第10話『キレイなだけの醜い世界』

 《赤髪ちゃん視点》


『……さて、気を取り直して、ダスト様の治療を始めましょう』


 重症のダスト様を治療室のベッドに寝かせ、魔力が尽きる覚悟でありったけの治癒魔法をかけた。


 だけどこれだけではダメだった。


 私の治癒魔法だけでは、ダスト様の怪我を治しきれない。


 今回は回復ポーションというかなり稀少で高価な回復アイテムを使うことにした。


 魔王様もいざという時は使っていいと言っていた。


 今がまさにその時なので、遠慮なく使わせて頂きます。


 どんなに重傷でも回復する赤い液体が入った瓶状のものを取り出した。


『これをダスト様に飲ませれば……』


 しかし、今のダスト様は意識が無いので飲むことなんてできるわけがない。


 なので私は回復ポーションを口の中に含み、ダスト様に人口呼吸をするときの感覚で接吻をし回復ポーションを飲ませた。


 すると、ダスト様に侵食している全ての傷が瞬時に塞がり、魔王城を出る前と全く同じ状態になった。


 あとは意識が戻るのを待つだけだ。


『ふぅ……これでダスト様の治療は終了ですね』


 ダスト様の治療を終えた私は、ひとまず安堵し、治療室の扉の向こうで、心配で顔が青ざめているであろう、あおいやゴールドさん達に報告するために治療室を出た。


 案の定、あおいは不安な顔で治療室の前で待っていた。


『あ、お姉さま……あの……ダスト様は……?』


『安心して。治療は無事終了したわ。あとは意識が戻るのを待つだけよ』


『そ、そうですか…………よ、良かったああああああ!』


 あおいは緊張が解けたからなのか、周りの事など気にせず、まるで子供のように私に泣きついてきた。


 もう、なんて可愛い妹なのかしら!


『よしよし、よく頑張ったわね、あおい』


 私はかわいいかわいいあおいの頭を撫でた。あおいはとても満足そうだ。可愛すぎかよ! マジ天使うひょーーーーーーー!!!


『……お姉さま、私もっと強くなります。今度こそダスト様を守れるように……そしてお姉さまと肩を並べられるように』


 あおいは泣き顔を引っ込めて、決意を固めたようなキリッとした表情でそう宣言した。


『あおい……ええ、そうね。また稽古しましょ!』


『はい!』


 あおいは見る者全てを魅了するくらいの可愛い笑みで頷いた。


 天使よ! 天使がここにいるわ!


『赤髪ちゃん……』


 やはりゴールドさんもダスト様の事が心配だったようで、柱の影からひょっこりと現れた。


『あ、ゴールドさん、ダスト様の事なら大丈夫ですよ。治療は成功です!』


 その言葉を聞いたゴールドさんは、あおいと同じように私に泣きついてきた。


 ゴールドさんもダスト様が運ばれた時、青ざめた顔をしていましたし、よほど不安だったのだろう。


 まったく……今日は泣きつく娘が多いわね……可愛いから日常的にもっとやって欲しいですね! ええぜひやって下さい! お金なら払いますから!


『あの、赤髪さん……』


 先程のゴールドさんと同じように、シルバーさんとブロンズさんもやってきた。


 どうやら後ろで先ほどの私たちのやりとりをゴールドさんから聞いていたらしい。


 シルバーさんもブロンズさんも、まだダスト様とはほとんど関わりが無いはずなのに、彼の事を心配しており、今、大事には至らなかったと分かって2人は安堵した。


『ダストさんが無事で良かったです』


 シルバーさんは優しくてマジ天使です。心の底からそう思っていたのでしょう。


『ええ、あとで、お兄ちゃんには、愛情と栄養と薬草と欲望エゴ混ぜた、混沌カオスな料理を作ってあげましょう』


 ブロンズさんも根は優しい天使ですが、どうやら悪魔めいた事を企んでるようです……。



『そういえば魔王様はまだ帰っていらしてないのですか?』


『そういや、まーちゃん遅いなー』


 魔王様は今朝急用ができたと出かけたきり、帰って来ていない。


 それ自体はたまにあるので気にしませんでしたが、今日に限っては早く帰って来てほしいものだ。何せ今後の方針がまた大きく変わる事になりそうだから。


 魔王様は普段はあんなふざけた爺さんですが、いざという時はちゃんと私達を導いて下さり、とても頼りになる御方なのです。……これを言うと魔王様が調子に乗るのでぜっっったいに口には出しませんが。


 私達は魔王様が帰ってくるまで、魔王様の話しをしていると、玄関の方からガチャッという音が聞こえた。


 噂をすればなんとやら、魔王様が帰って来たようです。


『皆、ただいま』


『お、まーちゃん! おかえりー』


 私は魔王様に、こんな時に何をしていたんですかと文句を言おうとしたが、やめた。


 今目の前にいる魔王様は普段のあのやかましい魔王様とは思えないくらいに真剣でシリアスな表情を浮かべていた。


 こんな表情をしている理由はすぐに分かった。どうやら帰る前に、ベンリ街で起きた出来事を既に把握していたようだ。


 魔王様は帰ってくる際、どんなに疲れていても、魔王城の皆さんには必ずテンション高めで笑顔で接してくる。しかし今回のようにこんなに元気が無い帰り方は初めてだ。

 

『あおいちゃん……アミさんから全部聞いたよ。大変だったね』


 魔王様は任務を果たせなかったあおいを責め立てるわけでもなく、優しく接してくれた。


 あおいは魔王様の優しさに堪らず、悔しそうに泣き崩れた。思わず私も泣きそうになりました。


『……ダスト様を守れず、申し訳ございませんでした!』


『謝らなくていい、今回は儂が甘かった。儂もまさかが現れるとは思わなかった』


 勇者……?


 いや勇者の存在自体は知っている。


 彼らは主に正義教団に協力している魔王という悪を殲滅する為の特別な組織ギルドだ。


 もちろん正義教団の過激なやり方を非難している勇者もいるようですが……。


 まあ私たちは魔王軍という立場なので、どの道、敵であることには変わりありません。


『ねえ皆、ちょっと聞いて』


 魔王様は固い表情のまま改まって話しをしようとしている。


 私達も静かに耳を傾ける体勢に入った。


『なんでしょう?』


『今後について、考えてみたんだけど聞いてくれる?』


『今後ですか?』


『うん、具体的にはね――――』




 魔王様が、を提案し出してから、2時間が経過した。この時点で太陽は既に1日の役目を終え、月にバトンタッチしていた。


 話しが終わり、休憩時間に入った私は夜風に当たりながら、様々な問題に考えを巡らせていた。


『本当に大丈夫なんでしょうか……?』


 この提案をダスト様は果たして受けて下さるのでしょうか……。


 いや、そもそもなぜこのタイミングであんな事を……?


 魔王様の考えている事はいつも分からないけど、今回のは本当に意味が分からない。魔王様は何がしたいのだろうか……。


『赤髪ちゃん?』


『魔王様……』


 魔王様も夜風に当たりに来たのか、庭までやってきた。


『不安かい?』


『……はい、だってダスト様は……まだ……それに……』


『儂も精一杯サポートするつもりだよ』


 魔王様はこうおっしゃってはいるが、魔王様のおっしゃるように精一杯サポートしても心に付着した不安を払拭しきれない。


 いくらなんでも……これは……。


『それにやっぱり現状だと、こうするしかないと思うんだ』


『魔王様……』


 確かにそうすれば、ダスト様の力が覚醒して魔王様の望んでいた結果になるかもしれません。ですが、彼はまだ魔法も戦い方も知らないただの少年に過ぎない。むしろ強くなることに拘らずに我々で保護する方が正しいと私個人としては思う。


 でも魔王様はどうしてもダスト様に強くなってほしいそうだ。その目的までは分かりませんが……。


『大丈夫だよ、赤髪ちゃん。彼ならやり遂げられるよ。だってさ、彼にはの加護があるんだから』


『そう……ですよね』


 確かにダスト様にはがついている。


 ダスト様には元々”封印された能力”がある。


 ダスト様自身が強くなることで能力を解放することができれば、ダスト様はこの世界で最強になれるかもしれません。


 あの魔王様ですら倒せなかった正義教団のトップ“ルシウス・ペンドラゴン”すら倒してしまうかもしれません。


『そろそろ食堂に行こうか。今日の夕食はラァメェンだってさ』


『そうですね。では行きましょうか』


 なんでしょう、少し気分が晴れてきました。


 ラァメンが大好物というのもありますが、魔王様が『大丈夫だよ』と言って下さることが、なんと心強いことか。


 魔王様の言葉は不思議と暖かくなる。私達にだけではなく、ベンリ街の住民との交流も良好だ。


 どうしようもないくらい優しい魔王様は世界の平和を願っている。


 そんな魔王様がなぜ“悪”と認定されているのか……。


 私は正義教団の掲げる正義を正義とは思わない。正義を定義するということは、定義されたそれ以外は悪と見なされ、排除されるということだ。


 ただ私たちの場合は、理不尽な理由で悪とされた。“正義”を騙り、都合の悪いものを排除するために……。


 魔王という存在が誕生したのだ。このキレイなだけの醜い世界で……。


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