第19話 聖女、突き止める
マヤとティブロンは、準備を終えるとすぐに魔王城をたち、テソーロ森林に向かった。勿論ラミアが眠る棺桶を持って。
マヤ達がテソーロ森林に着いた時にはすでに日付を超えていた。棺桶以外はほとんど荷物を持たずに来たつもりだったが、なかなかに到着までに時間がかかってしまった。
「聖女様〜!」
「アルコさん」
テソーロ森林の巡回のために来ていたアルコが笑顔でマヤを出迎えた。他の騎士達も整列してマヤを出迎えている。その表情へ緊張し切っている。
「話は聞きました!ここでは何なので、軍部のテントにどうぞー!」
アルコに促されるまま、マヤ達はテントへと向かった。
「ところでその棺桶は何ですか?どなたか亡くなったんですか?」
「いえ。ラミアさんの寝袋ですよ。」
「寝袋……ですか?へ、へえ?」
アルコの微妙な気持ちはよく分かる。
だがこれ以上、何を聞かれてもマヤは答えようがないのだった。
テントの中には騎士隊長と数人の騎士が控えていた。
「聖女様、遠路はるばるようこそ。だいたいの事情は聞いております。」
「本当に不甲斐ないです。聖女様に言われて調べたところ、数人の騎士から麻薬の反応がでました。幸いにも少しだったのですぐに回復するでしょう。」
騎士達は悔しそうな表情を見せた。
「あの、シスターさんですよね。いつも数人の大人たちと一緒に子供の面倒を見ていますよ。その子供は孤児らしくて、たまに交流のためにこちらに出向くのだと聞いています。」
アルコは首を傾げた。どうやらとてもこんな事をする人には見えないようである。
「アルコさん、シスターの宗教はご存知ですか?」
「えっと、サルバドール教だったと思います」
「ヒュストリアルの国教ですね。残念ながら、サルバドール教には魔族との共存の教えはありません。むしろ魔族を排除しよういう考えがあります。」
アルコは固まった。しかしマヤの真剣な表情に、嘘ではないと感じ取った。
「マヤさんはそのサルバドール教のトップでしたからねえ。色々と事情はご存知なのでしょう?」
ティブロンからピリピリとした緊張感が伝わってくる。
「サルバドール教は、人間の国をつくった建国の聖女を崇めたヒュストリアル国の国教です。代々ヒュストリアルで一番の聖魔法の使い手が『聖女』としてサルバドール教のトップを務めることになっています。ちなみにそれが私でした。サルバドール教は人間族に自信を持って行動する事を理念としています。けれど、長い時の中で選民思想が出てきてしまい、今となっては人間族至上主義の考え方になっているのです。私はそれが間違っていると思い、国を出奔したのです。」
「そんな……」
マヤもこの国に来て分かったのだが、魔族には人間族を下に見る思想は無い。ただただ人間族だけが卑屈になって魔族を差別しているのだ。
「確実にそのシスターは猫をかぶっています」
「え!すごく良い人っぽいですけど」
「アルコさん。人間は嘘をつく生き物です。中には優しい嘘もありますが、ほとんどは自分の欲のために嘘をつきます。怒られたくない、よく思われたい、儲けたい、そんな欲望から感情的に言ってしまうことがほとんどです。」
「でも何で、そんな事するんですか?」
純粋なアルコには想像もつかないだろう。
マヤはヒュストリアルで多くの嘘を見てきた。嘘をつく事で自分の身を守って、相手を見下すことで自分が高まると思い込んで、そうして偏った思想だけを信じて生きているのがヒュストリアルなのだ。
「シスターさんは魔族に何かされたのでしょうか。」
「そこまではわかりませんけど。」
間違いなく彼女の先入観だろう。
マヤは口をつぐんだ。
もしかしたら、これもマヤの先入観かもしれないのだ。まだ確証はない。全てマヤの想像である。
だがじきに答えは出るだろう。
マヤは空を見上げた。
もう日は昇りきっている。
件のシスターも、もうすぐ現れる。
◆◆◆
村の入口付近で、子どもたちに囲まれたシスターの姿があった。優しい笑顔で子ども達に接する姿は、本当に天使のようである。騎士達が癒しというのもわかる。
「騎士の皆さんは彼女を見て天使と言いましたよね。」
「言ってましたね。」
ティブロンはマヤと一緒に遠くからシスターを確認していた。今のところ目立った動きはなく本当に慈善事業に従事しているように見える。
それを見てますますマヤは首を傾げた。
「何故私は騎士の皆さんから天使と言われないのでしょうか。あのシスターと私、やっていることは一緒ですよ?」
「……何故でしょうね。」
「やっぱり胸ですか。私がぺったんこだからですか?」
マヤは少しムッとした表情をした。
「うーん。少なくとも私はマヤさんのことを天使みたいだと感じてますよ。」
「ティブロンさん……っ!」
「ぜひ天使のような笑顔で全力の聖魔法を受けてみたいです。騎士の皆さんは体験したと聞きましたよ。」
「ティブロンさん……?」
「いつか私にもかけて下さいね!」
「……機会がありましたら。」
マヤはシスターへと視線を戻した。マルテと言い、ティブロンと言い、何故か妙なものには懐かれてしまうものである。
「さて。ちょっと接触してきますので、何かあったらよろしくお願いしますね!」
「気をつけて下さいね、ティブロンさん!」
ティブロンは立ち上がって、シスターの元へと歩き始めた。
おそらくマヤの顔を知っているだろうシスターに、突然マヤが接触すると警戒されるだろうとのことで、マヤは遠くから見守ることになっているのだった。
ヨタヨタと歩きながらシスターへと近付いていくティブロンを、マヤはじっと見つめていた。
「こんにちは!」
「こんにちは、サメさん。」
一瞬ティブロンの姿を見て目を丸くしたシスターだったが、すぐに笑顔を作った。
「こんなところで何しているんですか?」
「慈善事業ですよ。」
「ヒュストリアルからわざわざですか?」
「ええ。ここでしか出来ないことですから。」
笑顔を貼り付けたまま、シスターは答えていく。ティブロンもニコニコとしてシスターを探っている。
「素晴らしいですね!」
ティブロンの明るい答えに、シスターは微笑んだ。
「そうだ。ヒュストリアルで有名な花茶があるんです。おひとつどうぞ。」
「わあ!ありがとうございます!」
ティブロンはその花茶を受け取った。しかし一口も飲まずに花茶を持ってその場を去って行った。
持ち帰った花茶はすぐに成分分析された。
「成分確認の結果、やっぱり、でしたよ。」
「じゃあ捕らえますか。」
マヤがいい笑顔でウォーミングアップを始めた。ティブロンも準備を始めている。もうすでに日は沈みかけていて、シスターも子ども達もあの場所には居なくなっていた。
騎士達の話によるとシスター達は昼間にボランティアした後、近くの宿舎に泊まってから翌日に帰るのだそうだ。
つまり、今日の夜がシスターを捕らえる絶好の機会なのだ。
「あのぉ……」
「アルコさん?」
アルコは少しおどおどと落ち着かない様子であった。
「すみません。何人か騎士の方が見当たらなくて、知りませんか?」
アルコの質問にマヤとティブロンは固まった。
「まさか……。」
ティブロンは大きくため息をついた。
「マヤさん、今度軍部に行ってしっかり躾けて下さい。」
「全くですね。地獄を見せてあげますよ。」
マヤも笑顔が消えている。
「アルコさん。確認ですが、その騎士はシスターから花茶を貰っていませんでしたか?」
アルコは視線を泳がせた。
「アルコさん?」
「はいぃぃっ!!おっしゃる通りですうっ!シスターさんの花茶を飲んだ数人の騎士が行方不明なんですうぅっ!!!」
かわいそうなくらいアルコが震えている。
だがアルコは何も悪くないのだ。彼女を責めても仕方ない。マヤもティブロンも大きくため息をついた。
「アルコさん、だいたい予想はつきますから大丈夫ですよ。」
「え?」
「行ってきますね。」
そう言って、マヤとティブロンは出ていった。
向かうはシスターのもと。
おそらくシスターも、ティブロンから怪しまれている事に気付いている。互いに準備を整えた状態で迎えるわけだ。
「聖女様……」
「アルコさん、私は聖女。ヒュストリアルのトップですよ?」
マヤは天使のような笑顔を見せた。
「私に敵うものはいませんよ。」
絶対の自信。しかしそれに裏付けられた実力も兼ね備えている。
アルコは、マヤの後ろ姿を見つめるしか出来なかったが、「もう大丈夫なんだ」と思わせてくれる。
「聖女様、いってらっしゃい」
聞こえないくらい小さな声で、アルコは二人を見送ったのだった。
◆◆◆
「こんばんは」
「ふふサメさん、こんばんは」
シスターは正々堂々と宿舎の前に立って待っていた。シスターの後ろには魔族の騎士達が数名立っていた。皆目の焦点があっておらず、ぼんやりとしている。
「サメさん、貴方は気付いてましたね。」
「はい。」
ティブロンは試験管に入った花茶を取り出した。
「これ、麻薬ですね。」
シスターは笑顔を崩さずに頷いた。
「どういうつもりですか?」
「慈善事業ですよ、ヒュストリアルのための、ね。」
シスターは祈りのポーズを取った。
「魔族を一掃すればヒュストリアルはより栄えるでしょう。建国の聖女様はそれをお望みです。」
恐ろしいまでに信じ切っている思想にティブロンは寒気がした。他の人の意見なんて聞くつもりが一切感じられない。
「彼らも、そしてその花茶を飲んだ者達も、人間族を脅かす魔族。麻薬に溺れ、そのまま身を滅ぼしてくれるのが、この世のためなのです。」
うっとりとした表情がシスターを狂気的に魅せる。まるで自分には神の声が聞こえているのだと言わんばかりの自信たっぷりの態度には、脱帽するしかない。
そして、シスターは続けて話した。
「己の罪を悔いて、自ら麻薬を摂取してくださるなんて、本当に憐れな魔族です。」
天使のような笑顔のシスターは、明らかに狂っていたのだった。
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