第11話 聖女、迷子になる

『聖女マヤに関する要望書』


ニュイは何度も何度も手元の書類の題名を読んだ。中身は怖くてまだ見れていない。そっと視線を上げると、ここ数日でだいぶやつれた騎士達が並んでいた。筋肉が自慢だったはずの彼は見る影もなくほっそりしてしまっているし、若々しく熱心だったはずの彼は見る影もない程老けてしまっていた。

ニュイは、コホンと咳払いした。


「あー……これは?」


騎士達は疲れ切った表情で訴え始めた。


「ここ数日、聖女様に鍛えていただきました。そこでたくさんの意見が出たのですが、多すぎまして、その中でも特に多かった項目については、魔王様のお耳にも入れておきたいと思いました。」

「結論から申しますと、聖女様が有能すぎて我々にはついていけません。」

「ぶっちゃけ聖女様さえいれば、我々いらないのでは?と存在意義を見失いつつあります。」

「そ、そんな事ないぞ?」


騎士達は突然、直角に頭を下げた。そしてそのまま顔を上げず、声を揃えて「何卒!よろしくお願いしますっ!」と叫んだ。

その危機迫る騎士達の思いに、ニュイは押し負けてしまった。


「う……うむ。考えよう。」

「ありがとうございます!」

「是非ともよろしくお願いします!」


ニュイは騎士達にしばらく休んではどうかと提案し、その場から下がらせたのだった。

その場に残ったニュイとミカヅキはじっと提出された要望書を眺めた。


「どうするんですか、魔王様」

「どうもこうも……なあ。」


ニュイは要望書を突いてみた。やっぱり見る気持ちにはなれないのだ。


「やっぱり見なきゃダメかな。」

「……。」

「どうしたものかなあ……。」


ニュイは窓の外を眺めた。

今頃、噂の聖女は何をしている事か。

ニュイは深いため息をつくしかできなかった。



◆◆◆



そんな事があっているとは全く知らないマヤは今、魔王城を離れ、王都の隣にあるフエーゴ州というところに来ていた。

のどかな平原地帯が広がっており、ここに住む者たちの多くは穏やかな気候を活かして農業に従事している。そういう土地柄か、風属性の魔族がほとんどであった。


「テソーロ森林の巡回ですか?」

「そうです。テソーロ森林は人間族の冒険者も自由に行き来できるので、そこを定期的に巡回をしているんです。それが魔王軍の新米の最初の仕事なんですよ。」


 アルコがマヤにそう説明してくれた。

 新米騎士達が研修期間を終えると、最初の任務としてテソーロ森林を巡回するようになるらしい。それはマヤも例外ではなかった。テソーロ森林で迷子になった冒険者や子どもを保護するのである。

 マヤは目の前に広がる森林を見つめた。

 テソーロ森林。

 そこは、この王都の南側にある巨大な森林である。風属性の魔族が多く住むフエーゴ州にあり、ヒュストリアル国まで広がっている。魔族の国とヒュストリアル国にまたがっている事から、共同自治区域となっている場所でもある。豊富な資源があり、魔族にとっても人間族にとっても宝庫のような場所であった。


「聖女様はテソーロ森林初めてですか?」

「はい。私はほとんど教会で暮らしていましたから。近くまでは行ったことがあるのですが、中まで入ったことはありません。」

「じゃあ案内は任せてください!私はこのフエーゴ州出身なので、この森林は遊び場だったんですよ!」

「それは頼もしいです。」


 アルコが嬉しそうに胸を張った。

 今はテソーロ森林の入口付近の村で森林に入る準備を進めている。道具を確認したり、ルートを確認したりと、入念に準備していく。新米騎士達は初めてと言うこともあり、皆そわそわしていた。

 テソーロ森林は非常に穏やかな森林だった。村の入り口付近では子ども達が遊び回っていて、騎士達を見かけると大きな声で挨拶をしてくれる。至って平和な場所であった。


「そうだ聖女様」

「どうしました?アルコさん。」

「この森林はとても穏やかで資源豊富な所なんですけど、たまに不思議なことが起こるんですよ。」

「不思議なこと、ですか?」

「はい。私もこの森林で遊ぶ時はいつも注意されてました。『この森林は迷いの森林。迷ったらよく考えなさい。進むべき道がどちらか、考えれば道が見えてくる。』て。」

「ありがとうございます、アルコさん。」


迷子になった時の心構えのように聞こえたが、聖女は素直にお礼を述べた。

 巡回は複数班に分かれて行われた。一班十数名程度で、マヤはアルコと同じ班であった。大抵は何事もなく終わるのだが、何か起こった時には勿論戦わなければならない。密かにマヤと同じ班になりたいと願う者たちも少なくはなかった。


 マヤはアルコと共にテソーロ森林へと足を踏み入れた。本当に穏やかでのどかな場所であった。天気も良く木々の間から溢れる木漏れ日が心地よい。マヤはちょっとしたハイキング気分であった。


「本当に、いい場所ですね。」

「ですよね!ふふふ。ここの良さがわかってもらえて嬉しいです。」


アルコは自分が褒められた時のように喜んだ。そんなアルコの様子にマヤはほっこりとした気分になるのだった。

 その時、マヤは森林の奥に走っていく二人の子どもの姿を見た。二人で仲良く手を繋ぎ、どんどんと見えなくなっていく。向かう方向も村の方向とは違い、ヒュストリアル国付近に向かっているように見える。マヤはじっとその二人を目で追っていた。


「アルコさん、あの子達、大丈夫でしょうか。」


見失ってはいけないとアルコを見ずにそう問いかけた。

しかし、答えは返ってこなかった。


「アルコさん?」


さすがに不審に思ったマヤはアルコの方を振り返った。

すると、そこにはアルコの姿がなくなっていた。ついさっきまで、すぐそこにいたはずなのに。

 マヤがキョロキョロと見渡していると、くい、と服を引っ張られた。


「お姉ちゃん、迷子?」


マヤが心配した二人の子どもがそこにいた。しかも魔族と人間族の子どもだった。二人とも金髪碧眼の可愛らしい姿をしている。どことなく見覚えのあるような二人に、マヤはじっと見入ってしまった。

 子ども達は心配そうにもう一度尋ねてきた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「あ。すみません。えっと……迷子になったつもりはなかったのですが。」

「案内してあげる!お姉ちゃんはどこに行きたいの?」


そう言って、二人はマヤの手を引っ張った。何とも愛らしく頼もしい姿は見ていてほっこりする。

けれどマヤは「どこに行きたい」か尋ねられても首を傾げるしかなかった。


「どこ、でしょうか。」


自分は何をしているのだろうか。

何故ここにいるのだろうか。

聖女としてヒュストリアルにいたマヤ。

ヒュストリアルを抜け出して、魔王と手を組むために魔王城に乗り込んだ。


しかし、マヤは頭の中にモヤがかかったように、何のためにここにいるのか思い出せなかった。


魔王軍に配属されて、この森林にいる。

人間族と魔族の境目の森林・テソーロ森林。


ーー私は、どちらに行けばいいのでしょうか。


ヒュストリアル国に行くべきなのか。

それとも魔王の元へ行くべきなのか。

今、ここからならば、どちらにも行ける。


「すみません……。」

「いいよ!気にしないで。」

「思い出すまで待つよ。」

「ありがとうございます。」


そして二人は同じようにニッコリと微笑んだ。ピッタリと息の合った二人の様子に、マヤもつられて笑ってしまう。


「お二人は、仲良しさんですね。」


二人は種族の違いを感じさせないほど仲睦まじい。とても今の時代では考えられなかった。


「だって友達だもん。」

「仲良しだもん。」


ねえー。と笑い合う二人。そして二人できゃっきゃっとはしゃぎ始める。


そんな二人の様子を見て、マヤは頭が次第にはっきりしていった。


こうなりたかった。

こうなることを望んでいた。


マヤがヒュストリアルを飛び出したのは、人間族に嫌気がさして、滅ぼそうと思ったからだった。


けれど、マヤが本当に望むのは共存なのだ。


それはマヤが前世で誓った事だった。


人間を滅ぼすのではなく、壊すべきは魔族と人間の垣根なのだ。


そのためにも、マヤは魔王と共に、戦わねばならないのだ。


「私は……。」


マヤは拳を強く握りしめた。


行くべき道は見えたのだから、あとは進むだけである。


「私は魔族の国、魔王様のもとに帰らないといけません。」


マヤの答えに、二人はぱっと表情を明るくした。


「お姉ちゃん」

「こっちだよ」


そして、二人に手を引かれるまま、マヤは進んでいく。


「お姉ちゃん」

「前を向いていれば、きっとゴールに辿り着けるよ、て教えてもらったんだよ!」

「迷子になったらね、前を向いて歩けば大丈夫だよ!」

「そうですね。」


これから先も、何度も悩むだろう。

遠回りもするだろう。

けれど、目指すものは変わらない。


マヤは歩き続けるのだ。


「聖女様!どこ行ってたんですかー!」


ふと、離れた場所から大声が聞こえてきた。

アルコの声である。

マヤはほっと胸を撫で下ろした。

そして、お礼を言おうと振り向いた時には、もう2人の姿はなかったのだった。

目をパチクリさせて、驚いたが、小さく笑みをこぼして、アルコの方へと駆けて行くのだった。




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