Prologue・3
扉の中へと足を踏み入れた赤月が次に見た光景は、無人の街だった。
「NPCとかはいないのか?いや、さすがにそんなわけないよなぁ……ないよね?」
手を切るように横にスライドさせてメニュー画面を開く。
些細なことだが、目の前に非現実的なパネルが広がっていることに赤月は感動を覚えていた。それもそのはず、『BLOOD-CODE』は世界初のVRMMOゲームだ。実際にゲームの中で体を動かせること、本来の人間の体を脱ぎ捨てて、本来存在しない種族の体を自分の意志で自由自在に動かすことができるのだ。これを体感して感動しないゲーマーなどいない。
メニュー欄を眺めていると、隣にほかのプレイヤーがログインしてきた。
「あら、私は二番目でしょうか?」
きれいな白髪の女キャラクターだった。顔のパーツ配置や大きさは不自然なところはなく完璧に近いものだった。体に関しても左右の均衡がとれており、現実味はないにしろ、現実でいたとしても違和感はないであろうほどに綺麗なアバターだった。
「多分そうですね。俺が最初のプレイヤーらしいので」
「へぇ……それより、初めの街にしては静かですね。物音ひとつしない」
「そうなんですよねぇ、NPCがいないゲームなんてありえます?」
「本来ありえないですけど、最初のエリアにプレイヤー以外いないとなると可能性はありますね」
「ですよねぇ……ん?メッセージ?」
赤月のメニューの手紙のアイコンが音をだして通知をしてくれる。
このタイミングであれば十中八九運営からのメッセージであろう。アイコンをタッチしてメッセージを開く。
【本来であればキャラクリエイトの際に社員の方から説明させるべき事項であったゲーム内のシステムの説明ですが、こちらの伝達不足により説明が一切なされたいないことが確認されましたので、プレイヤー皆様の所持アイテムの欄にシステム、行動の指標が記された説明書を配布させていただきました。
今後とも『BLOOD-CODE』をよろしくお願いいたします】
「対応はやくね?」
赤月がログインしてからまだ5分も経過していない。
こちらの会話内容を聞いているのだろうか?それともさっきの社員が失敗したことを報告したのか。いずれにしろたった5分足らずで説明書を製作し、配布することなど可能なのだろうか?
しかし、いくら考えても答えなどわかるはずもないので考えるのを早々に放棄し、所持アイテムであろうバッグのアイコンをタッチし、中から説明書を取り出す。
簡単な冊子のようなものが手元にあらわれ、それを開いて中身を読み進める。
約10分ほどで読み終わり、BLOOD-CODEのことも多少理解した。
このゲームには一部の特殊なもの以外NPCが存在せず、アイテムなどはプレイヤーたちが持つ、取引やバザーといった機能で売買が出来るようだ。機能上の売買以外にも、実際に店を出したり、露店を開いて販売することも可能らしい。
武器や回復アイテムの生成もプレイヤーが行い、簡単な回復アイテムは専用の技能がなくとも可能なようだが、武器や防具、高度なアイテムを作る場合は専用の技能が必要なようで、技能は初期に選択できるもの以外だと、その技能を持ったプレイヤーに師事してもらうことで習得が可能ということだった。
所有してる通貨はプレイヤー間での取引に使用されるらしい。相場などはプレイヤーたちが決めてよいらしい。
「ロールプレイングってかサバイバルだなこりゃ」
「初めからある程度のアイテムはありますし、活動自体は可能ですね」
「それはそうだけど、NPCがほとんど存在しないのは思ったよりも寂しいもんですね」
「この街に10万人が集まると考えると結構にぎやかになりそうですが、街がここだけとは思えませんしね」
「そうですね」
結局なにか行動をしないと始まらないということで赤月と女プレイヤーは街の探索をすることにした。
「思いのほか広いですね。王城みたいなものもあるし、闘技場なんかもある」
「あぁ、民家もしっかり作られててどこの家もカギはかかってなくて、中に入れる、と。ついでに仮拠点として設定すれば休むこともできる……そういや教会とかもありましたね」
「もしリスポーンするとすればあそこですね」
街を一周してみたが、プレイヤーは見当たらず、NPCも一人も見なかった。なのに空が暗くなってくると、街灯に明かりが灯る。ゴーストタウンのようで少し不気味に感じられた。
街の外に出て少し歩くと、お約束とばかりに頭上に『ゴブリン』と表示されたモンスター5体ほどが不意打ちしてきたが、幸いゴブリンは弱く、斬撃を3回ほど当てれば光の粒子となって、経験値とマニルを残して消えた。
女プレイヤーと協力して5体を蹴散らし、アイテムを回収して行動を再開した。
ゲームにログインしてから10時間ほどたったが、まだほかに誰もログインしてこない。リリース初日にそんなことがあるだろうか?
不意にメッセージが届いた。
確認するとメッセージは運営からのものだった
【本来、時間の加速を現実の4倍にするつもりだったものが、設定の間違えで40倍になっていたことが判明いたしました。
加速時間の変更を行いますので、現在ログイン中の『赤月』様、『ナノマシン』様はゲーム内で10分後に強制的にログアウトさせていただきます。
現実で20分後には再ログインできるようになる予定ですのでしばしお待ちください】
運営からのメッセージには驚くべきことが書かれていた。
ゲーム内の時間を現実の4倍にしているということはゲーム内で4時間いても実際には1時間しか経っていないということだろう。
〈いくら何でもめちゃくちゃじゃないか?〉
確かに脳で直接ゲームにログインしているのだから理論的には可能だろうが、実際にできるかどうかは別の話だ。
小説やアニメでこの手の時間加速は割とある設定だが、現実に起こると信じられないものだ。
ゲーム内で赤月は10時間ほど活動したが、40倍の加速がされていたということは現実ではまだ15分しか経過していないことになる。本来の速度でも2時間30分だ。ログアウトしてみないと真偽はわからないが、本当だとしたら、ゲーム界に革命が起きるだろう。
「強制ログアウトですか。それにしても時間が40倍の速さで進んでるなんてすごいですね。フルダイブゲームなら可能なんですかね?」
「今のところBLOOD-CODE以外にフルダイブゲームはないですけどね」
「じゃあ私たちは時代の先駆者になったってことですね、赤月さん」
「そうですね、ナノマシンさん」
二人は軽い世間話をして運営によってログアウトさせられた。
目の前が暗転し、目を覚ますと自室であった。
時計を見ると本当にログインした時間から15分しか経過していなかった。
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