第5話 聖女、特訓する
早速マルテは、マヤを連れて軍部の方へと向かっていった。
「まずはね、マヤちゃんの実力がわからなかったから、新米と一緒の部隊に入ってもらうことにしたの。一から頑張ってね。」
新米ばかりの部隊、と言うことは今のところ最弱の部隊で、大会で優勝を目指すには何とも不利な配属をされてしまった。しかし、仕方ないといえば、仕方ない気もしていた。
魔族の国に押しかけてから数週間しかたっていないのだ。その間にマヤが実力を見せたことなど、ほとんどない。
「あ。いいところに。」
足を止めたマルテは、遠くを歩くショートボブの女性に目を止めた。鳥類の足を持ち、鳥の羽を生やしたハーピーだった。着ている服はマルテの着ているものと同じ軍服であり、騎士の1人であることに間違いなかった。
「アルコちゃあーん」
マルテが手を大きく振って、女性の名前を呼んだ。アルコと呼ばれた女性は、こちらの方を見ると、パッと表情を明るくした。
何とも人懐っこそうな愛想の良い女性だった。
「はい!マルテ様!」
アルコは歩くのではなく、飛んでこちらにやってきた。すらりとした凹凸の少ないスレンダーな体型をしているが、無駄のない筋肉のついたスポーツマンといった風貌だった。
「アルコちゃん、今からそっちに行くから、みんなを集めてくれる?紹介したい人がいるの。」
「はいっ!」
マルテの指示を聞き、アルコは再び空へと飛び立っていった。
「彼女も、マヤちゃんと同じ部隊の子なの。」
「アルコさん、ですか。」
「彼女、とってもいい子なのよ。」
そう言って微笑むマルテの笑顔は、やっぱり底の見えない不気味さを秘めていた。
マルテに連れられてきた場所は、軍部の一番隅っこにある鍛錬場だった。こじんまりとしているものの、練習や鍛錬を積むには丁度いい広さを持っていた。そして、そこにはすでに整列している騎士たちがいた。
「みんな、元気にしてた?」
「はい!マルテ様!」
のんびりした話し方をするマルテとは逆に、一矢乱れず声を揃えて敬礼をしてくる。その中には、先ほどのハーピーの騎士・アルコもいた。その様子に、マルテは変わらず優しく微笑むだけだった。
「今日からこの部隊に一人仲間が増えることになったの。」
思わぬ発言に、騎士たちの動揺は隠せていなかった。マルテに促され、マヤは一歩前に出た。
「マヤです。今日からよろしくお願いします。」
そう言って一礼する。
マヤが顔を上げると、じっとりとした怪訝そうな視線を向けられていた。
「人間じゃん。」
「裏口?」
ボソボソと聞こえてくる悪口は、わざとマヤにも聞こえるように話されているようだった。「なぜ」「忌々しい」「嫌だなあ」そんな言葉が次々と聞こえてくる。
マヤは後ろからトントンと軽く肩を叩かれ、振り向いた。
そこには、底の見えない優しい笑顔をしたマルテがいた。
「ニュイ様からも聞いたでしょ。ここは実力主義。ここに入るためにも皆努力してきているの。貴方も悔しかったら力でねじ伏せなさい。」
マルテの言葉に、マヤも頷いた。
「そうですね。」
あら?とマルテは目を丸くした。絶望するとばかり思っていたが、マヤは目の前で悪口を言われてもあまりショックを受けていないように見えた。
「確かに私は皆さんから見たら気に食わないでしょう。」
マヤは声を張り上げて話を始めた。その行動に、マルテも驚きを隠せない。マヤの言葉に、異論のない騎士たちも、何も言えずしん、と静まり返ってしまった。
「では、皆さん。」
天使の羽が舞うかのような優しく穏やかなマヤの笑顔は、まさしく聖女そのものだった。
「手っ取り早く決闘してみましょう」
しかし、その後に出て来たセリフはとても聖女のものとは思えなかった。予想外のセリフに、騎士たちは再び動揺した。
「ふふ。それも楽しそうね。まあ、頑張ってね、マヤちゃん。」
マルテはそう言って、去って行った。取り残された新米の騎士たちは互いに顔を見合わせ、ざわめくばかりである。
そんな中で、1人の騎士が手を上げた。
「あなたは……」
アルコであった。彼女はマヤに負の感情を向けているわけではなく、キラキラと瞳を輝かせていた。
「聖女と戦う機会なんてそうあるものではないですから。ぜひ戦ってみたいです。」
「ええ。ぜひよろしくお願いします。」
模擬試合大会は、円形の闘技場で行われるという。
そのため、マヤとアルコも円形のラインを引いて、試合を行うことにした。円を囲むように騎士たちが試合を様子を見守っている。
「それではアルコさん、相手が戦闘不能になる、もしくは線から出ると負けということで。よろしくお願いします。」
「はい!」
アルコは弓を持っていた。自由自在に空を飛べる点においても、マヤよりもアルコの方が圧倒的に有利に見えた。
勝負あったな、と他の騎士たちは鼻で笑いつつ様子を伺っていた。
「では行きますよ!」
アルコが早速空へと舞い上がった。そして、上空から弓を構える。
マヤは、アルコの姿を捉えようとするも、太陽の光が眩しくてなかなか捉えることができなかった。アルコは狙いを定めて弓を放った。
勝負あったな。
その場にいた騎士たちの誰もがそう思った。アルコでさえ、「やった」と小さくガッツポーズをした。
しかし、アルコの弓が、マヤに届くことはなかった。
パキィン!
金属同士が響き合うような、何かに弾かれたような音がその場に響いた。そして、マヤのそばには真っ二つになった弓が落ちている。
騎士たちも、アルコも、何が起きたのか全く分からなかった。ただただ目を丸くして真っ二つになった弓と、平然と立っているマヤを見つめることしかできなかった。
「『祝福』」
マヤがそう唱えると、フワフワと丸くて白い光が漂い始めた。最初は少しだけだったその光の玉も次々と数を増やし、円形の会場だけでなく、あたり一帯を覆い尽くすように増え始めた。
「ぎゃ!」
光の玉にぶつかった騎士の1人が叫び声をあげてその場に蹲った。かと思うと、次々と騎士たちが呻き声や叫び声をあげて倒れていく。空中でその様子を見ていたアルコには、何が起きているのかさっぱりわからなかった。しかし、今下に降りるのはとても危険だということだけは感じ取っていた。
「アルコさん」
急に名前を呼ばれ、アルコは肩が大きく跳ね上がった。
「あなたにも、私からの祝福を」
「え」
マヤからそう言われた次の瞬間、アルコは全身に焼けるような痛みを感じた。ジュウジュウと音を立てて、自分の体が溶けていく感覚を覚える。その痛みに耐えきれず、アルコはゆっくりと地上へと降りてきた。
「今はゆっくりと休んでください、アルコさん。」
優しいマヤの微笑みを見て、アルコは「ああ、負けたんだな」と感じた。そして、マヤの言う通り、ゆっくりと瞼を閉じて、眠りの世界へと入って行ったのだった。
『祝福』ーーそれは、魔族以外の種族の能力を倍増させる魔法。しかし、魔族が受けるとそのものを浄化する魔法なのである。
アルコが気を失ったことを確認すると、マヤはふう、と一息ついた。
そして周囲を見渡すと、そこは死屍累々。
マヤの聖魔法に、新米騎士たちは誰1人として耐えられるものがいなかったのだった。
◆◆◆
「皆さんの実力は分かりました。」
騎士たち全員が目を覚ました頃には、もう夕方になっていた。ちなみにアルコはまだ起きていない。マヤの聖魔法『祝福』を全身で受けたため、怪我が誰よりも酷かったのだ。むしろ攻撃されたわけでもない騎士たちは、何故あれくらいで倒れたのだ、とマヤは不思議でしょうがなかった。
それは騎士たちも自覚があったようで、何も言えない表情でマヤの前に並んでいた。目を覚ました騎士は、有無を言わさずマヤから「整列してください」と命じらたのだ。
「まず、そもそも体力が足りません。毎日42.195km走りましょう。腹筋背筋、あと体幹も鍛えないとですね。それと、圧倒的にメンタルが弱いんです。」
「いや、聖女様の感覚がおかしいんじゃ……」
思わず1人の騎士がそう漏らした。
「私はおかしくありません。」
そう言ってマヤは騎士を『祝福』した。悲痛な叫び声が響き、騎士はその場に倒れ込んだ。マヤはその騎士のもとへと歩み寄り、肩に手を添えた。
「倒れている暇はありませんよ。さあ、立ってください。それとも『回復』が必要でしょうか」
『回復』も聖魔法の1つである。魔族以外の体力や魔力を元通りに回復させる魔法なのだが、魔族に使うとその逆の現象が起きる。つまり、魔族の体力や魔力をごっそりと抜き取ってしまう魔法となるのだ。
ゾッとした騎士は、よろよろと立ち上がった。立っているのもやっとのようで、足がガクガクと震えている。
「打たれ強くならないと、騎士としてやっていけませんよ。」
なんとか立ち上がった騎士ににっこりと微笑みかけ、激励の言葉を送る。
しかしそんなマヤの姿は、今の騎士たちにはとても聖女には見えなかった。
「そうですね。」
マヤはうーん、と首を捻った。どうやったら打たれ強くなるのか考えているのであろう。騎士たちは心の底から願った。
ーーどうかまともな案であってくれ!できれば身体的に害のないもので!
しかし、その願いは届かない。
「とりあえず、聖魔法をかけるので、とにかく耐えて下さい。」
「「!?」」
「大丈夫。死にませんから。」
騎士たちの視線は自然と先ほど『祝福』された騎士へと注がれる。
これが、未来の己の姿。
しかし、文句も言えない。ただそこにある未来予想図を受け入れるほか、選択肢は残されていなかったのだ。
「新人の方と聞いたのですが、やっぱり実践経験も足りません。毎日私と勝負です。私に勝ったらこの訓練は卒業です。」
ファインティングポーズをとるマヤに、騎士たちは顔を青くした。
「質問です。」
1人の騎士が恐る恐る手を挙げた。
「はい。何でしょう」
「聖女さんの基礎レベルを教えてくれませんか?」
この世界には、魔法や身体能力によって決まる基礎レベルというものがある。魔法のレベルがどんなに高くても身体能力が高くなければ、そこそこの基礎レベルになるのだ。平均的な魔族の基礎レベルは100レベル中、25前後と言われている。ここにいる新米騎士たちは、それなりの試験を突破して配属されたものたちのため、平均すると30くらいのレベルである。
「基礎レベルは80です。でも私は聖魔法しか使えません。」
レベル80。
あまりの高レベルに騎士たちはめまいを覚えた。実力主義のこの国で、一番高レベルの存在である魔王が、確か同じレベルだった。
つまり、魔王を相手にしているようなものなのだ。
「無理ゲーなんですけどおっ!」
急に現実逃避をし始めたメンタルの弱い騎士が、列を乱して逃走した。
「あ。逃げたら危ないですよ。」
マヤはそんな逃げ出した騎士に、優しく声をかけた。
しかし、他の騎士たちは首を傾げた。
ーーえ?危ない?
何が危ないというのだろうか。なんだか嫌な予感しかしない。そんな騎士たちの予感は悲しいことに的中してしまうのだった。
「ぎゃあああああああっ!」
少し離れた場所まで逃げたところで、叫び声が上がった。そして、先ほど見た『祝福』とは比べ物にならないほど強烈な光を放って魔族が浄化されたのだ。
ーー何あれ……。
知りたいけど、知りたくない。怖いから、できるなら知らないままでいたい。騎士たちは一同顔を真っ青にして浄化されてその場に倒れている騎士に同情した。
「皆さんがいる場所の外に聖魔法の罠を仕掛けました。脱走しようとしたら魔法が発動します。気をつけて下さいね。」
にっこりと微笑むマヤの姿は、後々、騎士たちのトラウマになるのだった。
「さあ。」
マヤは、ぱん、と手を叩いた。
「皆さん、いつまで立ち尽くしているんですか?」
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