第3話 テレビ

「すごい、本当に明晰夢を見ることができた。」


 訓練すること3日目、ルナは夢の中で意識を持つことに成功した。インフルエンサーのタケルの投稿を見て試してみたら本当にできた。訓練を積んだら自由に動くこともできるのかしら。夢の中を自由に動けるなんて夢みたいだ。思ったそばからくだらなさに笑ってしまった。

 ルナは起きてすぐに、さっき見た夢の内容を日記帳に書き出した。


「舞台は学校。授業中なのにみんな騒いでいた。私は教室の後ろにある掃除道具入れのロッカーの中に隠れていた。なぜそんなところにいるのかはわからない。先生が黒板にチョークで何かを書いていた。その文字をよく見るとミミズみたいにウニョウニョ動きだした。これは夢だと気づいた。でも動くことは出来なくて見てるだけだった。ロッカーから出て先生に文字が変だと言いたかったけど何もできなかった」

 

 ルナは日記帳を勉強机の引き出しの一番奥にしまい、時計を見る。七時半。

 階段を降りてリビングに行くと母がコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。

 「おはよう」と母が言う。

 「おはよ」とルナが返す。

 「冷蔵庫にサラダあるから食べな」

 「ありがと」

 ルナは台所に行き、冷蔵庫からサラダとオレンジジュースを出してリビングに持っていった。


 テレビにはインフルエンサーのタケルが映っていた。

「今日のゲストは今若者に絶大な人気を誇るインフルエンサーのタケルさんです」

「初めまして、よろしくお願いします」

 母はルナに「知ってる?」と聞いた。

 ルナは「知ってる」と答えた。

「さっそくですが、タケルさんがSNSで紹介した明晰夢、凄く流行っていますね。僕もこの前やってみたら本当に自由に動けてさ、感動したよ」司会者の田中がそう言うと、

「コツさえ掴めば、誰だって出来ますよね。ところで田中さんは夢の中で何されたんですか?」とタケルは田中に質問する。

「ちょっと言いづらいんだけど、綺麗なお姉さんに抱きついてみました」

 田中は朝には似つかわしくない油でテカテカした顔でそんなことを言っていた。

 ルナはそれを聞いて「気持ちわる…これは炎上案件だわ」と吐き捨てた。母は「朝にふさわしくない人だね」と言った。

「まあ夢の中は自由ですからね。何してもいいですけど。ところで田中さん、夢ってリハーサルするためのものだと言われているのはご存じですか?」

「リハーサルですか?ちょっと初めて聞きましたね」

「赤ちゃんが眠りながら微笑んでいるときってあるじゃないですか。あれって夢の中で、成長してから役立つ対人関係のスキルを練習していると言われているんですよ」

「へえ〜そうなんですか」と田中は感心する。

「へ〜」ルナと母も感心する。

「つまり夢の中で行動戦略を設定したり修正したりしているんです」

「なるほど。だからリハーサル…」

「はい。そしてこれを意図的に行えるのが明晰夢なんです。意識を持ったまま夢を見て、そこで色々試してみるんです」

「私がお姉さんに抱きついたのも、今後の練習だったんですね」田中はまたいやらしい顔をしてニヤつく。

「まあものは言いようですね」タケルは田中の発言を軽く流して答える。続けて、

「でも明晰夢のお勧めの活用法は、トラウマ克服だと僕は思っています」

「わざとトラウマになった出来事を再現して、それを乗り越えるんですね」

 母はコーヒーを一口飲んで「田中は意外と頭の回転が速いのが癪なのよね」と言う。

「その通りです。まあわざわざ悪夢を見たい人はいないと思いますけど、僕はそれでこうして人前にも立てるようになったわけですし」

「え、人前に立つの苦手だったの?」

「はい。中学生の頃、全校集会でスピーチをしたときに緊張のあまり失神してしまって、それから人前に立つのが怖くなって、トラウマですね」

「そうだったんですか。今はこんなに堂々としていらっしゃるのに、克服したってことなんですね」

「ええ。夢の中でもう一度全校集会でスピーチをしてみました。夢なんだから余裕だろって。でも怖くて何回か途中で起きちゃったんですけど、あるとき聞いているみんなの顔をジャガイモにしてみたんです」

「ジャガイモだと思えば緊張しないってよく聞くけど、本当に顔をジャガイモにしたんだ。そんなこともできるの?」

「はい。訓練すれば自由に夢を作れるようになります。顔を変えるくらい簡単です。実際に変えたらもう面白くて。なんでジャガイモ相手に緊張しなきゃいけないんだって思ったら堂々とスピーチをすることができたんです」

「なるほど。でも夢と現実は違うよね」

「もちろんそうですけど、現実でもみんなジャガイモだと思い込むようにしたらこれが意外と緊張しないんですよね」

「思い込みの力ですね」

「そうです。皆さんも、夢の中で色々な方法を試して実際にトラウマに打ち勝つ方法を見つけてほしいです」

「では僕も綺麗なお姉さんに好かれるように色々試したいと思います。タケルさん、今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「続いては今日の猫ちゃんのコーナーです」

テレビの画面は小さな子猫が眠っている映像に切り替わった。


「何であんなエロジジイが朝の司会者やってんのかね」とルナは文句を言って残っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。

「昔はカッコよかったんだけどねぇ」と母は言った。

「歳をとるのは怖いねぇ」

「あんたはのんびり生きなよ。無理しなくて良いからね」

 ルナはそれには返事をせずテレビの画面を見ていた。

「そろそろ仕事行くわ」

「行ってらっしゃい」


トラウマ克服。ルナはさっき見た田中とタケルの会話を思い出していた。そしてルナは気合を入れてベッドに向かった。



 「あんた今日ずっと寝てたの?」

 遠くの方から声が聞こえた。まぶたの向こうが明るくなるのを感じた。ルナは目をこすりながら体を起こす。

 「学校には無理に行かなくても良いって言ったけど、暗い部屋の中でずーっと寝てるのは体に悪いわ」

 母は心配そうに言う。目の下に隈ができている。

 「大丈夫だよ。もうすぐ学校に行けるようになるから」とルナは言う。

 「どこからそんな自信が出てくんのよ」

 「朝テレビで言ってた明晰夢、あれ私も少しできるようになったんだ」

 「それでトラウマ克服しようって?あんたそんな馬鹿みたいなことを」

 「私は本気なの。夢日記もつけてコツも掴んできたし。それにどうせやることないし」

 「あんたねぇ…。はぁ、昔は見た夢を記録し続けるといつか夢に飲み込まれるって言われてたんだからやめた方がいいわよ」

 「お母さんは昔のことばかり言うんだから」

 「はぁ、もういいわ」母はそう言って部屋を出ていった。


 飲み込まれたら、それはそれでいいじゃない。夢ならなんだってできるんだから。

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