第9話『憎しみの連鎖』

『チッ! 起きねえなこいつ! くたばっちまったか?』


 葛木は、ダストが気を失った後もサンドバッグのように殴り続けていたが、泣き叫ぶどころか、うんともすんとも言わなかった事に退屈を覚え始めていた。


『チッ! まあいいや。おい! 奴隷共! このゴミカスとそこで倒れてる女も連れてけ!』


『はい、承知致しました』


 奴隷達は葛木の言われるがままに、ダストとあおいちゃんを回収し、葛木が魔法で用意した、黒くて3人分の人間を収納できるくらい大きな箱の中に入れて、まるで獲物とか戦利品のような扱いをしている。


 葛木という人間は人を対等に扱わない。自分が常に1番偉いと思い込んでおり、自分に逆らう者は玩具、従順する者は奴隷として扱っている。


 それはこの世界に来る前から傲慢そうであり、心が変わる事など一切ない。


『よし、奴隷共おまえら! 行くぞ』


 ダストとあおいちゃんは意識がないまま、葛木によって連れ去られようとしている。


 今後2人は、一生葛木の奴隷か玩具として弄ばれる事となるだろう。


 このまま目覚めなければ――


 黒い箱の蓋を閉じて出発しようとした刹那――目覚めないと思っていたダストの目が突然カッと大きく見開いた。


『!?』


 怯んだ奴隷達を尻目に、ダストは黒いオーラを纏いながらゆっくりと起き上がると、魔法か何かで風圧を起こし、周りに居た奴隷達を凪ぎ払った。


『なんだ!?』


 ダストから黒いオーラがはるか上空に突き刺す程に溢れ出す。


 すると、それに応じるように空が真っ黒に染まった。


『傲慢ナ人間ヲ殺セ……暴力デ全テヲ支配シヨウトスル奴ラヲ殺セ……俺ノ居場所ヲ壊ス奴ヲ殺セ……俺ヲイジメタ奴ヲ殺セ……俺ノ邪魔ヲスル奴ヲ殺セ!』


 ダスト(?)は人間のものとは思えないほど濁った声でそう言った直後、目にも止まらぬ凄まじいスピードで葛木の右腕をで斬り落とした。


『う、腕があああ! 俺様の腕がああああああああああああああ!』


 葛木は感じたこともない激痛と腕を斬られたという精神的ショックにのたうち回り、切断面から溢れ出る赤い体液を地に撒き散らしている。


 ずっと傍観していたギャラリー達も、とうとう悲鳴を上げながら恐れをなして逃げ回る。


『おのれええええええええええ!』


 腕をもってかれた事に屈辱を感じた葛木はまるで荒れ狂うモンスターのように叫びつつ、切断された腕を押さえながらダストを睨み付けるも――気づいたら左腕も斬り落とされていた。


『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 斬られた腕から赤い血が手持ち花火のように噴射する。切断された腕はまるでゴミ箱に投げられたティッシュのように空中を舞った。


『殺セ……殺セ……』


 化物ダストは逃げ惑う人間に興味はない。視界内には葛木しか映っていない。


 葛木がどこに逃げようと追ってくる。そしてこわす。


 かつて自分がそうされたように同じ屈辱と痛みを与えてやる。そんなダストの心の奥底に燃えていた復讐心が今のダストを作っているようだった。


『ひ、ひぃぃ』


 葛木は屈辱を通り越して、ダストにかつてないほどの恐怖を感じた。それは今まで味わったことがない動物的本能。“アレ”に逆らったら死ぬ。


 初めての死の恐怖。


 恵まれた身体とステータスを併せ持つ葛木にそれは一生感じることのない感情……のはずだった。


 自身もその自分の強さには自信があった。どんな奴が喧嘩を吹っ掛けてこようとも全てを返り討ちにする程の圧倒的強者。動物で例えるなら百獣の王と名高いライオンの如く。


 ……しかし、その自信はたった今、悉く打ち砕かれた。


『く、来るなああああああああああ!』


 死にたくないという思いを抱きながら、プライドを捨てて這い回ってでもなんとか逃げようとしたが、重傷を負っている葛木にはまともに走れるだけの力があるわけもなく、ダストにあっさり追いつかれる。


『お、お前に酷いことしたことは謝る! だ、だから見逃してくれ!』


『殺セ……殺セ……』


 葛木がどんなに必死に命乞いをしようとも、ダストは聞く耳を持たず、容赦なく止めを刺そうとする。


『待て』


 ――突然、黒いフードを被った謎の男が、ダストと葛木の間に割り込んできた。


 ダストのうでは葛木には当たっておらず、代わりに当たっていたのは謎の男が振るった漆黒の剣だった。


 ダストの凶器のような腕は謎の男の剣と交じり合い、キン! キン! と、まるで時代劇のような激しい戦いが繰り広げられていた。


『邪魔ヲスルナ』


 謎の男の隙をついたダストは一撃を入れようと、剣を交わしつつ懐に入り込み、もう片方のうでを振るった。


 これで邪魔者はいない――と思われたが、目の前にあったのは血まみれの男ではなく、真っ二つになったフードだけだった。


『……?』


 辺りを見回しても男の姿は無かった。まるで最初からいなかったのかとさえ錯覚してしまうほどだ。


 無論これで終わりなはずはない。あの男はきっとまだ近くにいる。それは今のダストでも理解できた。


『遅い』


 ダストが声のする方へ振り向いた時にはもう遅かった。既に謎の男はダストの鳩尾に鋼よりも硬く重い拳をめり込ませていた。


『ググ……グ……』 


 一撃必殺とも呼べるその威力に、ダストは耐えられず失神した。


『……』


 フードが取れ、イケメンと呼ばれるくらいに整った顔立ちが顕になった謎の男は息一つ乱さずに、ダストとあおいちゃんを抱き抱え街を去っていった。


 ――それから数時間が経つと街には勇者や冒険者も駆けつけてきて、先ほどの騒動について住人に聞き込み調査をしたり、ダストと当事者であるあおいちゃんの行方やその暴走を止めた謎の男を捜索するために動き出した。


 一方、葛木は放心状態のまま駆けつけた仲間だと思われる謎の集団に連れていかれた。




 ――その後、謎の男は魔王城がある迷いの森に向かっていた。ダストとあおいちゃんを家に帰そうとしていたのだ。


『……やはり危険だ』


 謎の男の言う“この力”とは、先程のダストのような状態を指している。


 先程はあっさりとダストを倒していたこの男も、“この力”は危険だと、あってはならないものだと言っている。


『どのの人間も、結局はただの歯車だ。その歯車があるが故にこの世界は成り立っている……だが……こいつは……ん?』


 謎の男は何かを言いかけたが、突然森から出てきた、を目にし、口を閉じた。


『ダスト様! あおい!』


 赤い髪を靡かせて、2人の元へ駆けつける。


『ダスト……?』


『あの私は、あなたが抱えてる2人の仲間です! 一体何があったのですか!?』


『ああ、街へ行ったらなにやら大怪我をしていた様でな。一応応急手当をさせてもらったが、この少年の方は危険な状態だ。くれぐれも慎重に運べ』


 謎の男はそう言って、ダストとあおいちゃんを赤髪ちゃんに預けた。


『そうでしたか……2人を助けて下さり、ありがとうございます!』


 赤髪ちゃんは、2人の命の恩人に深々と頭を下げた。


『礼はいい、俺にもがある』


『責任……ですか? あの、あなたは……?』


 謎の男は何も言わずに膝を曲げてから、バネのように空高く跳躍し、やがてその姿は彼方へと消えていった。


『彼は一体……?』


 赤髪ちゃんは謎の男の謎の発言と異常なまでの跳躍力に呆然し、姿が見えなくなるまで大空を見続けていたが、それよりもダストとあおいちゃんの手当を優先しようと急いで治療をしようと思ったが、ここはモンスターが襲ってくる危険区域だということを思い出し、確実に治療ができる安全な魔王城に運ぶことにした。


『今はとにかくダスト様とあおいを魔王城に運ばなければ!』


 赤髪ちゃんは2人を担いだまま森へ引き返した。


 ……だが迷いの森に入れば当然、モンスターの群れに遭遇する。


 赤髪ちゃんは、元々は腕の立つ騎士であったが、2人を担いでいる状態では剣を振るうのはあまりにも難しい。


 なので腕を振るう必要がない攻撃魔法を使わざるを得なかった。


 まあ、だからといって特に苦戦することはなかった。


『今は、あなたたちの相手をしている時間は無いんです!』


 赤髪ちゃんは怒濤の勢いでモンスターの群れを倒していく。


 赤髪ちゃんの実力であれば、この迷いの森のモンスター程度なら群れで襲ってきたとしても、簡単な攻撃魔法を使えば、余裕で倒すことができる。


『これで……最後!』


 赤髪ちゃんはモンスターの群れをあっけなく全滅させた。


『急がないと……』


 赤髪ちゃんは再び走り出した。さっき謎の男も言っていたが、ダストの方は重傷だ。急いで手当をしなければ死に至る。


 それだけは何としても避けなければならない。


 こちらの事情があったとはいえ、勝手に召喚した側としては、なんとしても彼を守り抜かなければならない。そんな思いを真面目な赤髪ちゃんは抱いている。


 それに――


『うう……お姉さま……?』


 魔王城へ着く前に、あおいちゃんは目を覚ました。


『あおい? 目を覚ましたのですね!』


『ここは?』


『迷いの森です。ダスト様と共に街で怪我をされて……』


『迷いの森……怪我……あ、そうだ! ダスト様は!?』


『安心してください。私の左腕に担がれてますよ』


『あ、あぁ……ダスト様……申し訳ございません……私が弱すぎるから……』


 先の出来事を思い出したあおいちゃんは、ダストを守ることができなかったという事実を重く受け止め、自己嫌悪に陥った。


『いえ、あおいは強い子です』


 赤髪ちゃんはただ慰めているわけではなく、言葉通りに本気でそう言っている。


『お姉さま……』


『だってから、あおいとずっと一緒に戦ってきたんだから、あなたが弱いなんてありえないわ』


『……お姉さま……』


『とんでもない強敵だったのでしょう?』


『はい……とてつもない強さでした……私なんかではとても敵わなかった……』


『あおい……何があったのか詳しく話してくれるかしら?』


『はい、実は――』


 あおいちゃんは泣きそうになりながらも、これまでの出来事を全て話してくれた。


『そうでしたか……そんなことが……』


『ごめんなさい……お姉さま……』


 自らの口で言った事によって、自分の醜態をより鮮明に思い出してしまい、更なる自己嫌悪に苛まれた。


『大丈夫よ。むしろ私の方こそ一緒についていってあげられなくてごめんなさい』


『いいえ! お姉さまのせいではありません、私がもっと強ければ……!』


『あおい……』


 この後も、あおいちゃんは泣きながら自分の弱さを嘆き続けた。赤髪ちゃんも止めるわけでもなく黙って聞いていた。


 ――それから10分後。


『さあ魔王城に着いたわ、早急にダスト様の治療をしなくちゃ』


『はい、お姉さま』


『あおいは休んでて』


『でも……』


『あおいも、ダスト様ほどではなくても怪我はしてるんだから』


『はい……分かりました』


 赤髪ちゃんとあおいちゃんが魔王城に入ると、玄関前で待ってたゴールドちゃん達が失神してるダストを心配そうに見ていた。


 赤髪ちゃんはゴールドちゃんに笑顔で『大丈夫ですよ』と言い残し、ダストを治療室へ運んだ。


 治療室に入ると赤髪ちゃんが――


『ダスト様だけではなく、あおいを泣かせるなんて……』








































































『許サナイ』



































 憎悪が止まらない赤髪ちゃんから、漆黒の闇のような黒いオーラが溢れていた。


 そのオーラは、街で暴走した時のダストとものだった。

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