第6話 魔王は心から願う



 あれから時は過ぎ、模擬大会当日がやってきた。

 軍部の中でも一際広い闘技場が模擬大会の会場となる。この闘技場は軍部の中でもトップクラスの騎士達が日頃使っている場所であり、多くの騎士の憧れの場所である。そんな場所に集まった騎士達は、楽しげに他の部隊の騎士と交流している。中には互いに興奮し、夢を語り合っている姿も見える。和気あいあいとした雰囲気はまるでお祭りのようであった。


 しかし、その雰囲気を一変させる一団がやってきた。


「何だあれ。」


闘技場の入り口近くにいた一人の騎士が、ピリッとした雰囲気に後ろを振り向くと、そこには傷だらけの騎士達がこちらへと向かってきていた。

 誰もが死を覚悟したかのような真剣な表情をしており、歴戦を潜り抜けてきた精鋭達ような雰囲気だった。


「おーい。早く行くぞ。」

「なあ、あれ。」

「ん?」


後から来た騎士は首を傾げて視線を移した。

 そんな二人のやり取りにつられて、周囲にいた他の騎士達も自然と視線を移した。


「あれ?あの子、ついこの前入った新人じゃないか?」

「ねえ、あの先頭にいるのって……」


傷だらけの騎士達の先頭には穏やかな表情をした無傷の聖女がいた。

 傷一つなくいつもと変わらない聖女と、その後ろに続く戦地にいるかのような新米騎士達の雰囲気は、とても両極端で、その異様な雰囲気に誰もが口をつぐんでしまう。

 一団は呆然と立ち尽くす騎士の前で足を止めた。


「こんにちは。」


マヤがにこやかに話しかけた。騎士は何も言えずに立ち尽くしている。


「受付は、どちらでしょうか。」

「あ……え……」


騎士は言葉にならず、震えながら受付の方を指さした。マヤは指さされた方へ視線を移す。遠くに小さなテントが見える。

 アルコは一人受付の方へと向かって走っていった。


「ありがとうございます」


マヤはお礼を述べて、騎士の前から去っていった。

 テントでアルコが受付をしている姿が見える。マヤは周囲の様子を伺いながらのんびりと受付へと向かった。

 模擬大会、というわりに周囲はお祭り騒ぎのような賑やかで楽しげな様子だった。そんな雰囲気に、マヤが率いる騎士達はがっかりしていた。


「おい見ろよ。」


離れた場所で、新調した武器を見せびらかす騎士を見つけ、思わず鼻で笑った。


「何て気楽な……ここは戦場だぞ?」


同調するように他のメンバーも呆れた。


「全くだ。いつ、何が起こるかわかったもんじゃないのに。」


お祭りのように盛り上がった雰囲気の中、この集団だけ面構えが違う。明らかに戦いに挑む心構えが違うのだ。他の騎士達は「たかが模擬戦」と軽い気持ちで力試しに臨んでいた。

 しかし、マヤが鍛えた部隊は違う。

 この日のために幾度も死にそうな目にあった。嫌と言うほど聖魔法を浴びせられたおかげでちょっとやそっとの魔法攻撃を痛いとは感じなくなった。何をされても「聖女よりマシ」と思えるようになり、精神的にも肉体的にもかなり鍛えられた。

 まあ、逃げたくても逃げられなかったのだが。

 とにかく、そんな思いをして挑んだ今回の大会。

 必死の思いで準備してきたのに、周囲はお祭り状態なのだ。


「聖女様〜。」


一枚の紙を握りしめて、アルコがパタパタとかけてくる。アルコも他の騎士達同様に鍛えられてきたはずだが、昔と変わらず明るく爽やかなままだった。ニコニコと笑いながら走ってくる様子に、騎士達はちょっとだけ心が癒された。


「アルコさん。ありがとうございました。」

「いいえ!大したことないですから!それより、初戦の相手、決まりましたよ。」


そう言ってアルコは紙を差し出した。マヤはそれを受け取り、すぐに目を通した。


「この方たちですか。」


アルコが渡した紙はトーナメント表だった。

 3回勝ち進めば準決勝となる。マルコが率いる部隊は反対側で、勝ち進めば決勝戦で戦うことになる。この模擬大会は精鋭部隊と新米部隊以外は、基本的には希望の部隊のみが出場するため、本来ならもっと多くの騎士達がいるのだが、出場している数はそれほど多くはない。騎士の中でも業務があって出場できない者も、観戦して勉強したい者も、このお祭り騒ぎを楽しみたい者もいるのだ。マヤは思ったよりも出場者が少ないと思いつつ、対戦相手を思い浮かべた。


「右軍の陸隊の方達ですね。」


軍部は、マルコをトップに、その下に精鋭第一部隊がある。そしてその下は左軍と右軍にわかれ、それぞれに陸海空の部隊がいる。他にも情報特化の特殊部隊や魔王城の門番等の護衛隊等、業務や特性・能力によって分けられている。

 新米部隊はそのどこにも属していない。いわゆる研修生のような立場で、お試しに様々な部隊に配属される。

 そして今回の初戦の相手はマヤ達の一つ上の部隊、つまり新米を卒業したばかりの騎士達である。


ーー妥当なところですね。


マヤは後ろを振り返り、これまで鍛え上げてきた騎士達を見つめた。

 マヤの視線に皆緊張感が走る。恐れることなんてない穏やかなマヤの笑顔が、なによりも怖いのだ。


「さあ。」


マヤは天使のような笑顔で悪魔のような言葉を吐く。


「地獄を見せてあげましょう。」


 地獄を見せないと、自分たちが地獄を見る。

 本能がそう告げる。

 騎士達はぎゅっと拳を握りしめて、「勝たねば」と強く思った。

 マヤの理不尽さへの憤り、周囲の幸せへの嫉妬、そして何より指導してきた聖女への恐怖、それが彼らの力の源だった。



◆◆◆



「さあ!はじまりました!年に一度の模擬大会いぃー!!!」


高らかに宣言と共に、大きな花火が上がった。

その音に同調するように、観衆も「わあ!」と声を上げる。


「さあ、今年も精鋭部隊が優勝するのか!はたまた番狂わせが待っているのか!運命のトーナメントはこれだあ!」


司会者のぱちん、という音と共に、空中に映像が映し出された。それはトーナメント表であり、会場は「おお」と、わく。


「では第一回戦!新人部隊対右軍陸部隊!今年の新人は先輩相手にどこまで出来るのか!」


司会者がびしっと指をさした方には、マヤ率いる新米部隊がすでにそこに並んでいた。

 「がんばれー!」という温かい声が会場中から聞こえてくる。


「初々しくない。」

「百戦錬磨の顔してる。」

「希望に満ちた目をしていたのに、百戦乗り越えた玄人のような表情……初々しさはどこに?」


しかし、ちらほらと雰囲気の違う彼らに疑問の声も上がっていた。


「そして右軍陸部隊は一年でどれだけ成長したのか!」


次は反対側に並んでいた騎士達が紹介される。


「今回の対戦は、1対1で戦い、早く3回勝利した部隊が勝利となります。一度出た選手が連続して出ることは出来ません。武器・魔法等の使用は認められますが、相手を殺す攻撃はルール違反となります。相手に負けたと言わせるか、戦闘不能にするか、そして場外にするかで勝利とします。また、審判が戦闘続行不能と判断した場合は審判によって勝敗が決められます。さて、一戦目は両者誰を出すのか!」


司会者の声で、アルコが一歩前に出た。そして、相手側からも一人のすらりとした女性騎士が出てきた。マヤ達は、闘技場から出て、準備された控室へと向かった。

 控室は闘技場のすぐ近くにあり、アクリル板によって仕切られているので、戦いの様子も見ることが出来た。そして簡易的なロッカーと救急セット、そして軽食と飲み物も置いてある。


「あ。この紅茶美味しいです。」


マヤは優雅に紅茶を飲み始めた。騎士達はマヤの快適な空間づくりのためにテキパキと動いている。もはや執事や従者のような手際の良さである。


「聖女様。アルコで大丈夫でしょうか。」

「ふふ。心配いりませんよ。」


アルコは新米部隊の中でも1番の新米で、どれだけマヤに鍛えられていようと、もともと経験が少ないのだ。


「知らない方もいるかと思いますが、実はアルコさんとは特別訓練をしていたんです。」

「え。あ、あの訓練の後にですか?」

「はい。」


 騎士達はゾッとした。

 何度も死にかけたあの訓練の後に、さらに「特別訓練」をしていたなんて、想像するだけでも吐き気がする。


「アルコさんは大抵のことは3日程で忘れてしまうようでしたから、なかなか大変でした。さすがに最後の方は頭で覚えていなくても体が覚えてくれたようですが。」


そしてマヤは闘技場のアルコへと視線を移した。


ーー頑張ってください、アルコさん。


アルコは、対戦相手と向き合い、睨み合う。ニヤニヤと勝利を確信したような自信に溢れた笑顔にも、アルコは全く動じない。


「はじめ!」


審判の掛け声で、試合が始まる。

先に動いたのは対戦相手の方だった。


「『岩剣』!」


呪文を唱えて大地に向かって手をかざすと、ゴゴゴという音と共に地面が隆起し始めた。そして、一本の大剣を形作り、対戦相手はその大剣をしっかりと握りしめた。その剣を軽々と持ち上げて、アルコに突き出した。

 アルコは翼を広げ、空中へと逃げようと構える。


「逃がさない」


対戦相手は獣人のようで、かなりのスピードでアルコとの間合いを詰めてきた。アルコは咄嗟のことに反応できず、目を丸くした。


「ごめんなさいね。」


対戦相手がニヤリと笑って剣を振りかざした。

 アルコは手をピストルの形にして、対戦相手のおでこに狙いを定めた。


「『風銃』」


アルコが唱えると、一陣の風が鋭く駆け抜けていった。まるで鎌鼬のように対戦相手の至る所にかすり傷をつけていく。相手はその攻撃で体制を崩し、大剣を下げた。それでも一つ一つの怪我はほんのかすり傷程度で、大したことはない。相手もすぐに持ち直し、アルコのほうに向き直った。

 が、すでにそこにアルコの姿はなかった。

 はっとして上を向く。


「しまっ……!」


上にはアルコが弓を構えていた。


「『風弓』」


アルコが放った弓は風を巻き起こして地面に突き刺さった。その瞬間、風が渦を巻いて巻き起こり、対戦相手を吹き飛ばした。あまりの風の勢いに、なす術なく吹き飛ばされ、そして呆気なく場外へと出てしまった。


「場外にて、勝者!アルコ!」


風が落ち着き、しん、と静まりかえった場内に、審判の声が響く。


「おおーーー!!!なっ、何ということでしょう!あっという間に決着がついてしまいましたあぁー!!」


何が起こったのか分からなかった観衆も、司会者の言葉で、一斉に湧いた。物凄い歓声が会場中に響き渡り、アルコも緊張の糸が切れたように、へにゃりと笑った。


「あれが……新人?」

「嘘だろ。」

「お、おい。次。聖女が出てきたぞ。」

「どこまでできるんだろうな。」


会場の中に、アルコと入れ替わるためにマヤが入ってきた。


「聖女様!ドキドキしちゃいました!」

「アルコさん、とても素晴らしい試合でしたよ。おめでとうございます。」

「へへへ〜。ありがとうございます。」


初めての勝利に、喜びをくせず、アルコはニヤニヤと笑いながら体をくねらせていた。


「私も頑張ってきますね。」

「え。」


アルコは我に帰った。


「次、聖女様が出るんですか?」

「はい。」

「はやく、ないですか?」

「もういいかな、と思いまして。」

「え?」


マヤは天使のように優しい笑顔を見せた。


「あの程度なら、もう一発で終わらせちゃっていいかな、と思ったんです。」


アルコはさっと顔を青くした。


「では、行ってきますね。」


アルコはガクガクと震えながらマヤを見送った。そして足早に控室へと向かっていった。


「たたたた大変です!聖女様が!」


勢いよく入った控室は、すでに臨戦態勢に入っていた。騎士達一人一人が防御魔法をかけ、人数分の防御魔法がこの部屋にかかっていたのだ。


「何してるんだアルコ。早く入って魔法をかけるんだ。聖女様がどこまで力を出すか分からない以上、何が起こるか分からないんだぞ。」

「……はい。」


アルコは言われるがまま、部屋の中に入り、防御魔法をはった。経験に基づいた予防に、騎士一同本気で防御魔法をかけていた。何事もない事を誰もが祈りながら、何も起こらないはずがないと確信していた。



戦いを見物していた中に、ニュイとミカヅキの姿もあった。闘技場の中でも試合が見やすい特等席で、のんびりと試合を見守っていたのだ。


「今年の新人、やるじゃないか。」


まだまだ粗い部分は多々あるものの、かなり努力してきたことがわかる。


「マヤ様が鍛えたみたいですから。」

「よくここまで鍛えたものだな。」

「そうですね。練習について尋ねても本人たちは一様に口をつぐむし、練習中は結界を張られているので、どんな練習か詳細はわかりませんが。」

「怖。」


そして、マヤが出てくる姿が見えた。

 久しぶりに見たような気がするマヤの姿に、ニュイはどんよりとした気持ちになった。


ーーお願いだから、穏便に、平和的に、試合を終わらせてくれ。


 心からそう祈っていた。

 その祈りが、届かないものであるとわかりながらも、すがる思いで祈るのだった。



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