第18話 聖女、軍部を訪ねる
「被害者に会いたい?」
「はい。あの、私の聖魔法で癒せないかなと」
「被害にあったのは魔族ですよ。聖魔法にやられちゃいます。」
「そうでしたね……。」
ティブロンはマヤに書類を差し出した。
「これが被害者の状況です。」
最初に発見された被害者は、飲食店の店主である。中毒性が高いせいで、麻薬が切れて半狂乱になった状態のところ、家族の通報で発見された。彼は今療養所にいる。近所でも家族思いのとても良い旦那さんだったと評判は高い。本人も熱心に慈善事業を行っていて、週に2〜3回はボランティアを行っていたそうだ。
次の被害者は小さな村の教師である。彼女はそんなに麻薬を飲んでいなかったようで、頭痛が酷くてつらいと医者に相談した際に発覚。症状が軽く中毒になりかけていただけだったので、今は社会復帰している。たまに有志の子どもたちを集めて清掃活動等を行っているのだと言う。
そういった事が書かれた書類を一枚一枚丁寧に読み込んでいくと、どの魔族も麻薬に手を出すような不安や悩みを抱えているようには見えなかった。
「被害者は皆バラバラなんですね。」
「そしてみんな口を揃えて、買った覚えはないと言うのです。」
ティブロンが悩ましげにため息をついた。
今日も変わらずサメの着ぐるみを着ていた。もふもふの体でそんな可愛らしい仕草をされるとはからずも癒されてしまう。
「マヤさん、昨日考えていたんですが、軍部に行ってみませんか?」
「軍部ですか?」
「はい。昨日のバザーでテソーロ森林でヒュストリアルの冒険者から花をもらったと言っていたので、調べてみようかと思うんです。テソーロ森林は軍部が毎日巡回しているでしょう。何か情報があるかもしれません。」
「そうですね……。」
そういえばまた訓練しに行くとアルコと約束をしていた。しかしここ数日バタバタしていてすっかりその事も忘れていた。
たまには軍部に顔を出すのもいいかもしれない。
マヤは笑顔で頷くのだった。
◆◆◆
軍部は臨戦体制を取っていた。
マヤに関する情報だけはいち早く察知する軍部は、マヤが軍部を訪ねてくると言う事を聞いたのである。
『聖女がやってくる』
それは、平和の時代の終わりを意味していた。
一瞬にして緊張感が張り巡らされた軍部はだらしなく着崩していた軍服を整え、ストレッチ感覚で行っていた鍛錬をスポ根顔負けの本気具合で取り組み始めた。マヤが軍部にいた頃と同じように緊張感のある訓練場に見せかけ、マヤを迎える準備をした。
少しでもだらしなくしていたら地獄が始まる。
それがわかっているからこそ、取り繕うだけでも取り繕いたかったのだ。
そんな付け焼き刃が無駄だと分かっていても。
「こんにちは!すみません!ちょっとお話を伺ってもいいですか?」
必死に訓練に取り組んでいた所に、ふわふわなサメの着ぐるみを着た得体の知れないモノがやってきて、騎士達はあっけに取られた。
「あ……?えっと……どうぞ?」
「ありがとうございます!」
騎士達は周囲へと気を配った。マヤが来ると聞いていたのに、やって来たのは無害そうなサメだったのだ。もしかしたらマヤは何処かに潜んでいて、様子を観察しているのかもしれない。
「マヤさんなら用事があってちょっと別のところにいますよ。すぐ来ると思います!」
「用事、ですか?」
騎士達は直感でわかっていた。
その用事は絶対に自分たちの身に関わるものであると。何かは分からないが、今この時間は嵐の前の静けさなんだと。
「あ。戻ってきましたよ!」
「ティブロンさん、お待たせして申し訳ありません。」
騎士達は一列に並び、マヤを出迎えた。寸分も乱さずに並んで直角に頭を下げた。
「「「聖女様!!ようこそ!!!」」」
訓練された騎士達の様子に、ティブロンは目を丸くした。
「マヤさん?これ……は?」
「皆さん、律儀なんですよ。」
本当にそうだろうか。ティブロンは怯え切った騎士達の様子にとてもそうは思えなかった。
「…………羨ましいですね。」
「ティブロンさん?」
「いえ!何でもありませんよ!では皆さん、少しお話を聞かせ下さい!」
騎士達は恭しく二人を案内するのだった。
◆◆◆
「テソーロ森林の様子ですか?」
「はい!」
ティブロンは元気よく頷いた。
「はあ……。特に変わった様子はありませんでしたが……。」
対応してくれた騎士が後ろを振り返って他の騎士達にも「そうだよな」と尋ねた。他の騎士達も同様に頷いていた。
「テソーロ森林入り口の村の様子で変わったことなどありませんでしたか?」
「特に……いつも通り穏やかでしたよ。」
「ヒュストリアルの冒険者はどうでしたか?」
「……すみません。俺は冒険者に遭遇していないので、どんな様子かは……。」
他の騎士達もうんうんと唸るばかりで何も出てこない。つまり気になるところは特になかったということである。
「そう言えば……」
「何かあるんですか!」
ティブロンは身を乗り出して尋ねた。
しかし、その言葉に周りの騎士達が冷や汗を流しはじめた。
「ちょっ……!お前!」
「はっ!しまった!」
そして心なしかマヤに視線が集まっていく。
「話して下さい。」
天使のような笑顔で有無を言わせない圧を放っている。
マヤに掌握されている騎士達に選択肢などないのだった。
「最近、ヒュストリアルからボランティアに来るシスターがいるんです。とても美しくて優しくて……騎士の間でと結構評判が良いんです。」
「そのシスター目当てで、最近騎士達はこぞってテソーロ森林の巡回に行きたがります。」
マヤは眉間に皺を寄せた。
「あ、あの!決してそのシスターが聖女様より癒しだな、とか天使のようだとか、そんな事を思ってるわけじゃありませんからね!!」
「馬鹿野郎!」
周りの騎士達が必死におしゃべりな騎士の口を塞いだ。これにはティブロンも何も言えないし、フォロー出来ない。
「ティブロンさん」
「どうしました?マヤさん。」
ティブロンお得意のポーカーフェイスで何にも気付いていないようなふりをして見せた。
「被害にあわれた方達……慈善事業はどこでやっていたんですか?」
ティブロンは持ってきていた書類を確認した。
「……テソーロ森林だ」
「繋がりましたね」
「本当ですね……!」
目の前で何が起こっているのかわからなかった騎士達は、目をパチクリさせながら二人の様子を見守った。
「皆さん」
マヤに声をかけられて、騎士達は背筋を伸ばした。
「そのシスターから、何かもらっていませんか?食べ物か飲み物を振る舞われたり。」
騎士達は互いに顔を見合わせた。そして一人が口を開いた。
「そう言えば、珍しい紅茶をくれたな。『いつもご苦労様です』て。」
「それ、花茶ですね。」
「!!よくご存知で……。」
ティブロンは大きくため息をついた。
「まずいですねえ。そのお茶飲んだ騎士、どのくらいいます?」
「……そんなに多くはないと思いますが……。」
「皆さん、今すぐそのお茶を飲んだ騎士を集めて下さい。」
「「「かしこまりました!」」」
マヤのただならぬ気迫に、騎士達は蜘蛛の子を散らすように駆け出していった。残されたティブロンとマヤは忌々しそうに顔を歪めている。
「マヤさん。テソーロ森林の巡回に行ってる騎士に連絡をお願いしても良いですか。」
「わかりました。」
マラが備え付けの魔法具を使って連絡を取りはじめた。麻薬事件の予想外の展開に、ティブロンは悔やんだ。そして、何事もないことを祈るしか出来ないのだった。
「ティブロンさん。どうも今日はボランティアがなかったそうで、とりあえず大丈夫みたいです。」
「そうですか。」
「あと、確認してもらったら、次のボランティアは明日、行われるそうです。」
おそらく、騎士達はそこまで重傷ではないだろう。一回に摂取させている量が微量だからこそじわじわと広がったのだ。ちょっと治療は大変かもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。
この事件、なによりも善意の者たちがターゲットにされていることが、ティブロンは許せなかった。それはマヤも同じであった。
「マヤさん、行きましょう」
「勿論です。」
「あと、棺桶も持っていく準備しておいてください。」
「え。持って行くんですか。」
「はい。こういう時、ラミアさんは強力な助っ人になりますから。」
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