1章

第4話 聖女、軍部に入る



 勇者を追い返したというニュースは、瞬く間に魔王城に広まった。


「勇者を追い返したらしいぞ!」

「え!さすが魔王様だな!」

「いや。聖女らしい。」

「はあ?聖女って勇者の味方なんじゃねえの?」

「まあ……聖女、あれだから。」

「あ。……そう、だったな。あれ、だもんな。」

「やば。本人来たぞ。」

「お……おい!道を開けろ!」

「ひぃっ。」


 噂話に花を咲かせざわめく廊下を、マヤは悠々と歩いていた。

 勇者・ヒナと別れたのはつい昨日のことであるというのに、噂というものはいとも簡単に広がっていくものである。

 噂話をする魔族たちは一様に、複雑な表情を浮かべている。

 ここ数日で、マヤがいかに聖女らしくない聖魔法使いだということは、知れ渡っていた。なんの目的でこの城にいるのか、噂で人間を滅ぼすため、と聞かされても俄に信じられなかった。それが勇者を追い返した、となれば、あの噂は本当だったのだろうか、と誰もが疑問に思うのだ。

 

 そんな、疑心暗鬼な視線を一身に浴びながら、マヤは今日も変わらず魔王の部屋へと向かうのだった。


「おはようございます、魔王様。今日こそ人間を滅ぼしに行きましょう。」

「嫌だ。」


 無遠慮に扉を開けて、朝の挨拶のルーティーンになっているセリフを言う。そして、ニュイもお決まりのようにお断りのセリフで返した。

 しかし、部屋にはいつものメンバーのほかにもう1人、見慣れない女性の姿があった。ふわっとした髪をポニーテールにした妖艶な美女だった。騎士たちと同じ軍服を着ているが、胸元は大きく開けられており、さらにきちんと軍服を着ているにも関わらず彼女の体のラインがはっきりとわかる。出るところはでて、くびれているところはしっかりとくびれている。まさに、女性の憧れのスタイルだった。

 ニュイと話していた様子だったが、気分を害した素振りもなく、優しく微笑んだ。その笑顔も男性が見たら見惚れてしまうのではないかと思うほど、色気のある笑顔だった。

 

「貴方が、聖女?」


色っぽい彼女の仕草に、マヤも見惚れてしまっていた。問いかけられて、ようやくはっとして、お辞儀する。


「はじめまして。マヤと言います。」

「私はマルテ。軍部のトップで四天魔の1人よ。」

「よろしくお願いします。」

「ふふ。こちらこそ。」


『四天魔』という聞きなれないフレーズにマヤは内心引っかかっていた。

 互いに自己紹介を終えたところで、マヤはニュイの方を見た。


「魔王様、時間を改めますね。お邪魔しました。」


そう言って、マヤはそそくさと部屋を後にするのだった。何も言わずに、マヤが部屋からでていくのを見送ったマルテは、ニュイの方へと視線を戻した。


「ニュイ様、聖女はいつもこんな感じなのですか?」


ニュイは疲れた表情で頷いた。


「ああ。最近、ずっとな。紙芝居とか聞かされる。」

「紙芝居?」

「聖女様なりに分かりやすく誠意を伝えているんだと思います。」


 ニュイのそばに控えていたミカヅキがフォローを入れる。しかし、マルテは紙芝居でどうやって誠意が伝わるのだろうかと、疑問に思っていた。

 一見、無害な少女に見えるマヤを思い出し、マルテは、にっこりと微笑んだ。


「ニュイ様、私に提案がありますの。」

「提案?」

「一ヶ月後、軍部では模擬試合大会が開かれます。その大会に聖女様も参加してもらうんです。大会はチーム戦ですから、聖女様には一つの部隊を優勝に導いてもらうのです。出来なかったら、魔王城から出て行ってもらう。という条件で。」


 マルテの案に、ニュイは「そうだな」と頷いた。

 魔王城での出来事から勇者を追い返した先日の出来事までを振り返ると、聖女はかなり強力な魔力を持っていることに間違いはなかった。まだ敵か味方か区別の付いていないこの状況で、マヤの実力を見る良い機会にもなる。そしてあわよくば追い出せる。

 ニュイは、ニヤリと笑った。


「良い案だな。やってみよう」

「ええ。ぜひ。」


 淡い期待に笑みをこぼすニュイを、ミカヅキはじっと見つめていた。


ーーそう簡単にいくのでしょうか。


 たった数日で数々の伝説を残しているマヤ。

 模擬試合大会でも何かしらの騒動を起こすのではないだろうか。

 そんな予感を、ミカヅキは感じているのだった。



◆◆◆



 魔王の部屋を後にしたマヤは、そのままいつも通り、掃除をするためにブラウニーたちのもとへと向かった。ブラウニーたちは、魔王城の厨房を抜けたバックヤードを溜まり場にして休憩いている。そこでそれぞれが今日掃除する場所を話しているのだ。

 いつもよりも早い時間に現れたマヤを、ブラウニーたちは驚きながらも、歓迎してくれた。


「おお!今日は早いじゃねえか。」

「はい。いつもの用事が後回しになったので、早めに来ました。」

「そうかそうか。ちょうどみんな今から掃除の場所を決めようとしてたんだ。マヤちゃんはどこが良いんだ?」

「どこでも良いですよ。それより、皆さん、1つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」

「『四天魔』」て何ですか?」


マヤの質問に、ブラウニーたちはキョトンとして目を見合わせた。


「あー……。魔王様の側近ってところかな。」


 そして、ブラウニーたちは、丁寧に話し始めてくれたのだった。


 即位3年目の新米魔王ながら歴代一の魔力を持つ最強魔王・ニュイ。

 しかし、ニュイは慎重な性格ゆえに歴史上最も魔王に向かない魔王とも言われていた。そんな彼女が3年間魔王として君臨し続けて来れたのは、有能な補佐官達が彼女のメンタルを支え、後押しして国政を執って来たから。

 今の国があるのは、魔王ニュイの絶大な魔力と、そしてそんなニュイを支える4人の補佐官のおかげなのである。


「それが『四天魔』てわけよ。」

「なるほど。」

「魔王の側近ミカヅキ様、事務局のトップ・ピスシス様。そして研究部のルーナ様、そして最後の一人が軍部をまとめるマルテ様。」

「そうなんですね。」


先ほど魔王の部屋にいた妖艶な美女が軍のトップだったとは、マヤは少し意外だった。そして、有能だとは感じていたが、ミカヅキもまさかそこまで偉い存在だったとは知らなかった。


「皆普通の魔族じゃ相手にもならんくらい強い方達だよ。」


そしてブラウニーたちは四天魔の誰が一番魅力的か、誰のファンか、という話で盛り上がり始めていた。「やっぱミカヅキ様だろ」「いやあ、マルテ様に惚れない男はいないだろうよ」「俺もミカヅキ様かな。他の方達は遠目で見るくらいだし」「ピスシス様を見たらそんなこと言ってられないって!」「それを言うならルーナ様だってすごいんだぞ!」などなど。だが、どうやらブラウニーたちの中ではミカヅキ派が多いようであった。


「私も、仕事しなくてはいけませんね。」


半ば無理やりに掃除を始めてはみたものの、今の状況は居候とほとんど変わらないのだ。正直、このままでは信頼してもらうことも、魔族たちとの仲を深めることもできない。人間を滅ぼすためにも、マヤは何とかして魔族たちと協力関係になりたいと思っていた。


「マヤちゃん、十分掃除の仕事をしてるじゃないか!」

「マヤちゃんも掃除なら四天魔になれるかもな!」


 ポツリとつぶやいたマヤの言葉に、ブラウニーたちは優しく声をかけ、笑い飛ばしてくれた。


「そういえば、勇者を追い返したのが例の聖女だって噂だぜ。」

「すげえな。もしかして、聖女は四天魔の座を狙っていたりして。」


 そう言ってブラウニーたちは冗談話に花を咲かせる。

 知らないとは何と幸せなことか。

 マヤは、ブラウニーたちのところに突然押しかけ、掃除を手伝わせてくれ、と申し出た。最初は不振がられていたものの、毎日丁寧に仕事をするうちに、今の関係を築くことができた。そのため、ブラウニーたちは、実はマヤが聖女であることを知らないのだ。マヤも何となく言うタイミングを逃してしまい、特に支障もないので黙っているのである。

 先日勇者を追い返した聖女。

 それが、すぐ隣にいる少女だとは、この場のブラウニーの誰1人として思ってもいなかったのである。

 マヤは肯定も否定もせず、にっこりと微笑むだけだった。



◆◆◆



 掃除を終えたマヤは鞄の中に3種類の紙芝居をもって魔王の部屋を訪れた。しかし、魔王は朝よりも慌ただしく事務作業をしていた。

 いつもと違う時間帯にきただけなのに、こんなにも様子が違うのか、とマヤは思った。いつもなら空いている時間に改めて訪ねるところだが、今回はそうもいかない。

 マヤはキュッと唇をかみしめ、ニュイをしっかりと見据えた。


「魔王様。私に仕事下さい。」

「え。仕事?」


マヤの申し出に、ニュイは思わず手を止めて顔を上げた。


「はい。出来れば魔王様の秘書とかがいいです。」


ミカヅキの耳がピクリと動いた。ただ顔を上げることはなく、手を動かしている。ニュイも感情の見えない表情でじっとマヤを見つめた。

 いつもとは明らからに違う雰囲気が漂っている。


「それは却下。」


ニュイは、真っ直ぐとマヤを見つめてそう断言した。


「ここは実力主義の世界。魔王でさえ実力のあるものがなるのだ。側近や四天魔になりたければ実績を出す必要がある。実績もなく実力も未知数の聖女に秘書をさせることは絶対にない。」


 マヤは何も言えなかった。だが、当然だとも思った。

 だからこそ、仕事をしなければ、と強く感じていた。


「それはそうと、マルテとも話していたんだが、軍部に入ってみないか?」


何とか食い下がろうとしていたところに、ニュイが思わぬ提案をしてきた。


「軍、ですか。」


思わずマヤは、キョトンとしてしまった。


「一ヶ月後、模擬試合大会がある。チーム戦でな。ある部隊に入ってもらって、優勝するんだ。それができれば、正式に雇用しよう。」

「採用試験、と言うわけですね。」

「ただし、優勝できなければ、この城から出て行ってもらう。」


突きつけられた条件に、マヤは迷いなく頷いた。


「はい。わかりました。」

「決まりだな。」


少し安心した様子を見せたニュイは、ミカヅキの方へと視線を移した。ミカヅキは、頷いて部屋を出て行った。


「今朝も会ったが、配属される部隊は、軍部の最高位であるマルテに一任する。」

「マルテさん」

「はあい」


部屋の扉が開き、マルテが入ってきた。その後ろにはミカヅキもいる。


「よろしくね、改めまして。私はマルテ。」


 そう言って、マルテは手を差し伸べてきた。マヤはその手を握り、2人は握手を交わす。

 ふわりと優しい笑みを見せるマルテは、嬉しそうに口元を歪めた。底の見えないその笑顔に、マヤは違和感を覚えた。


「今からあなたの上司よ。よろしくね。」


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