第7話 聖女、優勝を目指す
「さて!素晴らしい一戦目のあとは、こちら!今話題の聖女・マヤの登場だ!!!」
司会者の紹介に、観衆はざわめいた。嫌そうな表情で「何故アイツが」という雰囲気が会場中に漂っていた。けれどマヤはそんな周囲の声など気に留めず、観客席に向かって一礼した。そして対戦相手に向き直り、にっこりと微笑んだ。
「よろしくお願いします。」
マヤの相手は屈強な巨人族の騎士であった。向かい合うとマヤが小人のように小さくみえるほど、どっしりと巨大な相手である。巨人族の騎士はマヤの一礼にも反応を示さず、無言のままマヤを見下ろしていた。屈強な体格も相まってかなり威圧感がある。
しかし、そんな相手にもマヤは全く動じなかった。
「そして相手はこちら!巨人族のエース!わが魔王軍の期待の新人の登場だあぁー!」
地響きがするかと思うくらいの歓声が響いた。マヤの時とは正反対である。よほど人気の高い騎士なのだろう。マヤも目をパチクリとさせた。
「人気なんですね。」
しかし、相手からの反応はない。マヤが話しかけても、何事のないように、どっしりとその場で試合が始まるのを待っている。
審判は司会者の紹介が終わったことを確認し、マヤと対戦相手へと視線を向けた。
ピリピリとした雰囲気を出す巨人族の騎士と、穏やかな笑顔のマヤが互いに向き合ったまま、試合開始を待っているのを確認し、審判はすぅっと息を吸い込んだ。
そして、高らかに試合開始を宣言する。
「はじめ!」
その瞬間、白い光が2人を包み込んだ。あまりに咄嗟のことで、巨人は動くことができなかった。そしてふわふわと暖かい光が巨人の騎士を包む。
心地よい暖かさが次第に熱を持って巨人を焼けような痛みを与えていく。しかし、巨人の騎士は眉間に皺を寄せるだけで、耐えて見せていた。
そんな巨人の騎士に向かって、マヤは両手を広げ優しい笑顔を見せた。
「『祝福』を貴方に。」
そして、眩いほどの光が巨人の騎士を包んだ。
「ぎゃあああああおっ!」
焼けるような痛みに、巨人の騎士は白目を剥いて倒れた。どすん、という鈍い音が会場に響き渡った。
勝負は本当に一瞬だった。
例え屈強な巨人族であっても、マヤの聖魔法には耐えられなかった。マヤは倒れた巨人の騎士を見下ろして、肩を落とした。もう少し手応えがあると思っていたが、予想以上に魔族は平和ボケしているようである。
巨人の騎士はしばらく立ち上がれないだろう。
しかし、何故か審判の声が聞こえない。
マヤは不思議に思い、審判の方を向いた。
「あ。」
巨人と同じように少し焦げた様子で審判が倒れていた。
そういえば、会場も全く反応がない。マヤは、静まり返る会場へと視線を移した。すると、観客たちも同様に少し焦げた様子で気を失っていた。
「本当何かしらやらかしてくれるな。」
「魔王様!」
誰もが気を失っている中、平気であったらしいニュイが審判の横までやってきた。
「力加減間違えて会場全体にかけるな。」
ニュイはため息をついた。そして、マヤを通り過ぎて審判のそばへと近寄る。ニュイは審判に回復魔法をかけた。すると、うめき声を上げながら、審判が立ちあがった。
まだ完全に回復しているわけでは無く、ところどころが焦げついている。
「審判、決着はついただろう。」
「ま、魔王様!」
審判が周囲を見渡すと、巨人は倒れたままピクリとも動かない。さらに会場全体で倒れている魔族が多数いる。
「しょ、勝者!マヤ!なお、この試合は右軍側の戦闘不能のため不戦勝とし、新人部隊の勝利とします!」
マヤは満足そうに微笑んだ。
「それでは魔王様、私の戦い、見ててくださいね。私、頑張りますから!」
「いや。お前はあまり頑張りすぎるな。周囲の被害が大きくなる。」
「頑張りますよ。私はこの大会で優勝を目指していますから。」
「ふ。そうだったな。」
ニュイはすぐにその場から離れて行った。そしてマヤも控え室の方へと向かっていった。
後に、目を覚ました観衆達は口を揃えて「地獄を見た」と言った。その地獄を生み出した聖女の存在は、魔族から恐怖の象徴として怯えられることになるのだった。
マヤが控え室に戻ると、ちょっと焦げている騎士達が待っていた。マヤの聖魔法に耐える用意をしていたので、気を失う程ではなかったようである。
「お疲れ様でした。さすが、聖女様です。」
「ありがとうございます。皆さんも先程の聖魔法を防いだんですね。さすがです。」
マヤは騎士たちの様子をじっと見つめた。
「でも、皆さん。」
そして、首を傾げるように問いかけた。
「ちょっと手を抜いていませんか?」
こてん、と首を傾げるマヤに全員全力で首を横に振る。
「そんなことありません!」
「そうですか。みなさん、もっとできるんじゃないですか。」
「全身全霊全力を尽くしております!」
「なるほど。」
騎士一同、阿吽の呼吸で必死に伝えてくる。その様子に、マヤは納得したように頷いた。
騎士たちはそれに安心してしまった。
「では鍛錬が足りなかったようですね。」
マヤは悩ましい、と言わんばかりに眉根を下げてそう漏らした。
「!?」
その言葉に、騎士たちは耳を疑った。嫌な汗が流れ始める。聞き間違いであってくれ、と誰もが思った。
「幸い決勝までまだ時間があります。そうだ。皆さんに魔法をかけましょう。全力以上を出していなかったら聖魔法がかかります!」
楽しそうにそう言ってのけたマヤに、騎士たちは目眩がした。
「もちろん、私も全力でかけます!」
「ご勘弁を!」
騎士たちは心の底から叫んだ。
◆◆◆
それから、なんとかマヤの魔法を回避した騎士たちは、そこからそれはもう必死に頑張った。
全ては己の身を守るため。
未来の地獄を回避するため。
今まで以上に全力を尽くした。そんな必死な新人部隊の戦いに観衆たちは皆、熱狂した。そして皆が口を揃えて「今年の新人は豊作だな。初々しさが全くないけど。」と評価した。
けれど周囲の評価など、騎士たちには関係なかった。マヤへの恐怖心が何よりも原動力となっているのだ。
だが、そのおかげもあってか、前代未聞の新人の決勝進出が決まったのである。
「みなさん、お疲れ様です。ようやく決勝戦ですね。」
最初の頃はまだ余裕もあった騎士たちだが、準決勝ではやはり実力者を相手にしたこともあり、疲れが見えていた。所々に怪我もしている。
「休憩時間にしっかり体を休めておいてくださいね。」
本当は回復魔法をかけたいところだが、マヤがかけるとトドメをさしてしまいそうなので、やめておいた。
その代わりに回復ドリンクを貰おうと、マヤは受付へと向かった。控え室を出て、静かで暗い廊下を歩いていく。
「マヤちゃん。」
「マルテ様。」
控え室を出ると、そこにはマルテがいた。
「すごいじゃない。新人が準決勝まで来るなんて、前代未聞よ。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
マヤは一礼した。
「本当はマヤちゃんの泣き顔が見れると思ってたんだけどな。」
マルテは残念そうにため息をついた。そのため息はなんとも色っぽかった。
そんなマルテに、マヤは少し寒気を感じ眉間に皺を寄せた。
「嫌がってたり泣いたりする顔って、ゾクッとしない?」
恍惚としたマルテの表情に、マヤは全身鳥肌が立った。
「私……一応聖女なので、そういう趣味は持ち合わせていません。」
マヤはマルテから一歩離れた。
「そう?マヤちゃん、素質あると思うけどな。」
「ありません。」
「ふうん。でも私はマヤちゃんの泣き顔見たいな。」
「やめてください。」
マヤは本気で引いた。嫌そうな表情のマヤに、マルテは満足そうに笑った。その笑顔がまたなんとも色っぽくてマヤはどんどん怖くなっていった。
「じゃあね、マヤちゃんが負けたら私の従者になる、ていうのはどう?」
「従者、ですか?」
マルテの思わぬ提案に、マヤは警戒しながら尋ねた。
「そう。ニュイ様からこの大会で優勝しなかったら出て行けって言われてるんでしょ?だったら私のところで可愛がってあげる。」
「どうして、ですか?」
「マヤちゃんが新人たちをここまで鍛えたのはすごいと思うの。だから、ただ追い出すのは惜しいな、て思っちゃったんだ。」
「……それだけですか?」
「もちろん!マヤちゃんをもっと弄って遊びたいな、って思ったのもあるよ」
マヤはため息をついた。しかし、悪い話ではない。実際優勝できなかったら行き場を失ってしまうのだ。
ーー負けるつもりは全くありませんが。
「いいですよ。」
マヤは頷いた。マルテは、パッと表情を明るくした。その笑顔は、純粋に嬉しそうな笑顔であった。
「ふふ。決まりね!」
「はい。では、決勝で。」
そして2人は互いに背を向け合い、離れていった。
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