第9話 聖女、マルテと戦う

「はじめ!」


審判の掛け声に、最初に動いたのはマルテだった。掛け声と同時にマヤとの間合いを詰めてきたのだ。


火炎拳フレイムフィスト


マルテは無詠唱で魔法を発動させた。拳に炎をまとわせて、そのままマヤに殴りかかっていった。


聖盾ホーリーシールド


マヤも無詠唱で魔法を発動させた。

マルテの速さになんとか間に合い、すんでのところでマルテの攻撃を防いだ。

バチンッ!!

と激しい音が響き渡り、マルテの魔法が解けてしまった。一方、マヤの防御魔法は無傷のままであった。しかし、マヤも手にビリビリとした痛みが走っている。それ程マルテの力が強かったのだ。


「あら。やっぱり魔力強いのね。」


眉根を下げて残念そうな表情を見せるものの、闘志に燃えた気迫が伝わってくる。マヤは再び構えた。


「マヤちゃんには魔法では敵わないかもね。」


マルテはパチンと指を鳴らした。

するとふわりと蝶が舞い、マルテを包み込んだ。


「私も四天魔の一人。負けてられないわ。」


マルテはサキュバスである。

蝶が消えて再びマルテの姿が見えてくると、マルテが翼をはやした姿で現れた。大きくて美しい翼がバサリと揺れるだけで強い風が吹く。

そんなマルテの姿に、会場中がうっとりとしたため息を漏らした。ふんわりとした雰囲気だったマルテだが、妖艶さに磨きがかかっているように見える。


「さあ、始めましょう。マヤちゃん。」


微笑み一つで男を虜に出来そうなマルテに、マヤは拳を握りしめた。出るところは出て細いところはしっかり細いセクシーな体型のマルテ。かたやマヤは凹凸のないスレンダーな体型をしている。

体型が分かりにくいポンチョのような服を着ているからだ、と自分に言い聞かせてきたが、本物の女性らしい体つきを前に認めざるを得なかった。


「マルテさん……。」


マヤから物凄い気迫がピリリと伝わってくる。あまりの気迫に、マルテは構えた。


「どうやったらそんな巨乳になれるんですか。」


その表情はあまりに真剣だった。


「サキュバスだから、かしら。」


だがマルテはその質問に、マヤが満足するような答えは持ち合わせていなかった。なんせ生まれつきなのだ。先天的なものを、どうしたらなれるかなんて、答えられない。

しかもこの戦いの場でそんな事を聞いてくるマヤに、マルテは拍子抜けしてしまった。


「き、気にしてるの?」

「いえ。別にそこまでは気にしてません。」


明らかに残念そうな表情が、物語っていた。

嗚呼、気にしてるんだな。とマルテは思った。そしてそれ以上何も聞かないことにした。デリケートな問題なのだ。触れないでおこう。



◆◆◆



マルテが本来の姿、つまりサキュバスの姿になった事に、ニュイは少し驚いていた。


「久しぶりに見たな、マルテのあの姿。」

「そうですね。滅多に見られませんからね。最後に見たのは魔王様と戦った時でしょうか。」

「懐かしいな。そんな事もあったな。」


数年前。ニュイが即位をする前の事である。

まだニュイが魔王として覚醒する前、マルテと模擬試合をしたことがあった。その時すでに頭角を表し軍部の精鋭部隊に所属していたマルテと、まだ学生であった無名のニュイは互角の戦いを繰り広げた。


「ところで何を話しているのだ。アイツらは。」


マルテがなんとも言いにくそうな表情をしている。あんな表情をしているのはニュイも初めて見たような気がする。一体マヤはどんな事を話しかけたのだろうか、とハラハラするのであった。


まさか胸の話をしているとは、つゆほども思っていないのである。



◆◆◆


マルテの答えに、マヤは心底落胆した。別に答えを気にしていたわけではない。ちょっとした世間話程度に話しただけなのだ。そう言い聞かせて、マヤは気を取り直した。


「マヤちゃん、はじめましょう。」


マルテはサキュバスの姿になった時、魔力を増強させる武具も身につけていた。マルテの魔力を倍増させるグローブをはめた拳を構えた。


「『火炎拳フレイムフィスト』」


先程とは比べ物にならないほどの炎が拳を纏う。そして間髪入れずにマルテは間合いを詰めてきた。先程からスピードも格段に上がっていた。マヤは防御魔法を取り損ね、マルテの拳をモロに受けてしまったのだった。

何とか腕で急所を庇ったものの、チリチリと服が燃え、腕に痛みも走っていた。


「『回復ヒーリング』」


マヤは回復魔法を使い、傷を癒した。マルテから距離を取るため、少し広範囲に回復魔法をかけた。マルテは聖魔法から逃げるようにマヤから離れた。マヤの傷はすぐに癒えたが、マルテとの距離を保つために聖魔法を解かずに息を整えていた。いつマルテの次の攻撃が襲ってくるか、分からないが、物理的な攻撃をモロに受けるのはかなりリスキーである。いくら平均よりも身体能力が高いからといって、小柄でスレンダーなマヤが鍛え上げた軍人の力に敵うわけがないのである。

マヤはマルテと距離がある間に、攻撃を仕掛けることにし、魔法を発動させた。


「『聖弓ホーリーアロー』」


先程のクロスボウとは違い、無数の天使の羽を形取った矢が空中に現れた。羽矢は全て闘技場を向いている。


「え。」


その数の多さに、マルテは顔をひくつかせた。

羽矢の数は、マヤの魔力を物語っていた。圧倒的な魔力の差に、マルテは言葉が出なかった。


「ええ〜……。ちょっと……」


この攻撃では逃げ場がない。それほどに矢の数が多いのだ。闘技場を覆い尽くすほどの多さである。あの攻撃が降り注げば、この場が崩れてしまい、場外になることは間違いない。


「マルテさん。」


マヤはマルテに声をかけた。


「私、マルテさんの従僕にはなれません。」


マヤは天使のような笑顔を見せた。無数の天使の羽矢をバックにしていると、本当に天使のように見えて来る。


「私、聖女ですから。」


そして、マヤの魔法が炸裂した。

一斉に勢いよく降り注いでくる羽矢に、マルテは防御魔法をはるものの、呆気なく無効化されてしまう。

闘技場は羽矢によって粉々に破壊されてしまった。そんな中、マヤが立っている場所だけ、羽矢一本なく無事だった。マルテは瓦礫の中でぺたりと座り込んでいた。ところどころにすり傷があり、痛そうに顔を歪めているものの、大きな怪我は負っていないようだった。


その目の前の景色に、審判も、司会者も、そして観衆達も何も言えなかった。


その様子を見ていたミカヅキも、目をパチクリとさせた。


「これが聖女の実力ですか。魔王様と同じくらいですね。」


四天魔の一人・マルテ。

確かに四天魔の中では魔力よりも身体能力の方が高いのだが、戦闘に関しては軍部のトップということもあり、抜きん出ていたはず。

同じ四天魔であるミカヅキは、まさかマルテが負けるとは思っていなかった。相性の良し悪し関係なく、明らかに魔力はマヤの方が上だった。


「そうだな。魔力は同じくらいだな。」


以前、勇者との戦いでおおよその実力は分かっていたニュイはさほど驚かなかった。


「動きも素晴らしかったですね。」

「ああ。何か60階の塔から飛び降りて全力疾走で魔王城に押しかけたんだと。」

「それはそれは。」


ミカヅキはまだ驚いていた。

そんなミカヅキを横目に、ニュイは深い深いため息ををつくのだった。


前代未聞の新人部隊の優勝。

その当事者であるはずの新人騎士達は、聖女マヤと四天魔マルテの試合に呆然としていた。

自分達が優勝出来たということよりも、今目の前で起きた試合の方がよほど衝撃的だった。


「すご……」

「てかさ。今まであの攻撃受けてきてたんだよな。」


自分たちが憧れて止まないマルテ。その相手に勝ってしまうマヤに鍛えられてきたのだ。思い出される地獄の日々のおかげで、力はついた。自信にも繋がった。


ーーそら鍛えられるわな〜。


新人騎士一同の心の声であった。


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