合宿6
合宿四日目、最終日、私は疲れ切った体を引きずりながら朝九時に体育館に入った。
見ると全員疲れ切った表情をしている。
昨日の大学生六人はすでに準備運動を始めていた。
「皆疲れてるねえ」
不動さんは全員の疲れ切った顔を見て笑いながら今日の練習内容について指示を出し始めた。
「今日も練習試合だけど、皆疲れているし怪我でもしようものならすべてが無駄になる。だから一戦だけね。ただし、必ず勝つこと。昨日も言ったけど、このチームに勝てないようじゃ未来はないよ」
全員が声を張り上げ、はい! と答え、準備運動を済ませ、すぐに試合が始まった。
昨日と同じく大学生チームからサーブが始まり、それを双海さんがレシーブする。
良子がすでにジャンプしている北村さんに向かって真っすぐにトスを上げた。
この試合、真希を中心にトスを上げればおそらく勝てる。向こうに真希より強い人はいない。現に昨日真希はすべてのトスを決めていた。だからこそクイックを使っていかないといけない。私も良子もそのことがよく分かっている。
ブロックはやはりいない。北村さんは上がってきたトスを思いっきり叩き、ボールは相手コート中央に落ちた。
明らかに昨日と違う動きに相手チームが当惑している。
「素晴らしい」
真希が親指を立てて、北村さんに笑顔を向けた。
「昨日叩き込んだ甲斐があったよ」
良子は転がってきたボールを拾い、サーブを打つためにエンドラインまで移動した。
良子のサーブは少しだけ相手を崩し、セッターがアタックライン上まで移動する。
体の向きだけを見ればレフトだが、この人は直前までどこに上げるか分からない、私は注意深く相手セッターの動きを観察した。
昨日はレフト側を向きながらライトに上げていたが、などと考えているとトスがネット側へ真っすぐに上がった。Bクイック、私は驚きを隠せない。トスを上げる直前まで本当に分からない。
それでも真希はきっちり反応し、ブロックを跳ぶ。相手アタッカーは空中で向きを変え、ブロックをかわしながらボールを床に叩きつけた。
サーブ権が相手に移る。
北村さんに一人ブロックがついているが、良子は再びクイックにトスを上げるべくジャンプトスの態勢に入った。
良子の手がボールに触れた瞬間、相手ブロックがもう一人北村さんの正面に移動した。
トスが北村さんに上げられ、力いっぱい打つもブロックにあっさり阻まれコートに落ちた。
私は相手のブロックの動きが気になった。こちらがトスを上げるより先に、ブロックが動いていた。動きが読まれているということだ。
考え事をしているうちにサーブが飛んできた。一瞬反応が遅れたが、レシーブを上げた。今度はだれもクイックに見向きもせず、ブロックが全員真希の前にいた。
それでも真希は問題なくアタックを決める。
「良子、昨日教えたでしょ」
真希の言葉に良子が小さく頷く。
良子がどこにトスを上げるかは相手に読まれている。昨日の夜の練習で真希が指摘していた。理由は簡単。レフト側へ高めに上げるときと、クイックに低く上げるときでは当然力加減が違う。それがトスを上げるときの態勢や体の使い方にはっきりと現れているからだ。
当然良子も意識しているはずだが、人に言われすぐに習得できるものではない。依然としてトス回しは読まれてしまう。実践系経験の少なさ、これが私たちの弱点だ。
真希がアタックとサーブを次々と決め、8対3となったところで相手にクイックを決められ8対4。ここからは私の仕事だ。真希が後衛の間、私が点を取る。
相手のサーブを真希が綺麗にレシーブし、良子がトスの態勢に入る。良子の癖は抜けてない。態勢からしてBクイックだと分かってしまう。
相手ブロックも移動している。
トスが少し低めにレフト側、つまり私に上がってきた。
気を抜いていた。私は慌てて走りだした。いつものトスより少し低いし、助走も十分じゃない。それでも良子が懸命に試行錯誤しながら上げてくれたトスだ。無駄にはしない。
相手ブロックはクイックに意識を持っていかれたのか、私の前にはだれもいない。
私はアタックライン際から斜め上方向に跳んだ。相手とネット際で接触して怪我させたり反対に怪我したりする可能性があるがそんなことに構ってられない。
ボールを相手コートに叩きつけ、センターラインを越えないように着地する。
「ごめん奈緒、低かったね」
「今のすごい。相手ブロック完全に騙されてた」
良子が複雑な表情を浮かべる。
「奈緒も騙されてたけどね。……でも大丈夫、次で何とか形になるはず」
何か掴んだのだろうか、確信めいた顔をしている。
双海さんのサーブは相手のAクイックになって返ってきたが、私のブロックに引っかかり山なりに返ってくる。
私がレフト側へ移動したときにはすでに良子がトスの態勢に入っている。
さっきはクイックにトスを上げる態勢からレフトへ少し低いトスを上げていた。でも今はクイックではなく高いトスを上げる態勢に入ってしまっている。
相手ブロックも私のほうへ寄ってきている。
さっきのは偶然だったのかと、思っていると双海さんに鋭くBクイックが上げられた。
双海さんは待ってましたとばかりに、力強く決める。10対4。
「決めてくれてありがとう、双海さん」
良子がほっとしたような表情をする。
次で形になると言っていたのはこれか。クイックにトスを上げる場合それほど力を使う必要はない。それに対してレフト側に高いトスを上げる場合はそれなりに力が必要になる。クイックの態勢から高いトスを上げるにはかなり筋力が必要になるが、今の良子にはそれができない。だから逆を行った。高いトスを上げるつもりで力を入れながら跳びクイックにトスを上げる。これで相手に読まれないトス回しができる。
経験値は相手が何倍も上だ。良子のトスは上げる直前までどこに上がるか分からないようになったが、ブロックはきっちりこちらの動きについてくる。
私が後衛に下がりサーブを打つ番になると点差は消え13対13。
「取り返す、安心して」
チーム内に嫌な雰囲気が漂い始めたところを真希の一言に救われる。真希が前衛で点を取れる。エースの安心感はすごい。
私だけが相変わらず……。私は弱気な自分を必死に奮い立たせた。大丈夫、真希がいる。
真希が一点を取ると相手も一点を取り返してくる。すぐに真希が後衛になり、私が前衛になった途端相手に点を連続で取られ18対20。
逆転された。星和戦と同じだ。結局私が弱いばかりに……。膝に手をついて俯き、歯を食いしばった。真希が、いや真希だけじゃない、皆頑張っているのに、私が無駄にしてしまう。
顔を上げると、小さく笑みを浮かべている不動さんが目に入った。
その瞬間、銭湯での会話や不動さんとの一対一の練習風景が甦り、一気に頭に血が上る。
真希がバレーをまた始めたことで満足したかだって? その程度で満足するわけがない。真希はだれよりも強い。それが証明されるまでは満足なんてできない。
相手がサーブを再び打つ。
私はボールの正面に移動しながらも頭はいまだに不動さんとの会話に支配されていた。
高校バレーが始まって以来、今後二十年以上は真希を超える選手は現れない? それこそ過小評価だ。真希は、高校バレー界どころか、日本どころか、今後世界で一番強くなる選手だ!
真希が負けるところを見たくない? 私は少し違う。真希が負けるなんて微塵も考えたことない。真希が負ける可能性があることを少しでも考えるから、そんなことを思ってしまうのだ。真希のいるチームが、真希が、負けることなんて未来永劫ありえない! インターハイ程度で負ける真希じゃない!
ボールが良子の真上に上がった。
来年の今頃、真希と一緒にバレーはやっていない。私は少し先のことに思いを馳せた。バレーを軸に進学する気はないし、そもそも真希とは実力に雲泥の差があり、住む世界が違う。
それでも、今真希とバレーをやっているのは私で、真希を、真希のチームを勝たせることができるのは私だけだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます