな猫だったな……。失礼ながらそんな感想が浮かぶ。

 いや、それよりもだ。本題を忘れてはならない。

 図書館のドアノブを回すと確かに鍵は掛かっていないようだった。恐る恐る押し開けると「からんからん」とドアベルが軽やかに鳴った。

「す、すみませ~ん」

 薄暗い館内に不安が勝り、声が裏返ってしまう。控えめに声を掛けたのが悪かったか、辺りはしんと静まり返り、人の気配が近づいてくる様子もない。もう一度、今度は奥に聞こえるよう声を掛ける。すると、遠くのほうで返事が聞こえた気がした。

「お待たせしてしまって申し訳ございません。今晩は。良い夜ですね」

 しばらく待つと、暗闇から男性が姿を現した。そしておれが突っ立っていた広間の明かりをつけてくれる。温かな明かりに自然とほっと息をついた。

 男性は優し気な雰囲気をまとっていた。司書と聞いて何となく落ち着いた女性のイメージを持っていたが、確かに雰囲気はそうなんだけど……違った。

 黒々と艶のある髪、端正な顔立ち、すらりとした長身。うらやましい、と矢庭に思ってしまう。

「や、夜分遅くにすみません。おれ、ユーチューブで動画配信をしている者でして。猫又の九重さんから伺ったのですが、あなたが司書の狩野さんですか?」

 おれの問いに彼は笑みを浮かべ頷く。やっぱり優しそうだ。撮影許可もらえそう、と期待を込め言葉を続ける。

「突然で申し訳ないのですが、想い出図書館を取材させていただきたくて……許可をいただけないでしょうか」

「取材」

 狩野さんはおれの言葉を繰り返し、目でおれの言葉を促す。

「はい。あの、撮影の許可をいただきたいのですが……」

「構いませんが、恐らくうまく撮れないと思いますよ」

 あっさりと許可は貰えたが、最後が引っ掛かった。どういうことだ?

「うまく撮れない?」

「前に試した方がいらっしゃるのです。この図書館内や町中を撮影しても、撮った写真や動画を確認することができないのだそうです」

「それはたまたまじゃ……」

「そうお思いでしたら、どうぞご随意に」

 言い終えて、狩野さんは薄く微笑んだ。これ以上説明はしないとでも言いたげだ。

 これは暗に撮るなと言っているのだろうか。ちょっと嫌味ったらしいなと内心毒づく。ああ、そういうタイプか。慇懃無礼な人って苦手なんだよな。嫌ならはっきり言ってくれって。「構いません」と言ったのだから好きに撮るぞおれは。

「じゃ、仕切り直して。この想い出図書館ってまことしやかに都市伝説のように世の中に伝わってますけど、こうしてあるってことは確実に実在してるんですね」

「それは勿論。行きかたをどなたかにお聞きになったのでしょう?しかし、貴方の暮らす世界に存在するかどうかという点で捉えると、その答えは否と答えねばならないでしょう。ここは貴方の住まう世界とは異なった世界に位置しておりますから」

 先ほどと変わらない微笑みを貼り付けたまま、狩野さんは流れるように受け答えした。彼の答えは噂に聞いたとおりだ。

 しかしなんだろう、違和感を覚える。とは言っても噂にではない。笑ってはいるけど感情が乗ってないというか、どうにも無機質というか……彼には人間の体温みたいのが希薄な印象を受けた。学習したAIと会話したときもひょっとしたらこんな印象を受けるかもしれない。

「確かにある境界線を越えたら、がらりとまわりの景色が変わって驚きました。それだけでも稀な体験をできたと感動していますが、ここは自身の記憶が見られる図書館なんですよね。どうしてそんな図書館が作られたのでしょうか?」

 おれの質問に、狩野さんは少し考え込んだ。

「この図書館が作られた経緯……と言いましても、私は最初からここを管理していたわけではございません。ですから、明確にお答えすることはできないのです。ただ、私自身の考えとしましては、この図書館に訪れた方々に大切な記憶を想い出していただき、そうすることで次への一歩を進んでいただく、そのために存在しているのだろうと思っております」

 狩野さんは一度言葉を切り、微笑んだ。

「こうしてここへ来られたのも貴方が想い出したい記憶を失くされているからです。百聞は一見に如かず、と言うでしょう。お名前を教えてくださればすぐにでも貴方の記憶の本をお探しいたしましょう」

 ついさっきも聞いた言葉に、何だか出来すぎてるなと感じつつおれはその言葉に従った。

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