第6話『メニュー名の悲劇』

 食堂へ向かおうと部屋から出た瞬間の事だった。またを感じた。


 今日もかよ、ホント一体何なんだよ……。


 俺は恐る恐る辺りを見渡してみたが、誰の姿も目に映らなかった……が、俺は歩きながら振り向くと、突然こんな事を思いついた。


『はっ!? これって後ろを振り返ってから前を向くと誰かいるパターンなのでは!?』


 俺はそんなホラー展開を思い出してしまい、内心ビクビクしながら、ゆっくりと前を向いた。


『ははは、まさか、そんなことが本当にあるわけ……』


 心の底では、そんなお決まりすぎる展開なんてあるわけがない。そう思っていた――。


『ダスト様おはようございます』


 しかしお決まりのホラー展開はやってきた。


 俺の目の前に、突然前髪が長い女性が現れた。


『う、うわああああああああああああああ!!!!! 』


 俺はマジで悪霊か何かが出たんだと驚愕し、情けなく腰を抜かしてしまった。


『ダスト様!? 大丈夫ですか!?』


 その女性は青い前髪をかきあげて可愛い顔を見せてきた。


『え? あ、あおいちゃん……?』


『はい、あおいちゃんでございます』


 マジで悪霊が出たかと思ったが、あおいちゃんだったか……そういえば前髪にピン留めつけてたっけ。まさかこんなに前髪が長いとは思わなかったけど。


『おはようございます、あおいちゃん、急に驚いてすいません』


 ホントだよ俺。失礼にも程があるだろ。


『いえ、こちらこそ驚かしてしまったようで、ごめんなさい』


『いやいや、こっちも驚いてしまってすいません』


『いえいえ、こちらこそ生きててすいません』


 ん? 急にどうした?


『いや、そこまで言わなくても……頼むから生きて下さい』


 俺がそう言っても、あおいちゃんのネガティブオーラが消えることは無かった。


 あおいちゃんは、どうやらネガティブになりやすい性格っぽいな。これまた個性的な……。


『そういえば、あおいちゃんは朝ごはんは食べたんですか?』


 このままではいたたまれない空気に圧し潰されそうだったので話を変えた。


『はい、先程頂きました』


 あおいちゃんのネガティブオーラは無事引っ込んだ。


『そうなんですね。この後は何かするんですか?』


『はい、これから街へ買い物に行こうと思います』


『街?』


『はい、ここからちょっと離れたところに街があるんです』


 へえ……異世界の街……行ってみたいかも。あとで魔王に相談してみてもいいかも。


『これから私は、その準備をするところです。朝起きたばかりで恐縮ですがダスト様も朝ごはんを食べて、街へ行く支度をして下さい』


『え? 俺も行くんですか?』


 話が早すぎる。こういうのはもっと段取りがあるだろうが。


『はい、これは魔王様からの指令です』


『ん?』


 あおいちゃんは、手から小さな球状の白い光をふわっと浮かび上がらせてから、その白い光は瞬時に魔王に限りなく近い人形の形態へと変化した。


『え? ま、魔王?』


 すごい。造形がまるで魔王そっくりだ。今にも喋り出しそうだ。え、まさか喋る? 喋りだす感じ?


『ダっちゃん! おはよう!』


 シャベッタアアアアアアアアアアアアアアア!!!


『急に驚いたかもしれないけど、最初のトレーニングだよ! 今日はあおいちゃんと一緒に街へ買い物に行って、無事に帰ってきてね!』


 光る人形のような魔王はそう言い残して、空気と同化し、消え去っていった。


 ああ、そういえば昨日トレーニングするって言ってたな。まさかトレーニング内容が街に出かける事だとは思わなかったが。


 てか今度はダッちゃん呼びですか……毎度毎度呼び方変わりすぎじゃないですかね? ボケてんの?


『ん? 人形に喋らせたってことは魔王本人は今ここにはいないんですか?』


『はい、急用ができたと言って、早朝に魔王城を出られました』


『なるほど……それで今回のトレーニングは街へ買い物に行くだけで後は何もないですか?』


『はい、今回は私と買い物に行くだけで終わりです』


 それだけでトレーニングになるのか? と疑問に思ったが、考えてもしょうがないか。きっと何か考えがあるんだよ、知らんけど。


『分かりました。そういうことなら急いで朝ごはん食べて準備してきますね』


『急がなくてもいいですよ、誤って喉を詰まらせるといけないので』


『ありがとうございます。遅すぎず早すぎずに食べますよ』


『はい、行ってらっしゃいませ』


 あおいちゃんは、笑顔で俺を見送った。きっと愛想笑いだろうけど、それでも可愛いなぁ。


 俺はちょっと駆け足で食堂へ向かった。


『今日の朝ごはんなんだろ?』


 俺は朝ごはんを楽しみに思いながら、食堂の扉を開けた。


 するとそこには、大きなハンバーグを食べてるジャージ姿の赤髪ちゃんが座っていた。


 なんだろう、今の赤髪ちゃん、近所の定食屋に朝1人で食べに来た休日のOL感が凄まじいな。


『ダスト様、おはようございます』


 たとえジャージ姿でも毅然とした態度を崩さず、礼儀正しさを忘れない赤髪ちゃん流石っす。


『赤髪ちゃん、おはようございます。朝からハンバーグなんて、そんなにお腹空いてたんですか?』


『ハンバーグ? いえ、私は朝は、ファンバァグ派なので』


『ファンバァグ派』


『はい、ファンバァグ派です』


 朝ごはんは、大抵がパン派かごはん派で別れるものだと思っていたが、ほう、赤髪ちゃんはファンバァグ派なのか……なるほど……なるほど……ファンバァグって何?


『お、ダストっち! おはよう!』


『おはよう、ゴールドちゃん』


 ゴールドちゃんは、昨日と1ミリも下がらないハイテンションで厨房からやってきた。相変わらず騒がしいし可愛いな。思わず頬が緩みそうだ。


『おう早速だが、朝飯何食べたい? この中から選んでくれ』


 ゴールドちゃんはそう言うと、文字が記された厚紙を渡してきた。そこには、ゴールドちゃんの手書き (?)と思われる字体で料理名が箇条書きで以下の通りに書いてあった。


 ●カレェェラァイス

 ●ラァイスと無双汁

 ●ラァイスとファンバァグ

 ●オムレイトラァイス

 ●ストロングカリカリ

 ●ストロングノーマル

 ●食パン


 いや、なんだこのメニュー名……。


 食パンと昨日食べたカレェェラァイス以外全く分からん。


 それなら食パンにしようかな。なんで食パンだけ普通に食パンなのかは知らんが。


『お、決まったか?』


『ああ、食パンが食べたい』


『えっ!?』


『え?』


 ゴールドちゃんはなぜか困惑した表情を見せた。何か困らせるような事を言ってしまったのだろうか?


『ダスト様正気ですか!?』


 赤髪ちゃんまでなぜか驚愕の表情を見せた。


『ええ、正気ですよ?』


 え? 何この空気? まるで俺が爆弾発言でもしてしまったみたいじゃないか。


『あの、そもそも食パンって何だか分かってますか?』


 作ったことないから、あまりよく知らないが、小麦粉を水でこねて発酵させて焼いて正方形の形にするアレだろう。日本でもよく食べたなぁ。


『ええ、もちろん分かってますよ。俺食パン大好きなんですよ』


 無論、朝はパン派である。


『……!?』


『赤髪ちゃん?』


 赤髪ちゃんは滂沱の汗をかきながら困惑してる模様。本当に何なんだ?


 ゴールドちゃんも、なぜか顔を真っ赤にしてもじもじしてる。


 厨房にいるシルバーちゃんとブロンズちゃんも、こちらの会話を聞いているのか何だかソワソワしてて落ち着かない様子だ。


『あの、俺なんか変な事言いました?』


『い、いえそんな変な事なんて…………でも、まさかダスト様がそんな方だったとは……』


 んん??? 何で食パン食べたいって言っただけなのに、こんな空気になってるんだ?


『な、なあダストっち……本当に本当に食パンで良いんだな?』


 ゴールドちゃんは、頬を赤く染めながら注文の再確認をしてきた。


『うん、本当にそれでいいぞ?』


 俺がそう言うと、ゴールドちゃんは相当照れているのか、顔全体がボッと赤く染まった。


『わ、分かったよ、ダストっちが本気なら、今、用意するよ……』


 ゴールドちゃんは覚悟を決めたみたいにそう言うと、厨房には行かずに、食堂から出ていってしまった。


『あれ? 厨房に戻るんじゃないの?』


 足りない材料でも取りに行ってるんだろうか。


『ダスト様。ゴールドさんには心の準備が必要なんです。察して下さい』


 心の準備? 食パンを出すのってそんなに命懸けな事なの?


『……ところで、ダスト様は、その……食パンのどこが好きなんですか?』


 赤髪ちゃんは若干頬を赤く染めて、ゴクリと息をのんでから質問してきた。いやホントに何なんだ。


『ああ、食パンっていっても、そのままじゃなくて焼いて食う派なんですよ』


『や、焼いて食う!?』


『はい、こっちの世界にあったトースターという機械できつね色になるまで焼くとサクサクで美味しいんですよ』


『え……? サクサク……ですか?』


『はい、サクサクです』


 赤髪ちゃんはサクサクという言葉に反応して、何かを考え始めた。


『……きつね色……焼く……あ、もしかして……それってもしかして!』


 赤髪ちゃんは何かひらめいたのか、魔法を使って、食パンのサンプルを生成して、俺に見せてきた。


『あの、ダスト様の仰った食パンってこれの事ですか?』


『あ、はい、それです』


 俺がそう即答すると、赤髪ちゃんの顔は真っ青になり、両手で頭を抱えた。


『あの……どうしたんですか?』


『あああ、私達はなんて勘違いををを』


 なにやら、めちゃくちゃ動揺し始めた。


『勘違いですか?』


『ダスト様が先ほどおっしゃったこれは、ここではストロングカリカリといいます』


『え? ストロング……カリカリですか?』


 そういえば、さっきのメニュー表にも、そんな名前のメニューが記されていたな。それがトーストされた食パンだったようだ。ちなみにトーストされてない状態の食パンは、ストロングノーマルというようだ。分かりづれえ。


『はい、それがストロングカリカリです』


『じゃあ食パンは何て言うんですか?』


『食パンは……パンツです』


『……はい?』


『ですから、食パンとはパンツ、つまり下着の事だったんですよ!』


『な、なんだってーーーーー!?』


 はっ!? ということはゴールドちゃんは今……!?


 マズい……このままでは、ゴールドちゃんが1つの黒歴史を背負ってしまうことになる!


 正直ゴールドちゃんのパンツはいくらでも見たいけど、こういうのは望まない。あとで気まずくなるやつだから。


『急いで、ゴールドちゃんを止めないと!』


 そう言ってすぐにゴールドちゃんを止めようと食堂を出ようとした瞬間、食堂の扉が開いた。すると、そこには赤面したゴールドちゃんの姿と、ゴールドちゃんのパンツがあった。


 あぁ……時すでに遅し……。


『ダストっち……持ってきたぞ……アタシのパン……』


 ゴールドちゃんが自分のパンツを掲げようとした瞬間に、赤髪ちゃんは俺に見えないように、身体を張ってゴールドちゃんのパンツを隠した。


『赤髪ちゃん、なんで止めるんだ!』


『ゴールドさん実は……』


 赤髪ちゃんは、ゴールドちゃんにさっきのやり取りを耳打ちをした。


『えっ……うそっ……アタシ達の……勘違い……!?』


 ゴールドちゃんは、勘違いしたあまりの恥ずかしさに、さっきよりもますます赤面になり、涙目にもなってしまった。


『え、えっと……ゴールドちゃん、やっぱり食パンはキャンセルして、ストロングカリカリ2枚お願いしてもいい?』


 俺もなんか気まずくて、ゴールドちゃんと目を合わせられなかった。


『う……うん、今、よ……用意するね……』


 ゴールドちゃんも俺と目を合わせず、下を向いたままそそくさと厨房へ向かった。


 その後、ゴールドちゃんが用意してくれたストロングカリカリを食べた。とても美味しかったが、そこはかとなく涙の味がした……。


 ちなみに、さっきまでのやりとりが厨房にも聞こえてたみたいで、シルバーちゃんはずっと赤面したまま固まっていて、ブロンズちゃんは面白がって笑っていたという……。

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