第2話 ルナ

 給食の時間。誰かに悪戯されて古い牛乳を飲んでしまい、すぐにお腹が痛くなった。急いでトイレに駆け込んだ。腹痛はなかなか治らない。給食を食べ終えた女子生徒たちがトイレに入ってきた。ルナは物音を立てないように息を殺して時間が過ぎるのを待った。女子生徒の一人が「なんか臭くね」と言い出した。「ここ誰か入ってるよ」と他の誰かが答えた。「大丈夫ですかー?」と違う誰かが明るい声で言ってきた。何人ものクスクス笑いが薄い扉の向こうから聞こえてくる。いったい外には何人いるのだろうかとルナは不気味に思った。    

 小さな声で「ちょっと待ってみようよ」と誰かが言った。大勢の人たちが頷く気配をルナは感じた。背中に冷たい汗が流れるのを感じた。誰かが扉をドンドン叩き出した。ドンドンドンドン。「入ってますかー?」笑い声。笑い声。

 ルナは今いるこのトイレの個室の空間がどんどん狭くなっていくような気がした。目の前の視界がチカチカとざらつきだした。全身を冷や汗が伝った。だんだんと意識が遠くなっていくのを感じた。そしてルナは意識を失った。いつまでも笑い声が響いていた。



 朝。ルナは朝食を食べ終えると使った食器類を流しに持って行き、さっと洗って水切り台に置いた。歯を磨き、顔を洗い、トイレを済ませて、制服を着て身なりを整えた。そして玄関に行く。途端に動悸が激しくなるのを感じた。大丈夫。大丈夫。自分にそう言い聞かせて、玄関の扉を開けた。

 ルナの通う学校は、ルナの住む住宅街を抜け、歩道橋を渡り、商店街を通り、少し急な坂を登った先にある。

 学校のトイレで失神したあの日以来、学校に行く途中で必ず気分が悪くなってしまい、たどり着けなくなっていた。何度か母に車で送ってもらったが、歩道橋を越えたあたりで気持ち悪くなり車内で吐いてしまった。

 ルナの母親は無理に行かなくてもいいからしばらく休みなさいと言ってくれた。それからルナは、一日休んで、次の日学校に行こうとして、ダメで、また休んで、学校に行こうとして、ダメで、を繰り返している。ルナは自分の不甲斐なさに自分の事が嫌いになっていった。

 ルナの家は母子家庭だった。父が死んで以来母は一人でルナを育ててきた。病院で働き、たまに夜勤もしていた。そんな家庭で育ったルナはできるだけ母に心配をかけたくないと思っていた。すぐにまた普通に学校に通えるようになる。ルナは自分にそう言い聞かせた。

 ルナの母は通信制の学校もあるからとカタログをルナに見せた。しかしルナはあまり気が進まず、カタログを流し読みして読むのをやめた。ベッドに横になりスマホでネットを見ていると、タケルの【明晰夢を見る方法】を見つけた。しばらく引きこもりが続いていたルナにとって、その非現実的な内容が凄く魅力的に思えた。その日からすぐ夢日記をつけ始めた。

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