第6話『嫉妬の魔神⑤』
岩の扉を出ることの出来た瑞希と結愛。
だが、坂から転げ落ちた為、目が回っていた。
「ペっ!」
じゃがいもから出た瑞希は、口の中の土を吐き出し、入って来た岩の扉を見上げた。
「結愛、大丈夫?」
「大丈夫ばない」
結愛は瑞希の手を借りて、じゃがいもから身を乗り出した。
目を回し、フラ付きながら瑞希の手元に体を預けた。
瑞希は少し困ったように目を逸らし、近くの瓦礫まで移動した。
「水、飲んだら?」
瑞希がそう言うが、結愛が口を抑えて首を横に振った。
しかし、しばらくすると酔いが覚めて、ゆっくりと立ち上がった。
「もう大丈夫」
瑞希は結愛の表情と手元のサインで察する。
二人は再び足を進める。
* * *
畑エリアを出た場所には、まだ太陽の光が届いている。
一番初めに目に付いたのは、今にも崩れ落ちそうな鉄塔だった。
鉄塔にコケが生えて、薄汚れたクリスマスツリーのようになっている。
いつ崩れてもおかしくはない状態だ。
その周りには、辺り一面広大な海が広がっている。
海は乱雑に作られた壁によって囲まれている。
「この海を、渡らなければ」
「いや……渡った所で……どうしたら良いの?」
海の端には、壁がハッキリと見えている。
しかし、登れる高さではないし、出口もない。
蛇ちゃんなら壁を跨って、壁の外に行くことも出来そうだが、瑞希と結愛には不可能だ。
だからと言って引き返す道もない。
二人は唖然としてしまう。
「あそこら辺に、僕らが乗れるボートがあるけど……乗る?」
「いや――」
瑞希がボートを指さした。
しかし、結愛は困った表情のままやる気のない声を出す。
その瞬間だった。
「グアアアァ」
岩の扉が開く音と、蛇ちゃんの喉声が聞こえる。
結愛は慌てて瑞希の手を取り、近くの物陰に隠れた。
「来た」
瑞希はジェスチャーを見て、蛇ちゃんが来たことを知る。
岩の扉の方を恐る恐る見て、海の方まで来るのをしっかりと確認していた。
近くで見れば見る程、信じられない生き物だ。
乾いた体は生々しく、不気味に動く人の手は異常な程気色が悪い。
蛇ちゃんがゆっくりと海の中に入って行く。
まるで、お風呂に浸かる人間のように、気持ちよさそうにしている。
そして、鉄塔の周りを長い体でぐるぐると周り、海の中を魚のように泳いでいる。
瑞希と結愛は、そんな蛇ちゃんを不思議そうに見ながら、密かに身を潜め続ける。
しばらく泳いだ蛇ちゃんは、壁の近くに手を伸ばし、壁から出ている紐を引っ張った。
その行為に何の意味があるのか、身を潜めていた二人には分からなかったが、すぐにその意味が分かった。
蛇ちゃんが紐を引っ張った瞬間、瑞希達の近くの壁に丸い穴が開き、そこから海の水が零れていく。
「水を抜いてるのかな?」
「チャンス!今よ!あの穴から出るの!」
出口を見つけた結愛は、瑞希を引っ張って穴の元まで行く。
そして、栓を抜かれたお風呂の水のような海に飛び込んだ。
しかし、その瞬間穴の上から別の水が出て来て、瑞希と結愛を海に押し戻した。
「ああぁ!」
「うぁ!」
同時に、水が流れ出て行っていた穴が塞がる。
どうやら、飛び込むタイミングが悪かった様だ。
「やばい!溺れる!」
結愛は海の中でジタバタし、瑞希に手を伸ばす。
瑞希は慌ててその手を取り、近くに浮かんでいた板に掴まった。
「あのボートまで、泳ぐよ」
「無理!私泳ぎ苦手なの!」
全力で首を横に振るう結愛。
瑞希は結愛の表情だけで、結愛が泳げないことが分かった。
「この板に、しっかり掴まって……手錠があるから引っ張って行ける」
結愛が板に掴まったのを確認すると、瑞希は急いでボートのある方へ泳ぐ。
蛇ちゃんに見つかってもおかしくない状況だ。
「はぁ、はぁ」
ボートに辿り着いた瑞希は、息を切らしたまま手錠を引っ張る。
手錠は板にしがみついてる結愛をボートまで引き寄せる。
「蛇ちゃんに見つかる前に、急いで陸地まで、ボートを漕ごう」
「分かってる」
ボートに上がった結愛は、板を使って陸地に向かってボートを漕いだ。
しかし、途中で違和感に気付く。
「蛇ちゃんが居ない……」
さっきまで、優雅に海を泳いでいた蛇ちゃんの姿がなくなっていた。
どこを見渡してもその姿はない。
「ゆ、あ……」
瑞希の方を振り返って、その謎が解ける。
振り返ると、海から半分だけ顔を出して、至近距離でこちらを見ている蛇ちゃんが居た。
二人は蛇に睨まれた蛙の気持ちを痛い程理解した。
言葉が発せなくなり、体が硬直して震えることすら出来なかった。
蛇ちゃんも声を上げずに、二人に顔を近付けて珍しい物を見るかのように観察している。
しかし、十分観察し終えると、獲物を見つけた野生動物のように、活きのいい声を上げた。
「グアアアァァ!!」
体に生えている手が海の上に出て、雄叫びを上げるように声を上げたまま、結愛に向けて大きな口を開ける。
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