合宿7
私にトスが上がり、走りだす。
真希はどうやってアタックを決めている。考えろ、漠然とプレーするな。日本で一番の選手がいるんだ、そこから吸収する!
真希はアタックのコースを打ち分けたり、レシーブが弱い人を狙っている。でも今の私にそんな器用なことはできない。
私は全身に力を入れ、真上に跳んだ。
他には、ブロックにわざと当てて弾き飛ばしたりもしている。今の私にできるのはそれくらいか。
私が弱いせいで負けるなんてこりごりだ。あんな惨めな思いはもう十分だ。
全身の筋肉をしならせ、微かに見えるブロックの指先目掛けボールを叩きつけた。ボールはすぐさま弾かれアンテナにぶつかる。
「っし!」
私は小さく拳を握りしめた。
「奈緒、今のすごい」
真希が嬉しそうに私の元に駆け寄ってきた。
「奈緒、気合入ってるね」
「分かる?」
「うん」
私はちらりと審判をしている不動さんを見やった。
「不動さんに言われたことを思い出すと腹が立って、ついね」
今の会話が聞こえていたのか、不動さんが嬉しそうに手を振ってきたが、私は無視した。
私は深呼吸し高まる気持ちを静めた。たった一点決めただけだ。真希は十何点と決めている。真希を、いやこのチームを勝たせるには全然足りない。
もっと。もっと強くなる。真希と一緒に日本一になる。
試合は進む。
一年生たちの攻撃は通じる。良子の上げる直前まで分からないトス回しと組み合わさって、特に春日さんが止まらない。
私も点を取り返し、最後は私が相手ブロックから点をもぎ取り、25対20で初勝利を収めた。
春日さんが喜びを爆発させ、私に抱き着いた。真希も負けじと抱き着き、それを見て皆が私を取り囲んだ。
「ちゃんと挨拶してからね」
全員がエンドラインに並び、挨拶をしたところで審判台から降りてきた不動さんが手招きをした。
「いやあ勝つとは思ってなかったよ。これで君たちの望みは首の皮一枚つながった感じかな」
不動さんは私をじっと見つめてくる。
「何で私を見ながら言うんですか」
「特に深い意味はないよ」
不動さんはそれから春日さんと向き合った。
「陽菜ちゃん、やっぱりセンスあるね。一年後なんて言わず、この調子ならすぐに全国で戦えるようになるよ」
春日さんは突然褒められ少し困惑しているが、不動さんの言葉は続く。
「まあ、私には最後まで勝てなかったけどね」
春日さんが悔しさをはっきりと表に出し、じゃあ今から勝負しましょう、とでも言いそうになっているが、不動さんはすでに春日さんのことを見ていなかった。
「薫ちゃん、夕美ちゃん。君たちはまだまだ伸び代がある。真希ちゃんにいろいろ教えてもらいな」
不動さんは次に良子を見た。
「良子ちゃん、最後の最後でトス回しがぐっと良くなった。完璧とは言えないけど」
不動さんは最後に真希を見て言い放った。
「真希ちゃんは特に言うことないよ」
不動さんは今一度全員の顔を見回した。
「たった四日だけど随分強くなった。とはいえまだまだインハイ制覇には遠い。これからもみっちり練習しな。どこまでいけるか楽しみにしてるよ」
全員でありがとうございました、と挨拶をし、四日間の合宿は終了した。
ネットが片付けられ、全員が帰った後の静かな体育館に私と真希は不動さんに話があると残された。
「話って何ですか」
なぜ私と真希だけなのか。
「大したことじゃないよ。ただ、二人にだけは言っておこうと思って」
不動さんが少し真剣な顔で言うものだから、私は一抹の不安を覚えた。
「真希ちゃんのチームがいい雰囲気で合宿終わるところに水を差すのもなあと気を遣ったのさ」
不動さんでも気を遣うことがあるんですねと、言おうとしたがやめた。私たちは黙って話の続きを促した。
「今回集まってくれた大学一年生六人と、白峯も練習試合をやってるんだよ」
私たちはやはり黙って続きを促す。
「結果はほとんど負けた。君たちが最後にようやく一回勝った相手に、白峯は何度も勝っている」
真希は至って冷静に不動さんの言葉を受け止めているようだった。
「あんまり驚かないんだね」
「まあ、そんな気はしてました。不動さんが、この試合で勝てないと未来はない、って何度も言ってましたからね」
「可愛げのない反応だねえ。まあとにかく、そういうことだから、気を抜かず頑張りなよ」
私たちがはいと、答えたところで不動さんは体育館を後にした。
合宿後一日だけ休みを挟み、ゴールデンウイークが終わった。授業が終わり体育館へ向かうとすでに良子がいた。
「か、髪が……!」
私は良子の変貌ぶりに驚き、それ以上何も言えなくなってしまった。
腰まであった良子の長い髪が、肩までの長さになっている。中学生からずっと伸ばしてたのに。
「どう? 似合う?」
良子は私の驚きなど気にも留めていない様子だ。
「似合う。でも、どうしたの? 失恋?」
「違うけど」
「じゃあ、どうして」
言ってから気軽に聞いてもいいのだろうかと少し自分の軽率さを悔やんだ。
「……笑わない?」
良子は少し顔を赤らめ恥ずかしそうに上目遣いで私を見た。
私が小さく頷くと、良子が辺りを見回し始めた。
「真希には内緒ね」
「どうして真希?」
良子が覚悟を決めたのか、大きく息を吐きだした。
「髪を伸ばしてた理由。……真希のようになりたかったからなの」
良子は顔を赤らめ、背けてしまった。
「真希のようなプレーヤーになりたかったということ?」
「そう。どんな相手でも怯まず挑んで勝ち続ける真希のようになりたかったし、憧れていた。中学で初めて会ったときからずっと」
真希の強い才能はいろいろな人を惹きつける。多くの人は憧れや尊敬の念を抱くが、真希に近い才能を持つ人は対抗心を燃やしたりする。不動さんのように。そしてときには嫉妬にもつながる。莉菜のように。
「奈緒は知っていると思うけど、中学一年の夏に三年生が引退してセッターになった。でもその後後輩の一年生にレギュラーを取られた。……私の才能はそんなもの」
「真希のようにはなれないから、真希と同じように髪を伸ばしたってこと?」
「うん。改めて言葉にするとすごい恥ずかしいことしてるよね」
良子はさらに顔を赤らめ頭を抱えてしまった。真希は罪な女だ。
「でも、どうして髪を切ったの。別にそのままでもよかったのに」
「決意みたいなものだよ。もう憧れるだけじゃいられないから」
「どういうこと?」
「合宿初日に不動さんから『インハイ制覇っていう目標に対してどう思ってるの』って聞かれたでしょ。何も答えられなかった。私には縁遠い話だと思ってたから」
良子も私と同じだったのか。なまじトッププレーヤーを、全国がどんなレベルかを知っている。だからこそ敢えて目標から目を逸らしていた。
「合宿で真希を、いや皆を見ていて思い出した。勝つために、レギュラーになるために必死に練習していた頃を。それと」
良子は一度深呼吸し、私の目を見た。
「真希のようにはなれない。だからこそ、真希と共に勝利を喜びたい、試合中の苦しい展開も一緒に味わいたい、真希を支えられるようになりたい、中学のときはそう思っていたのにすっかり忘れてた。二度と忘れないように、憧れるのをやめるために髪を切った」
良子が一気に喋り切るとまた顔を赤らめた。
「私の恥ずかしい話はこれでお終い。真希には絶対言わないでよ」
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