第5話『この悪夢は悪夢であって、悪夢ではない』

『あれ……? ここはどこだ……?』


 確か俺は魔王城の部屋のベッドの上で就寝していたはずだが、気づいたら俺は不気味で見知らぬ夜の戦場に突っ立ていた。


 戦場といっても喊声かんせいは全く聞こえず、戦争に使ったと思われる血みどろの剣や銃が辺りに散乱してることから、既に戦争は終わっていると推測できる。


 気味が悪いくらい静かだ……ずっとここに居ると頭がおかしくなりそうだ。


 これは夢なのか? それとも魔法か何かだったりするのか?


 考えていても仕方がない。とりあえず進んでみるか。


 そう思い、その辺を歩いていると、グシャッという何かを踏んずけたような音が足元から聞こえた。


 恐る恐る足元を見てみると、バラバラになった死体がそこら中に転がっていた。しかも死体の数もあまりにも多く、ここで、この場所で戦争が起きていたんだと理解した。


『ひえっ! な、なんだこれは……それにこの死体の数……気持ち悪い……吐きそうだ』


 どの死体も四肢が裂かれていたり、ぐちゃぐちゃになった臓腑が見えているというあまりにも凄惨な状況に、寝る前に食べた夕食が胃の中からこみ上げてきそうだ……。


『うっ、もう無理だ、早くここから立ち去ろう』


 俺は画面2次元でしか見たことがない悲惨な光景に、体を震わせながら踵を返そうとした、その時だった。


『見つけたぞ……!』


『!?』


 突然ワープしたかのように現れた剣を持った謎の男は、俺を魔王だと言って、斬りかかってきた。


『うわっ!?』


 俺の反射神経が良かったのか、かすりもせずに、とっさに身体を反らすことでなんとか回避できた。


『おい待て! 俺は魔王じゃないぞ!』


『何を言っている! 貴様は紛れもなく魔王だろ!』


『だから俺は、魔王じゃないって言ってんだろ!』


『親友の仇だ! ここで討ち取る!』


 謎の男はまるで聞く耳を持たず、また俺を斬りつけようとしてきたので、俺はこれも奇跡的にかわした。


 俺に戦闘能力があれば反撃していたところだが、あいにく今の俺にはレベル1のスライムすら倒す自信も無かったので、踵を返して全力で逃げた。


『ハァ……ハァ……一体何がどうなってんだよ!』


 後ろを見てみると、俺を斬りつけようとした男が鋭い殺意を持って、しつこく追ってくる。


『ハァ……ハァ……疲れた……てか、なんで走っても走ってもずっと平地なんだよ! ここはよ!』


 運が悪いことに、この戦場はろくに隠れられるところもなく、ただひたすら同じような平地があるだけだ。


 脆弱な俺のカスすぎる体力も限界に近い。せめて体育の授業だけは真剣に受けとくべきだと後悔した。


『覚悟せよ!』


 謎の男との距離がどんどん近くなっていく。


 ダメだ……逃げ切れない!


 謎の男の剣の刃が、俺の後頭部にあと1ミリ程で当たるその時だった。


 ――なにをやっている――


『え……?』


 どこかから男の声がした瞬間、謎の男は、まるで氷漬けにされているかのようにピクリとも動かなくなった。


 しかし俺自身は身体を動かすことができる。


 まるで俺だけが世界に取り残されているように時が止まっているのだ。


 ――やはり貴様は弱い――


 誰だ?


 ――貴様はたった今殺されかけたな――


 それがどうした。


 ――憎くいとは思わないか――


 そりゃ憎いとは思うさ。


 ――なら殺せ――


 なぜ。


 ――力なら与えてやる――


 力……?


 ――憎しみだ――


 憎しみ……。


 ――思い出せ、貴様の憎しみを――


 俺の……憎しみ……。


 俺は過去のトラウマを1つだけ思い出した。あれは小学1年生の時……。俺は……毎日、殴られて、蹴られて、首を締められる等をされて、いじめられていた。理由は、クラスメイトの1番可愛い女の子と仲良く話してたのが原因だった。俺は別にその女の子が好きだったわけでもなく、たまたま昨日見た子供向けのテレビ番組の話で盛り上がっただけ。たったそれだけだった……。本当にそれだけだったのに……。それだけダッタノニ。ソレダケダッタノニ。


 頭の中に浮かんでいた思い出のシーンが変わった。気づいたら、その俺をいじめていたクラスメイト達は、血まみれで倒れていた。


 俺にはこんな記憶はないはずだ……だが、俺の手を見てみると、手が血で赤く染まっていて、妙に腕が痛くて、さっきまで激しい運動でもしたかのようだった。


 ――これは明らかに俺がやったという証明だった。


『あれ? これは俺がやったのか? 俺ってもっと弱くなかったっけ?』


 今までの俺の記憶では、小学生の頃も、中学の頃も、高校の頃も、運動も勉強もできず、才能がない“壊れた歯車”だったのに……。


 俺にはクラスメイトを血まみれにする程の力なんてありはしない……。なのに、なんでこんなありもしないシーンを見ている……まさか……!?


 ――それを現実にしたいと思わないか――


 やはりお前の仕業か……お前がありもしない記憶を、記憶を植え付けたのか。


 もうやめろ……やめてくれ……思い出したくない……。


 ――それがお前の――


 やめろ……やメテ……クレ……。


 ――本性だ――


 ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"――――――


 ――時は再び動き出した。その瞬間、俺は謎の男の剣の刃をまともに受け、血が噴水のように吹き出した。普通の人間なら出血多量で死ぬレベルだが、俺は違う。


 俺は化物にでもなったのか、刃を受けているにも関わらず、素手で謎の男を心臓ごと貫いた。


 エ、ナンデカッテ? 素手ノ方ガ楽ダッタカラ。コイツガウルサカッタカラ。ダカラ殺シタ。


『ああああああああああああああああああ……お……のれ……魔……王……』


 謎の男は大量に血を流し、そのまま倒れ、力尽きた。


『コレガ……オレ……ノ……憎シミ……』


 俺は自分の血だらけの腕を見つめ、笑った。いや嗤った。


『ハ、ハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』


 俺が歪んだ嗤いをしている間に、さっきの謎の男がゾンビのように甦り、100人に増殖した。


 増殖した男達は俺を囲み、一斉に抜刀し、剣を向けて、串刺しにしようとしたが、俺は異空間から黒い剣を取り出し、増殖した謎の男達の全てを一振りでほうむった。


 だがまたしても、謎の男は離れた身体の部位を統合して元通り。そしてまた100人に増殖した。


 それでも俺は怯むことなく止まることなく、増殖した謎の男を斬っては、また復活し、また100人増殖。それを12回ほど繰り返していた。


 殺すことに快楽を覚えていた化物おれは、死体おもちゃ殺してあそんでいる内に、謎の男は力が尽きたのか、増殖も復活もすることなく、風に連れ去られた砂のように完全に消え去った。


 アレ? 俺ノオモチャハ?


 おもちゃを取り上げられたように、快楽が無くなった事に残念がった俺は身体中についた返り血を尻目に少しの間立ち尽くしていた。


 その後、また時が止まり、俺に囁いた声が聞こえた。


 ――気持ちがいいだろう?――


 ……。


 ――さっきので分かったはずだ――


 ……。


 ――貴様は、いやは魔王だ――


 魔……王……。俺ガ……俺達ガ魔王……。


 ――我と貴様は、魔王の素質がある――


 魔王ノ……素質……。


 ――そろそろ時間のようだな――


 待テ。


 ――貴様とは、いずれまた会うだろう――


 オ前ハ何者ダ。


 ――さらばだ――


『……!! 』


 ――刹那、世界が無になるみたいに全てが光に染まる。




『――はっ!?』


 目を開けると、まだ見慣れないが最近見たことがある天井が映った。そう魔王城の俺の部屋の天井だ。


 俺は自分の身体を見てみると血は全くついていなかったので、さっきのは夢だと完全に理解した。


 しかし代わりに寝汗がすごい。服だけではなくシーツにも染み付いてしまっている。住まわして貰ってる身でなんか申し訳ないので、あとで自分で乾かしておこう。確かドライヤーがあったはずだ。


 ……それにしても、さっきのはなんだったんだ? 謎の男に襲われたと思ったら、違う男の声が聞こえて俺が俺じゃなくなってまるで殺すことに快感を覚えるおぞましい化物になるというまさに悪夢のような体験だった。 


 だが、奇妙な事になぜか夢で出てきた謎の男を剣で殺した時のあの感覚がはっきりと残っている。今もし目の前にさっきの謎の男がいたら、思わず殺してしまいそうだ。


『さすがに夢……だよな……?』


 俺はこれはただの夢だと自分に言い聞かせ、ドライヤーで服とシーツを乾かして、部屋の隅にある洗面所で顔を洗った後、食堂へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る