第10話 聖女、おしおきをする
前代未聞の新米部隊の優勝に、会場は大盛り上がりだった。今はアルコ達も肩を抱き合い、喜び合っている。そんな彼らを少し離れた舞台裏からマヤは見守っていた。
「あーあ。マヤちゃんに負けちゃった。あんなに強いなんて反則だよ。魔法禁止にすればよかったぁ。」
「マルテさん」
いつの間にかマルテがマヤの横に並んでいた。
場外になって敗北してしまったマルテだが、怪我は大したことがなかった。今となってはケロッとした様子でマヤに話しかけてきた。負けたというのにあまり残念そうにも見えない。
マヤはため息をついた。
「か弱い少女に、魔法なしで戦えなんて、マルテ様は非道ですね。」
「あははっ!マヤちゃんってば冗談うまーい!マヤちゃんにか弱いなんて似合わなーい。」
マヤは結構本気で答えたつもりだったが、マルテからは笑い飛ばされてしまった。マルテの笑うツボが分からず、魔族と人間族の笑いのツボって違うんだな、とマヤはしみじみと感じた。
「主役の二人がこんな所にいていいのか。」
「あ。ニュイ様。」
音もなくニュイが二人のそばまで来ていた。そばにはミカヅキも控えている。
マルテは少し小走りでニュイの元へと駆け寄って行った。そんなマルテを見て、ニュイは優しく微笑んだ。
「お疲れ様、マルテ。」
「ふふふ。すみません。負けちゃいました。」
「聖女の実力が見れただけでも充分だよ。」
「魔王様、見てたんですね。」
「ああ。」
ニュイは真剣な眼差しでマヤへと視線を移した。
「聖女はすごいんだな。」
「人間を滅ぼすため、ですから。」
ニュイの真剣な眼差しに、マヤも真剣な表情で答えた。
「約束だったな。聖女に仕事を与えると。」
「はい!これからよろしくお願いしますね!」
ニュイはミカヅキとマルテを連れて会場へと歩いて行った。マヤは三人の後ろ姿を見送りながら、ふと、昔の姿を思い出していた。
マヤがまだ教会に入ったばかりの頃。
マヤも、ある人の後ろに付いて歩いていた。いつも優しい笑顔でマヤに接してくれた人だった。そして、隣には後の勇者であるヒナがいた。
ーーアミスター様……。
もうあの頃には戻れない。彼らから離れたのは誰でもないマヤなのだ。
マヤは少し遅れて、追いかけるようにニュイ達と同じ方向へと歩き出したのだった。
◆◆◆
会場はすでにお祭り騒ぎであった。そんな大盛り上がりの会場に、魔王ニュイと四天魔のミカヅキ、マルテ、そして少し後ろから聖女マヤが現れれば、さすがに静かになるものである。
もみくちゃになってはしゃいでいた騎士達がいそいそと整列し、魔王が壇上に上がるのを待っている。
マヤは新米騎士に合流し、列の最後尾に並んだ。
「皆、ご苦労であった。これより表彰式を始める。」
魔王の言葉で、より実感してきたのか、新米騎士たちから緊張が伝わってくる。マヤはそんな彼らを後ろから優しく見守っていた。
「優勝、新米部隊。」
会場中が、それぞれ思い思いの祝福の言葉を投げかけた。それが大きな歓声となり、新米騎士達へと降り注ぐ。アルコはその言葉に、瞳を潤ませていた。
「そして聖女マヤよ。こちらへ。」
しかし、マヤの名前が呼ばれた事で、ぴたりと歓声が止んだ。実力を認めざるを得ないほど強かった聖女。だが、その気持ちはとても複雑なものであった。
「皆も知っての通り、聖女は正式な軍部所属の者ではない。だが、この試合で見てきたとおり彼女の力は本物である。ここは実力主義の世界。」
ニュイは会場の様子を伺う。皆がみんな、ニュイの次の言葉を待っていた。
ニュイは大きく息を吸い込み、大きな声を張り上げた。
「本日より、聖女マヤを軍部に配属する!」
「わあああっ!」
「ぎゃああっ!」
会場中が歓声に包まれた。さすがにマヤの実力を認めたものが多かったようである。ニュイも安心してほっと胸を撫で下ろした。
しかし気のせいだろうか。歓声の中に、悲鳴が混じっていたような気がした。
ニュイは聞こえなかった事にした。
「魔王様、ありがとうございます。」
マヤが小さな声でそう囁いた。
「お前の実力だ。礼を言われる事ではない。」
それから、表彰式はつつがなく終わり、聖女の特訓から解放された騎士達は束の間の幸せを噛み締めていた。
けれど、幸せな時間は、そう長く続かないものである。
「こちらに配属されましたマヤです。よろしくお願いします。」
新米騎士達とマヤは揃って右軍に配属された。
まだ新米ということで、例え優勝してもすぐに精鋭部隊に入れる訳ではない。まぐれでは無く、実力である事を示すためにもいくつかの功績を残さねばならないのだ。
右軍の教官を務めている騎士は、ドワーフ族のようでどっしりとした体型に厳つい顔立ちをしていた。
今日がはじめての顔合わせという事で、この教官から自己紹介をするよう言われ、一人一人名乗っていき、最後にマヤが挨拶をしたところだった。
教官はマヤをジロジロと見た後、鼻で笑った。
「はっ。貴様が騎士だって?俺は認めん。」
そんな教官の言葉に、新米騎士達は恐怖した。マヤの恐ろしさを体験している身としては、なんて自殺行為を、と思う。
「認めない、と言われましても……。優勝したのは事実ですよ。」
「マルテ様に勝ったのはたまたまだ。」
そして教官はマヤの凹凸のない体を指差した。
「騎士には筋肉が必要だ!貴様のようなひょろひょろに務まるか!」
「……そうですね。確かに私には力はありません。」
嘘だ!
新米騎士達は心の中で叫んだ。
これまで数々の特訓をマヤと共に積んできた彼らはマヤを普通の人間と同じと考えてはいけないことを知っている。見た目に騙されてはいけない。マヤはマルテほどの腕力は確かにないが、おそらく新米騎士の誰よりも腕力があるのだ。あのスレンダーな体のどこにそんな力があるのか不思議で堪らない。
しかも心なしか、空気が冷たくなっていく気がする。マヤの声も冷ややかに聞こえる。
嗚呼!お願いです!どうか気のせいであってくれ!
新米騎士達の心は一つであった。
「魔族は実力主義、でしたね。」
逃げて!超逃げて!
新米騎士達は心の中で教官に向かって叫び続けた。
ーー届け!この思い!
しかし、悲しいかな。
その願いは届かない。
「では手っ取り早く模擬試合といきましょう。」
教官はまた鼻で笑った。勝つ自信があるのだろう。
一方、新米騎士達は我先にと二人から距離を取って行った。しかし先輩騎士達から「何で離れるの」と問われ、答えられずに渋々近くで試合を見守る羽目になってしまった。
熱狂する先輩騎士とは裏腹に、すでに疲労困憊している新米騎士達は、もう何が起ころうと諦めて、何もかも受け入れることにしたのだった。
やる気満々の教官はいい機会だからと騎士達に見学するよう命じた。おかげでマヤと教官の周りはとても賑やかであった。
「ルールはこの前の模擬試合と同じ。参ったと言うか、戦闘不能になった時に試合終了となる。」
「わかりました」
マヤはチラチラと周囲を見渡した。
そんなマヤの様子を見て、教官はさらに余裕を見せた。
ーーふっ。逃げ道でも探しているのか。この俺が逃がすとでも思っているのか。あのマルテ様が負けるなんて、絶対に卑怯な手を使ったに違いない。あの麗しく美しく妖艶なマルテ様が!!
教官は熱狂的なマルテのファンであった。信仰にも近い想いを持っていた教官にとって、マルテの敗北は認め難いものであった。
「では行くぞ!」
教官の言葉が聞こえた次の瞬間。
カッと眩い光が差し、周囲にいた騎士達は目を瞑ってしまった。チリチリと焼けるような痛みさえ感じる。しかし、それは長く続かなかった。
皆が目を開けた時。
教官はすでにその場に倒れていた。
「え」
「何が、起きたんだ?」
あまりに一瞬の出来事で、何が起こったのか分からない。
「お、おい。一番前で見ていただろ。何が起きたんだ?」
何が起こったこか全く分からなかった騎士の一人が、新米騎士の肩を掴んで問いかけた。
先輩騎士達によって最前列で試合を見ていた新米騎士達。
彼らも見えた訳ではなかった。けれど、肌に残るチリチリとした焼けるような痛みには、嫌というほど身に覚えがあった。
「聖女様が聖魔法をかけたのです。それに教官は耐えられず倒れました。」
「え?」
「隊長が……瞬殺?」
「マルテ様に勝ったのはまぐれじゃなかったのか。」
マヤは黙ったまま、倒れて動かない教官を見下ろしていた。その静かなマヤの様子に、新米騎士達は嫌な予感を感じていた。
「わあ。さすがマヤさんですね。」
「アルコさん」
空から声が聞こえてきて、皆が上を向く。そこには明るい笑顔のアルコが飛んでいた。アルコはふわりとマヤの前に着陸した。
マヤはアルコを見つめて首を傾げた。
「アルコさん、今日は遅かったですね。」
「へへ。ちょっと用事がありまして。」
「そういう時は連絡して下さい。おしおきです。」
「きゃあああ!」
マヤが聖魔法をかけた。ぱっと光が放たれ、アルコの叫び声が響き渡る。
先程見たものと同じ光だった。その様子を見て、教官がマヤの聖魔法で倒れたのだと、実感した。
「報告・連絡・相談は大事ですよ。」
「……はい。」
こわ……。
騎士一同そう思った。
「それにしても皆さん、本当に平和ボケされていますね。これなら人間族のほうが鍛えられていそうです。」
先程の教官といい、新米騎士達といい、なんとも手応えがない。こんなレベルのものが教えているなんて、とマヤは落胆していた。
「マルテ様も甘いんですね。」
ドSなマルテなら、もっと過激な訓練をさせていそうだったのだが、どうやら勘違いだったようである。
マヤは大きくため息をついた。
「仕方ありません。まとめて相手になりましょう。」
「へ」
「習うより慣れろ、です。」
マヤの周りに温かな光が見える。間違いなく聖魔法である。その聖魔法が、こちらに向く訳ではないだろうと騎士達は期待していた。
けれどそれは甘かった。
その日、白い光とこだまする悲鳴が途切れることはなかったのだった。
◆◆◆
そんな悲鳴から少し離れた魔王の部屋の中。
ニュイは絶え間なく聞こえてくる絶叫に、さすがに気分悪くしていた。そしてのんびりとミカヅキと一緒にお茶を飲んでいるマルテへ視線を移した。
「マルテ、放っておいていいのか?ずっと悲鳴が聞こえるんだが。」
「魔族の城っぽくなりましたねえ。」
「敵ならまだしも味方の悲鳴だが?」
「ふふ。魔王様ってば優しいんですね。大丈夫ですよ。」
マルテは面白そうに笑った。笑って済む問題なら、それでいいのだが、ニュイにはとてもそれでおさまるようには思えなかったのだ。
「騎士達も、このくらいで逃げ出すなら私がお仕置きしますから。」
「軍部には鬼しかいないのか。」
軍部のトップがこの調子では、当分彼らはこの地獄から抜け出すことも出来ないだろう。
ーー何事もないといいがな。
そんな事、きっとないとわかっていながらも、やはり願わずにはおれないのだった。
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