第21話 弱気な魔王は早く終わりたい

ピスシスがマヤの所にやって来た時、麻薬事件は収束したと伝えた。

麻薬中毒になった魔族もラミアが血を抜く事でほとんどが回復している。ピスシスは満足げにシスターをどこかに連れて行っていた。その後、どこに連れて行ったのか、マヤは知らない。

その後、マヤは事務官達が持ってくる書類を片付けて過ごしていた。マヤの聖魔法のおかげで、事務官は皆笑顔を貼り付けて日々を過ごしている。いつ魔法を解こうか悩んでいたところ、ピスシスが

「このままで良いです。」

と言ってきた。どうもピスシスも事務官には思うところがあったらしい。しかし、忙しくてなかなかそこまで手が回らなかったのだという。なので矯正するには丁度良いと喜んでいた。

「ついでに私にもかけてほしいな。」

とおねだりされたが、聞こえないふりをした。

そしたらまたピスシスから喜ばれてしまった。



ニュイは、ピスシスから事務官としてのマヤの行動の報告を受けていた。


「報告は以上です。」

「ありがとう、ピスシス」

「事務部としましては、このままマヤさんを配置していただけら非常に助かります。けど、それ以上に軍部は鍛え直した方が良いかと思いました。」

「そうだな。」


たとえ知らなかったとは言え、あまりにも警戒心が無さすぎる。様々なことに目を配り危険を察知していかねばならないというのに。

このまま気付かなければ、軍部は見るも無残な状況に陥っていたことだろう。


「それと、今回の事でマヤさんは人間族、ヒュストリアル国の間者でないことは間違いないと思います。人間族を滅ぼしたいというのも、恐らく本心でしょう。」


シスターの様子からも、マヤが単独で動いている可能性が高いとピスシスは判断した。

あの苦虫を噛み潰したような、ヒュストリアルに対する気持ちが嘘とは思えない。


「……しかしヒュストリアルがここまでするとは想像していなかったな。」


ニュイがそう漏らした。

確かに今まで何事もなく過ごしてきたヒュストリアルの者がこういった行動を起こすとは、思ってもいなかった。


「ええ。今回は国ぐるみというよりも、彼女の単独行動のようですが……今まで一切なかった事が今になって起こる事自体、ヒュストリアルで何か起こっているのかもしれませんね。」


ピスシスは少し考えた。


「……もう少し常識があると思っていましたが、こちらも気を引き締めていかねばならないようです。そういう意味でも軍部の強化は必須です。」

「……ピスシスは本当に良いのか。」

「はい。」


マヤを気に入っていた割には、あっさりとした答えだった。微笑む笑顔も納得しているように見える。


「いざとなれば私が軍部に参ります。事務部にいなくても軍部で騎士に混じって訓練を受ければマヤさんの聖魔法を受けられるんですから。」


キラキラとした瞳でそう答えるピスシスに、ニュイは言葉を失った。マヤの行動に不審な点がないのだろうと思うが、むしろピスシスの方が怪しい行動をしていることに注意するべきか悩んでしまった。

何か言おうと口を開いたところで、ミカヅキからそっと無言で止められた。


ーー聖女・マヤ……か。


信じても良いのだと思う。

これまでの行動から不審な点は見当たらなかった。


けれどどうも踏み込めない。

ニュイはため息を漏らした。


こういう自分の判断に自信がないところが、ニュイ自身は嫌いだった。魔王であるはずなのに、魔王らしくない自分にうんざりする。

魔王に就任して三年。


ーー私は、どうしたいのだろうか。


三周年記念式典という晴れの日が近付くにつれ、ニュイは深く思い悩むのだった。


◆◆◆


今日はハレの日。

いよいよ魔王の就任三周年記念式典の日である。


町はざわめき、浮き足立っている。まさに年に一度のお祭り気分である。魔王城前の公園には露天が立ち並び、多くの魔族が集まっている。魔王城に繋がる道には花が植えられて、華々しく式典を飾っている。

魔族達は式典が始まるのを今か今かと待っている。


「今年は魔王様から一言もらえるといいなあ」

「ははは。どうだろうなあ。」


なんて会話が交わされながら、皆、チラチラと、魔王城を見上げる。


そんな魔王城では、主役である魔王・ニュイがプルプルと震え続けていた。


「ミカヅキ」

「はい。何でしょうか」

「お腹痛い」

「気のせいです。それにその言い訳は一昨年使いました。」

「うぐっ」


魔王としてしっかりと着飾ってあとはみんなの前に出るだけの状態のニュイは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

しかしそれもいつもの事のようで、ミカヅキは全く動じていない。


「魔王様ぁー。」


震えるニュイの背後から呼びかけられた。ニュイは震えたまま、後ろを振り返った。


「マルテか。」

「ふふ。やっぱりすごく緊張してますね。」


マルテは楽しそうにニュイを観察している。笑いを堪えながらジロジロうろうろとニュイの周りを回っている。


「うう。」


見せ物になっているのをわかりながらも、震えは止まらない。

するとクスクスと笑う声が増えた。


「魔王様、頑張って下さい。」

「ピスシスまで」

「そうですよ!魔王様!ここでドーンとヒュストリアル国を滅ぼそうと宣言しちゃいましょう!」

「するか!というか聖女がなぜここにいる!」


一人だけかと思ったらマヤまでいた。


「「私たちが許可しました」」

「マルテ!ピスシス!」

「よかったですね、魔王様。ハードル上がりましたよ」

「ミカヅキ。面白がってるだろ」

「そんな事ありませんよ。」


ミカヅキはマヤの方を向いた。


「聖女様。もし魔王様が直立不動になったら聖魔法をかけてあげて下さい。電気療法できっと動けるようになりますから。」

「わかりました!後光がさしているかのように光り輝かせてみせます!」

「はあ。魔王様、羨ましいです。」

「やめろ、ピスシス。」


眼前の民衆も怖いけど、背後の仲間達も怖い。


「さあ、魔王様。お時間です。」


ニュイは覚悟を決めて、一歩前に出たのだった。

歓声の中、ニュイは魔王城のバルコニーに出た。震える足を奮い立たせて歩いていく。


「今日は…っ」


ぼろっと涙をこぼした。

3文字で泣いた。


「早すぎません?」


ニュイがぼろぼろと泣き震える姿に、マヤは言葉を失った。そして後ろを振り向くと、そこにはニュイと同じように打ち震えるマルテとピスシスの姿があった。


「え。皆さんどうしたんですか」

「魔王様が」

「魔王様が喋れた」

「え。ハードル低すぎませんか」


マヤには理解できない。戸惑って助けを求めるようにミカヅキの方を見た。


「ミカヅキさん、電気療法必要ですか。」

「いえ」


ミカヅキも心なしか微笑んでいるように見える。


「これでも今年は一歩進んだので良しとしましょう」


この国は魔王に甘すぎる気がする。



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聖女ですが、堕落した人間に嫌気が差したので魔王と組んで滅ぼすことにしました。 友斗さと @tomotosato

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