第7話『嫉妬の魔神⑥』

 小汚いボートの上で、瑞希と結愛は蛇ちゃんを前にしている。

 蛇ちゃんは蛇と人間のハーフのような顔をし、不潔で長い髪が水で濡れている。


 陸地に上がれても逃げることは出来ない。

 まさに絶体絶命だ。

 そんな中、蛇ちゃんが勢いよく、結愛を食べようと口を開けた。


「あああぁぁ!!」


 しかし、瑞希がボートのオールで、蛇ちゃんの目を叩いた。

 蛇ちゃんは瞼を閉じ、悲鳴と共に悶絶して暴れる。

 海が激しく揺れ、ボートに乗っていた瑞希と結愛が鉄塔のある方へ流されて行く。

 しがみついていなければ、振り落とされる程の波だ。


「グアアアァ!」


 蛇ちゃんが暴れ回り、波が激しくなる。

 片目を開いた蛇ちゃんは、海に潜って瑞希達の乗ってるボートを追い掛けた。

 今にも追い付いてしまいそうな速さだ。

 猫に追い掛けられる鼠、それ以上に滑稽だ。


「やばい!下から来るよ!丸呑みにする気だ!」

「鉄塔まで漕ぐんだ!」


 必死になってボートを漕ぐ。

 だが、二人を乗せてるボートは波と共に激しく揺れて思う様に進まない。

 それどころか、二人のボートに蛇ちゃんが追いついてしまう。

 蛇ちゃんはボートを丸呑みしようと、海の中から顔を出そうとした。

 海の水が膨れ上がり、危険が迫っていることが分かる。


「飛んで!」


 蛇ちゃんに飲み込まれるより先に、瑞希が結愛の体を持ち上げた。

 そして、鉄塔の方へ視線を向ける。


「えぇ?」

「鉄塔へ行って!そうしれば僕も手錠の鎖でそっちに行ける!」


 瑞希はそう言って、戸惑う結愛を鉄塔の方の海に投げた。

 その瞬間、蛇ちゃんが海の中から出て来て、ボートを丸呑みにした。


「瑞希!」


 ボートが粉々になり、激しい水しぶきが起きる。

 結愛は瑞希を探しながらも、必死になって鉄塔まで泳いだ。

 鉄塔に辿り着いたと同時に、蛇ちゃんが結愛を追ってきた。


「いやぁぁぁ!!」


 蛇ちゃんが鉄塔の足元を掴んだ。

 鉄塔は微かに傾き、鉄塔に登っていた結愛を振り落としそうにした。

 しかし、結愛の目には希望が映る。


 瑞希が蛇ちゃんの髪の毛にしがみついていた。

 そして、ショルダーバッグから出したナイフで、蛇ちゃんの目を突き刺した。


「グアアアァァ!!」


 蛇ちゃんは鉄塔から手を離し、両目を瞑って海を揺するように暴れた。

 瑞希は蛇ちゃんの髪にしがみつくので精一杯だった。


 しかし、結愛が手錠を一度引っ張ることで、瑞希が手錠に引っ張られた。

 瑞希の体はターザンのように宙を舞い、鉄塔の元まで引き寄せられる。


「掴まって!」


 結愛が手を伸ばした。

 瑞希は一度鉄塔にぶつかるが、痛みを堪えて結愛の手を取った。

 手を取ったその瞬間、二人の手錠の位置はゼロ距離に戻される。


「ファイト!」

「一発!」


 結愛が瑞希を引き上げる。

 鉄塔の途中に居た二人は、蛇ちゃんが再び襲ってくる前に上へと足を走らせた。


「急いで!上に逃げるの!とにかく逃げないと!」


 結愛はそう言ったが、逃げ場がないこの状況でどうしたらいいから分からなくなっていた。

 鉄塔の上に逃げるのは、蛇ちゃんから見た袋の鼠だ。


「グアアアァァ!!」


 蛇ちゃんの片目は瑞希によって潰されていた。

 そして、怒りMAXで鉄塔にしがみつく。

 鉄塔は崩れ落ちそうな程貧弱だが、怒りに怒っていた蛇ちゃんはそんなこと気にもしてない。


 長い体で鉄塔の足元を締め、体全体で渦を巻く。

 揺れる鉄塔は、瑞希と結愛を今にも落としそうだ。

 そして、とうとう鉄塔が傾く。


「あっ!」

「結愛!」


 瑞希は鉄塔から落ちた結愛の手を間一髪で掴んだ。

 結愛は涙目になって下を見下ろす。

 下の光景は化け物が待つ地獄の釜そのものだ。

 唾を飲み、震えた手で鉄塔に手をかける。

 その瞬間、瑞希は閃いたような表情で結愛をまじまじと見た。


「僕に作戦がある」

「え?」

「僕を信じて、もう一度落ちて」


 瑞希の表情は爽やかだった。

 自信がある様には見えないが、何だか吹っ切れている様に見える。

 この絶望的状況、結愛は瑞希の作戦に乗るしかなかった。


「分かった」

「じゃあ、手を離して」


 結愛は瑞希の手ともう片方の鉄塔を掴んでいた手を離した。

 その瞬間、結愛の心に疑いと後悔が現れた。


(まさか?私を囮にした訳じゃないよね?)


 結愛は心の底から瑞希を疑った。

 しかし、瑞希は結愛の手を離した瞬間、鉄塔を走り抜け、もう片方の場所から海に向かって落ちた。


「グアアアァァ!!」


 結愛の体が蛇ちゃんの口元に来た瞬間、結愛は鎖によって体が引っ張られて動きが止まった。


「はぁはぁ……」


 隣を見ると、同じように手錠にぶら下がっている瑞希が居た。

 二人は鉄塔を軸にして、お互いの体重でぶら下がっている。


「シャンデリアにぶら下がった時、同じこと結愛がやってくれた」

「瑞希……」


 結愛は瑞希を疑ってしまったことへの罪悪感があった。

 それと同時に、瑞希が自分を裏切らなかったことへの感謝と感動があった。


「体を左右に振って!」

「え?」

「早く!」


 結愛は瑞希の言う通り体を左右に振った。

 ブランゴを漕ぐような気持ちで、自分の体を振り子のように振ってみせた。

 すると、傾いていた鉄塔が激しい金属音と共に崩れ落ちた。

 鉄塔の周りで渦巻いていた蛇ちゃんに、鉄塔が直に当たった。


「グアアアァァァ!!!」


 蛇ちゃんの胴体が鉄塔によって潰れ、瑞希と結愛も鉄塔と共に海に落ちて行く。

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