第5話『嫉妬の魔神④』

 トマト畑のトマトは、ほとんどが腐りかけていて、何個もトマトが地面に落ちていた。

 虫にかじられたようなトマトもあれば、完全に腐ってる物もある。

 蛇ちゃんは畑のトマトを、一つずつまじまじと見る。

 そこには、瑞希や結愛の姿はない。


「グアアアァ」


 トマトを一つ一つ見た蛇ちゃんは、隣の麦畑に移動した。

 そんな蛇ちゃんを確認した瑞希が、地面に落ちていたトマトの中から顔を出した。

 体はトマト塗れで汚れてる。


「隣の畑に居る。今の内逃げ道を探そう」

「分かった」


 瑞希の手を借り、結愛もトマトの中から出て来た。

 息苦しいトマトの中だった為、息を乱して呼吸をしている。

 二人はトマトの汚れを軽く落とし、蛇ちゃんの居る方向とは別の方へこっそりと歩き出した。

 蛇ちゃんから見れば、二人はネズミサイズの動物。

 畑の中をバレないように移動するのは難しいことではない。


「ここで行き止まりだ」

「これ家とかビルとか私の知る世界の建造物だ。人間の建造物を使って畑の塀にしてるんだ」


 周りを見渡してみると、畑は塀に囲まれていた。

 その塀は、人間の家やビルなどを積み立てられた物だ。

 入る隙間はあるが、瓦礫が崩れでもしたら命はないだろう。

 勿論、登れる高さでもない。


「どうする?また家に戻る?」


 瑞希が困ったように結愛に問い掛けた。

 すると結愛は、『蛇ちゃんの入る扉があるはず』と書かれたメモを瑞希に渡した。

 その字を書いた手は、依然震えている。


「それ、あれじゃない?」


 瑞希が指さしたのは、斜めに曲がって、歪んでいる岩の扉だった。

 勿論、蛇ちゃんサイズの大きな扉だ。

 家から出て真正面、二人から見て左側にある扉だ。

 しかし、二人には開けることの出来ないような扉だ。


「あれは開けれない。ドアノブが回すタイプだし、位置が高い」

「良い作戦がある。来て」


 二人は扉の近くまで足を運んで、麦畑に居る蛇ちゃんに目を向けながら、じゃがいも畑に隠れた。


『じゃがいもをあの岩の扉に当てて誘き寄せる』


 そう書かれたメモを受け取った瑞希は、岩の扉と自分達の距離を見て首を横に振る。


「無理だよ。ここからは物を扉に投げらる程近くない。近付いて投げても、こっちまで来る時に見つかる。リスクが高い」


 結愛は少し自信げに微笑み、再びメモを取った。


『扉の近くに潰れてるじゃがいもが何個も落ちてる。あれに隠れる』


 瑞希は不安そうにしてコクッと頷いた。

 二人はじゃがいもを一つ持ち上げ、扉まで移動する。


「僕が投げる。結愛は隠れてて」


 結愛は親指を立てて、瑞希に震えた笑みを見せる。

 結愛がじゃがいもに隠れたのを確認すると、瑞希は思いっきりじゃがいもを扉に投げた。


「グァァ?」


 麦畑に居た蛇ちゃんが扉の方へ顔を向けた。

 麦畑に居る蛇ちゃんは、麦畑が死角になって瑞希達に気付いてはいない。

 しかし、何本もある体の手を使い、畑から飛び出すように扉に向かって来る。


 瑞希は慌てて、結愛の隠れているじゃがいもに向かって走る。

 しかし、深々としている土に足が埋もれて転けてしまう。


 だが、瑞希の体は土に引きずられたまま結愛の元へ引っ張られた。

 それは、結愛が手錠の性質を利用し、一度引っ張ったら元に戻るメジャーのように、瑞希を引っ張ったからだ。


「早く!」


 瑞希以上に焦っていた結愛は、慌てて瑞希に手を伸ばす。

 瑞希と結愛の手錠がゼロ距離になった為、瑞希は仕方なく結愛の居るじゃがいもの中に身を潜めた。

 結愛に飛び付くようにじゃがいもに入った為、後ろを振り向いて外の状況は確認出来なかった。

 結愛にびったりとくっ付いている罪悪感と、化け物に見つかる恐怖で、心臓が破裂してしまいそうだった。


 結愛も瑞希同様、恐怖でどうにかなってしまいそうだったが、瑞希に抱き着くことでそれを紛らわせた。

 じゃがいもの中は息苦しく、妙な硬さがあってヌメってる。


「グアアア!」


 蛇ちゃんは不思議そうにして岩の扉を開ける。

 しかし、そこに蛇ちゃんが感じた違和感の正体はない。


「扉が、開いた」


 耳を済ませていた結愛は、蛇ちゃんが扉を開けたのが分かった。

 結愛は瑞希を自分の手元に寄せ、瑞希が入って来た隙間に目を向ける。

 目の前は、蛇ちゃんが扉を開けて、近くを見渡している光景だ。

 結愛は震えたまま体を転がし、じゃがいもごと地面を転がり、扉の外に出た。

 扉を出たのを確認すると、体を転がすのを止める。

 しかし、その場が小さな坂になってた為、二人はそのまま坂の下まで転がって行く。


「うわあああぁ!」


 瑞希は汗をかいたまま硬直し、結愛は叫び声と共にじゃがいもの中で体が飛び跳ねた。

 じゃがいもは坂の下で止まった。


「グアアアァ」


 蛇ちゃんは転がったじゃがいもに気を止めず、声を出したままゆっくりと岩の扉を閉めた。

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