第17話 聖女、餌にされる
その後、マヤはティブロンに連れられて喫茶店『ハルディン』を出た。
「うーん。やっぱりそう簡単には情報は集まりませんね。」
『ハルディン』でずっと黙っていたマヤは、ようやく胸の中でくすぶっていた疑問を尋ねた。
「……あの、ティブロンさん。先程の方は。」
「ああ!あの方はロサさんと言います。この商業地区を取りまとめる女ボスです。豪傑にして思慮深い冷静沈着な雪女です。彼女に逆らったら氷漬けにされますのでご注意下さい。」
「あの、私……何だか見定められていたようなんですが。」
「ふふ。ロサさんはここのボスとして噂の聖女に会いたがっていたんです。マヤさんが魔王城から出ずに、面白い噂話ばかり増やしてくださるので、興味を持たれたんですね。どんな方なのかご自身の目で見ておきたかったんでしょう。いやー本当!マヤさんのおかげで助かりました!」
マヤは今回の調査の情報収集のための餌にされたようである。
「でもロサさんさえ情報は掴んでいませんでしたね。この地区は国でも一番の商業地区なので、国中の情報が一番集まる場所なんですが。」
ティブロンはうーんと唸った。どうやら少しなりともロサから情報が手に入ると思っていたようである。
ティブロンはそれなりに情報集めが得意であるが、なかなか情報を集めきれない時にロサの元を訪ねる。そうでなくても商人は多くの情報を持っている。彼らと話すだけでも有益な情報が出てくるのだ。
しかし、今回は商人と話してもなかなか情報は出てこないし、かなめであったロサも知らない様子。実際にこの商業地区に何らかの不利益が出ている訳でもないので、ロサも本格的に動いてるわけではないようである。
「ティブロンさん、ティブロンさん。」
頭を悩ませていると、マヤがティブロンを読んだ。
「あれが話されていたマーケットですか?」
マヤが指差した所に、小さなマーケットが開かれていた。お店も数店舗しかなく、小さな子供連れが多く賑わっている。
「いえ。あれは違います。何かのイベントなのかもしれませんね。」
「寄ってみませんか?」
「いいですよ!」
マヤは喜んでマーケットへと向かった。こうしてみると本当に短期間で軍部を掌握し、今となっては恐怖の象徴となっている聖女とは思えない。目を輝かせてお店を見て回る様子は年相応の女の子に見える。
実際、ヒュストリアルでも教会からほとんど出た事がないので、こういう場は珍しいのだろう。
「ティブロンさん!あれはなんですか?」
「あれは、アーグワ州の商品です。アーグワ州は海の幸が特産品なんですよ。これなんか美味しいです。」
そう言って缶詰めを手に取った。マヤはそれを受け取り、じっと見つめて首を傾げた。
「これは何ですか?」
「サメのたまごです!」
「え。」
「塩っ辛くて美味しいんですよ!」
サメの着ぐるみを着たティブロンにサメのたまごを勧められると微妙な気持ちになる。
マヤはその缶詰めをそっと元の場所に戻すのだった。
「あ。素敵な花ですね」
「これは……見たことがありませんね。」
ティブロンが首を傾げてまじまじと見ていた。
「ひまわりだと思いますよ。あれはガーベラ、コスモス、そしてチューリップですね。」
「詳しいんですね!」
ティブロンは目を丸くした。マヤはティブロンに教わる方が多かったので、ちょっとだけ嬉しい気持ちになった。
するとお店のおじさんが出てきて話しかけてきた。
「お嬢ちゃん詳しいね。これはテソーロ森林で会った冒険者から貰ったんだぜ。」
「と言うことはヒュストリアルから……」
「それは珍しいですね!」
マヤは少し複雑な気持ちになりながらその花を見つめた。
「マヤさん。気に入りましたか?」
「そうですね。あ。このひまわりっていう花の種は食べれるんですよ。」
「そうなんですか!ヒュストリアルは花茶もありますし、食べられる花が多いんですねえ!」
そう言われると食用花というものもあったな、と思い出す。
「マヤさん、この花もきれいですよ!これは食べられるんですか?」
「それはポピーですね。食べられはしなかったと思います。あ。でも……。」
ポピーの花を見て、マヤははっと気がついた。
ヒュストリアルで散々注意された事を思い出し、じっとポピーの花を見つめる。
「すみません、その冒険者、この花をくださった方は今どちらにいるんですか?」
「え?さあ、なあ。色んな冒険者から色んな花をもらったからなあ。この花はついでに売ってるんだ。冒険者はたまに交流マーケットの時に売りに出してるって言ってたぞ。」
「マヤちゃん?」
マヤは難しい表情をしていた。
もしかしたら、という疑問が心に残る。
けれど、それを証明するものは何もないし、ただのマヤの思いつきでしかない。穴だらけのマヤの推測でしかないのだ。
マヤは慎重に口を開いた。
「ティブロンさん……。少しお話が……。」
マヤの様子に、ティブロンは黙って頷いた。
そうして二人は急いで王宮へと戻ったのだった。
◆◆◆
二人が王宮に着く頃には、日も暮れはじめていた。もうすぐラミアが起きる時間だとマヤは軽食の準備をして、自分の席に着いた。
「マヤさん、何か気付いたんですね。」
「はい。でもこれは本当に憶測でしかありません。」
「今はちょっとの事でもいいんです。何も情報がないんですから。」
マヤは少し躊躇い、そして口を開いた。
「ヒュストリアルには……沢山の食べられる花や茶葉になる花があります。けれど、その中には麻薬の素となる花もあるんです。それは無害な花……ポピーというんですが、その花とよく似ていて、私も間違えないようにと教わってきました。」
「ポピー……あのバザーで売っていた花ですね。」
「はい。でもあそこの花は無害なポピーの花でした。けれど、食用花に詳しくないこの国にならば、簡単に売ってしまえるのではないでしょうか。」
ティブロンは考えた。
「なるほど、ヒュストリアルからですか。」
「もしかしたら、ですけど。」
「花が麻薬だとしたらどうやってその麻薬を摂取させたのか、そこが次の問題ですね。花を食べる習慣がない魔族は花をもらっても食べようとはなりません。どうやって本人も気付かないうちに摂取させたんでしょう。」
「そうですね。」
マヤは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「でもきっと今回はヒュストリアル国が悪いんです。何の罪もない魔族にこんな事……っ!」
「マヤさん。」
ティブロンはそっとマヤの手を握った。
「確かに今回の黒幕はヒュストリアルかもしれませんけど、魔族の中に手引きしているものがいるかもしれません。まだ明確なことが分からないうちか、一方的に責めちゃダメですよ。」
確かにティブロンの言う通りである。まだヒュストリアルがしたという証拠もないのだ。決めつけてはいけない。ついついヒュストリアルの事となると感情的になってしまう。マヤは一度深呼吸して、いつもの笑顔を作ってみせた。
「ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ。それに少しは活路が見出せそうですし、明日はその線で調査を進めましょう!」
明るく振る舞ってくれるティブロンに、マヤは少し救われた気持ちだった。
しかし、心の底ではヒュストリアルを信用していない。
何度も何度も裏切られてきたからこそ分かるのだ。
あの国はそういうことをする国なのだと言う事を……。
「さて。とりあえず今日はここまでにしましょう!」
ティブロンが立ち上がり、ティーセットを取り出した。
「一杯飲んで行きませんか?」
マヤはくすりと笑った。
◆◆◆
空は、太陽はすっかり沈んで、星がよく見える。
マヤは紅茶を飲み終わるとこの部屋を出て行った。そういえば、聖女はどこで寝泊まりしているのだろうか、とティブロンは思った。勝手に魔王城に住み着いているという話は聞いたことがあるが、どこか空いている部屋に押しかけているのだろうか。
そんなささやかな疑問さえ、今は考える時間も惜しい。
「ラミアさん」
「なんだ。」
「聞いてましたよね。どう思いますか。」
夜はラミアの時間。ティブロンはラミアが起きるのを待っていた。昼間、マヤと二人で調べた内容、そしてマヤの推測を、ティブロンはどうしたものか悩んでいたのだ。
ラミアも寝起きのぼんやりする頭で二人の会話が聞こえていたようで、小さくため息をついた。
「ヒュストリアルが相手となると厄介だな。あそことは不可侵条約を結んでいるだろ。表面上は友好国だ。しかもそれが本当に冒険者が独自でやっているならおそらくヒュストリアルは関係ない、冒険者の自己責任だと言い切るだろうな。そもそも国絡みなのかどうかも分からないしな。」
「ですよね」
「一番手っ取り早いのは商品を受け渡してる場面を捕まえるところだろ。」
「それが難しいんですよ。ここ数日ずっと張り付いて収穫ゼロなんですよ。」
「ま。そうだろうなあ。」
少し糸口が見えたような気がするが、まだまだ先は長いのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます