合宿5

 合宿三日目、朝の九時に不動さんの後輩である東王大学一年生六人が集まった。

 大学生は体育館入り口で挨拶をし、すぐに準備運動に取り掛かった。

「昨日終わり際に言ったけど、今日と明日は練習試合ね。一回くらい勝てなきゃ未来はないと思いな」

 不動さんは私たち六人にそう告げると審判台にさっさと上り、練習風景を眺め始めた。

「向こうの人たち強そうですね」

 春日さんが少し緊張感を滲ませながら呟いた。

「バレーのために全国各地から集まってるから、それなりに強いよ」

 真希は大学生に交じって練習していたが、三年生になってからはこっちでしか練習してないはずだから今年の大学一年生がどんな選手なのか知らないだろう。

 私はじっくりと大学生を観察し始めた。

 一人を除いて一七〇センチ以上は優にある。一番背が低い人は一六〇センチくらいで、セッターだろうか。六人しかいないということはリベロは不在か。

 見た目からじゃだれがどういうポジションでどういうプレーをするのか分からないかと、私は観察をやめ、自分のチームに気を配ることにした。

 私と良子は普段通りだが春日さん以外の一年生が少し委縮しているように見える。真希に至っては何の心配もいらない。

 両チーム準備運動が終わったところで、不動さんが笛を吹いた。

「始めようか」

 両チームがエンドライン上に並び、挨拶を済ませ、自コートで円形となり作戦会議を始めた。

「先週の練習試合と同じで、クイックを多用して攻める」

 真希がトス回しについて指示を出す。

「先週は五点差付いたら真希を中心に切り替える、っていう縛りをしていたけど今日はしない。最初から勝ちにいくよ」

 不動さんは全員がポジションについたのを確認してから、ボールを大学生チームに渡し、笛を吹いた。

「サーブは大学生からね」

 一番背が高くほっそりした人がボールを受け取り、壁際まで下がった。助走をつけ、両手でボールを軽く上げると小さくジャンプをし、無回転のサーブを打った。

 無回転のボールは空中で揺れ動きながら真っすぐに双海さんの元に跳んでくる。

「双海さん」

 真希が声をかけるのと同時に双海さんはレシーブをし、ボールが真上に上がった。

 良子がそれに反応し走りだし、態勢を崩しながら強引にレフト側に上げた。

 当然普段よりトスが悪い。

真希はボールと相手のブロックの位置を見ながら走り始めた。勢いを上に変え、ボールを相手のブロックに叩きつける。ボールは弾かれ軌道を真横に変えて床に落ちた。

 不動さんが笛を吹き、こちらの得点。

さすがは真希、どんなトスでもどんな相手でも問題ない。

 良子の打ったサーブは相手レシーブを崩し、セッターがアタックライン上でレフト側に体を向け、トスを上げる態勢をとった。

 私はエンドライン上中央で構えながらレフト側へ意識を向ける。

真希がセッターの態勢を見てから一歩動いたところでトスがライト側へ低く上がった。

 上手い、心の中で素直に感心した。上手いセッターはトスを上げる直前までどこに上げるか悟らせない。そうやって相手ブロッカーの裏をかいたりする。

 真希は冷静に反応しブロックを跳んだ。ボールは真希のブロックに当たり、チャンスボールとなる。それを春日さんが丁寧に良子に返す。

 良子がクイックに入ってくる北村さんとそれに反応する一人のブロッカーを見比べた。高さだけを比べると厳しい勝負だが、クイックを使う絶好のチャンスだ。

 良子はネットと平行にトス上げ、それを北村さんはフェイントの要領で押し込んだが、ブロックがそれを簡単に押し返してくる。

 ボールがコートに落ちる寸前、ある程度予測していたのか良子が拾い上げる。

「奈緒」

 真希がトスを要求した。

 私はボール直下へ走り込み、レフトへトスを上げた。真希はまたもブロックにボールを当て、弾かれたボールはアンテナに直撃した。

 良子が再びサーブを打つ。今度はきっちりセッターに返ってしまう。

 相手セッターはどこへトスを上げるか態勢からだけだと全く分からない。上がったボールに反応さえすればいい。私は腰を落とし構える。

 今度こそレフトに上がる。真希は一瞬で走りだしすぐにトスに追いついた。

 相手はそれを見越していたのか、慌てることなく一緒にブロックに跳んだ北村さんの上からアタックを悠々と決めた。

「上から打たれたんじゃ止めようがない。私が取り返す」

 真希は北村さんの肩を叩きながら励ました。

 相手のサーブがまたも双海さんに向けて飛んでくる。双海さんはそれを何とかアタックライン上まで運んだ。

 クイックにはだれもマークがついていない。ここからなら使わない、と判断したのか。それとも、ブロックは跳ばず拾えばいい、と判断したのか。

 どちらかは私には分からなかったが、ブロックがついていないクイックを使うのが定石だろう。

 良子が北村さんにトスを上げ、北村さんは上がってきたトスを打つが、相手が簡単に拾う。

 ブロックは不要だと思われたようだと、私は確信した。

 真希が相手のクイックを綺麗にブロックし3対1とする。

 北村さんのサーブはネットを越えなかったが、真希がすぐに点を取り、4対2で真希がサーブとなり、私が前衛になる。

 一応はリードしているが、これくらいすぐにひっくり返される。真希の強烈なジャンプサーブに期待しようと、考えたところで私は頭を振った。そうじゃない。私が点を取るのだ。

 笛が吹かれ、真希は回転をかけたトスを高く上げた。

 サーブは普段のアタックと同じ威力、スピードで相手コートに叩き込まれた。

 真希がサーブで点を重ね、7対2となったところで相手のアタックが決まり7対3で真希のサーブは終わった。

「奈緒、頼んだよ」

「任せて」

 相手のサーブがまたも双海さんのところに飛んでくる。双海さんは頭上に飛んできたボールをオーバーハンドでレシーブをするもボールはすり抜け、コートの後ろだれもいないところまで跳んでいく。

 狙われている、と私は相手の意図を汲み取り、対策を打つことにした。

「双海さん、ネット際からスタートしよう」

 今は前衛ライト側の双海さんはセンターの人より左にさえ行かなければどこへいてもいい。ネット際にいればボールが飛んでくることはない。

 笛が吹かれ、相手のサーブが飛んでくる。春日さんがそれを綺麗に上げる。

 私は相手ブロックをちらりと確認した。やはりクイックにブロックはつかない。簡単に拾えるということか。

 こちらとしてはクイックもある、と相手に刷り込ませたい。

良子も同じ考えなのか双海さんにトスを上げた。

 双海さんのアタックもまたあっさり拾われ、相手のアタックが綺麗に決まる。これで7対5。依然リードはしているが、流れは傾いていた。

 相手のサーブが飛んでくる。私にブロックが三人ついているが、いいのだろうか。強い選手はもう一人いる。

 良子がこのチャンスを逃すはずなく、トスをノーマークのライト側の春日さんに上げる。

 春日さんは期待通り綺麗に決め、相手の目の色が変わるのが分かった。

「しゃあああ!」

 春日さんが歓喜の声を上げる。

「いいアタックだよ。練習の成果出てる」

 真希は春日さんに駆け寄り、笑顔を向けた。

「この調子なら不動さんにも勝てそうだね」

 勢いは続かなかった。私と春日さんの攻撃が一回で決まることはなく、ラリーが続くと地力の差がはっきりと現れ始めた。大学生チームはボールをほとんど落とすことなく、逆に真希以外のミスが目立ち始め失点を重ねた。真希が前衛に上がるときには10対16と大きくリードされる展開となった。

「大丈夫、取り返す」

 真希はその言葉通りすべてのトスを決めるが、相手も取り返す。

 先週の星和戦と同じだ。真希がすぐに後衛になってしまい、その間にずるずると点を取られ負ける。

 試合は私の予想通りとなり、私も春日さんも数点は返すも結局17対25で負けた。

 審判台から降りてきた不動さんは私たちを集め、アドバイスを始めた。

「うーん、全然だね。レシーブもブロックもサーブも、二日間で叩き込んだことが何もできていないよ」

 不動さんが少し睨むように私たちを見回した。

「いくら疲れているといっても、何も覚えていないわけじゃないでしょ。少し休憩したらまたやるよ」

 試合と不動さんのアドバイスが一日中繰り返され、私たちは一度も勝つことなく三日目が終了した。


 夕飯を食べ終え、体育館に向かう。入り口には中を覗き込んでいる双海さんがいた。デジャブだ、私は苦笑いした。

「双海さん、どうしたの?」

 双海さんがその場で飛び跳ね、目を見開きこちらを向いた。

「練習しに来たの?」

 ここにいる以上それ以外はないと思うが。

「えっと、はい、そうです」

「自主的に練習に来てくれるなんて嬉しいよ」

 夕飯後の練習を強制したことはない。それにも関わらず、一年生全員が何も言わずに参加してくれることは嬉しい。そこに上手くなりたいという思いが芽生えたのだから。

「春日さんも北村さんも頑張ってるから。……私も少しくらい頑張ろうかなと」

 私が体育館に一歩踏み入れた瞬間「あの」と弱々しい声がし、振り向いた。

「どうかした?」

 双海さんは俯き、何か言いたげにしている。私は辛抱強く待った。

「あの、王木先輩ってどんな人ですか?」

 真希の話が出てくるとは思わず、今度は私が言葉に詰まってしまう。真希がどうかしたのだろうか。

「どんなって……。見てて分かると思うけど、バレーの選手としてすごい人だよ」

「それは分かります。そうじゃなくて、もっと個人的な性格といいますか……えっと……」

 どうも要領を得ない。真希の何を知りたいのだろうか。そもそも真希本人に聞けばいいのに。

 双海さんが意を決したのか、ようやく口を開いた。

「王木先輩が少し……怖いんです」

「怖い?」

 思ってもいなかった言葉にオウム返しが精一杯だった。背が高いから威圧感はあると思うが……。

「はい。普段の様子は知らないですが、バレーをしているときは怖いくらい真剣で……。近寄り辛くて、委縮しちゃうんです……」

 喋るうちに北村さんは徐々に俯き、声も小さくなっていった。

 私も良子も真希とは長い付き合いで同級生だからそんなこと考えたこともなかった。でも、後輩からはそんなふうに見えるのかもしれない。思えば今日まで一年生たちとは部活でしか付き合いがなかった。合宿では練習して、さっさとご飯を食べ、また練習を繰り返してきた。一年生たちをないがしろにしていたかもしれない。いや、興味がなかっただけなのかもしれない。不動さんが言う通り真希が復帰して満足し、チームのことなど碌に考えてこなかった。

「交流を深める必要がありそうだね、真希」

 双海さんは弾かれたように振り向き

「ぎゃああああ」

とわけの分からない叫び声を響かせた。

「い、いつからいたんですか」

「王木先輩ってどんな人ですか、のところから」

 当然私は気がついていたが、敢えて触れなかった。不満とかがあれば本人にぶつけるべきだと思ったからだ。

「交流かあ」

 真希は腕を組み、しきりに頷く。

「大事だよね。チームの雰囲気にも関わってくるし。気がつかなかったなあ」

 どこかの強豪校のようにバレーをするために集まった人たちであればそれほど必要ないのかもしれない。常にトップ選手が揃う場所でプレーしてきた真希がそこに気が回らないのは仕方がないことだ。

「全員でお風呂行こうか。親交を深める第一歩として」

「あ、はい……」

 呆然としていた双海さんは立ち直ったのか絞り出すように呟いた。

「練習終わったらね。今日の試合を踏まえていろいろ教えることがあるから、一年生と特に良子に」

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