第8話『強欲の魔神①』

 崩れ落ちて横に倒れた鉄塔は、海を囲んでいた壁まで届いた。

 鉄塔が崩れ落ちた為、壁に穴が開き、そこから海の水や瓦礫が流れ出て行く。


 瑞希と結愛も、その穴からウォータースライダーのように流れ出て来た。

 二人の手錠は伸びきっていて少し離れた場所に居た。


「助かったぁ」


 結愛はホッとしてため息を付いた。

 しかし、腰が抜けて立てなくなっていた。


「結愛、信じてくれて、ありがとう」


 そんな結愛に、瑞希が手を差し伸べる。

 髪の服も濡れていて、お互いビショビショだ。


「こっちこそ、ありがとう」


 結愛がニコッと笑って瑞希の手を取った。

 ゆっくり立ち上がり、お互いに安心した表情を浮かべる。

 しかし、瑞希はすぐに目を逸らした。

 頬を赤くし、目を泳がせている。


(どうしたんだろ?)


 結愛はそう思ったが、メモ帳が濡れて使い物にならず、瑞希とコミュニケーションが取りずらい今、どう察したら良いか分からなかった。

 だが、自分の透けている下着に気付いて悟る。


「ふふっ」


 結愛は思わず笑ってしまった。

 そして、瑞希の前にわざとらしく立ち、ニヤニヤしながら瑞希の目を見た。


「な、に?」


 結愛は照れている瑞希を見るのを楽しんでいた。

 瑞希が痺れを切らせて問い掛けるも、耳が聞こえない瑞希には無意味なことだ。


「早く、ここから立ち去ろう。蛇ちゃん来るかも」


 瑞希が先程居た海のエリアを見ながら言うが、蛇ちゃんが鉄塔に挟まれて気絶しているのは目に見えていた。

 それ程目のやり場に困り、誤魔化すので必死だった。


「分かった」


 結愛は小悪魔的笑みを浮かべ、瑞希の横を歩く。


 * * *


 蛇ちゃんのエリアにあった太陽の光が届かなくなっていた。

 荒廃した街並みの中を歩くには、余りにも暗かった為、懐中電灯の光を頼りに道を進んだ。

 懐中電灯がなくても見えない訳ではないが、ある方が見やすいくらいの明るさだ。


 そんな中、遠くから明かりが見え始めた。

 太陽程の明かりではないが、遠くから見えるのは希望そのものだった。

 二人はその場所まで足を運んだ。


 裸足の瑞希、タイツ越しの結愛。

 二人共、靴がないからとても痛かった。

 体も濡れていて寒いし、お腹も空いている。


「星?」


 明かりがある場所は、明らかに他の荒廃した街並みとは違かった。

 上空には星が何個もあり、その下には色んな物がある。

 家、工場、遊具、船、飛行機、自動車、などと言った大きめの物から、机、椅子、食べ物、衣服、時計、絵画、などと言った小さめの物もある。

 全て人間の物で、汚れやコケなどがない。

 まるで、この一箇所に集められ、一つ一つ綺麗にされているようだ。

 全て綺麗に並べられている。


「休みたい」


 結愛が瑞希の手を取り、大きなデパートのような建物に入った。

 その中は地下デパートもあるくらい大きな建物だった。

 不思議と、デパートの中も綺麗に整備されている。

 まるで誰かが住んでいるようだ。


「違う世界みたい。妙に綺麗過ぎるわ」


 結愛は不思議に思いながらも、文房具が並んでいる場所からメモ帳を取る。

 他にも、新しいショルダーバッグや缶詰を補充した。

 そして、服屋の様な場所に行き、その場に居座った。


 瑞希は『着替えるよ』と書かれたメモを結愛から受け取る。

 そして、お互いに背を向けて新しい服に着替える。

 着替えてる途中、瑞希はもう一枚メモを受け取る。

『もう見ても良いよ』と書かれたメモを受け取った瑞希は、結愛の方をゆっくりと振り返った。


 結愛はまだ着替えている途中だった。

 服も着ないで、下着姿のままニヤッと笑ってみせた。

 右手には、『瑞希のエッチ』と書かれたメモを持っている。

 瑞希は頬を赤くして慌てて前を向いた。


「ごっ、ごめん」

「ふふっ」


 結愛は瑞希を嘲笑い、満足したように新しい服に着替える。

 瑞希はワイシャツと灰色のパーカー、それとスニーカー。

 結愛は黒いセーラー服、それとブーツ。

 ショルダーバッグも新しい。

 なぜ、こんなに物が揃っているかは分からないが、二人は深く考えなかった。


「食事を取ろうか」


 結愛はバックから缶詰とチョコレートを取り出し、瑞希と分け合って食べた。

 会話はないが、最初に出会った時より距離が縮まったように見える。

 二人で困難を乗り越えたからだろう。

 しかし、恐怖と困難はまだ二人を襲い続けている。


「ん?」


 瑞希の目に、何か大きな物が動くのが見えた。

 服が並んでいる場所に、ゴキブリのようにササッと走り去るような物を確かに見た。


「何か居る?」

「え?」

「ちょっと見てくる」


 瑞希は手を付けていた缶詰を椅子に置き、恐る恐る並ぶ服の奥に進んだ。

 勇気を持ち、勢いよく並ぶ服をめくる。

 しかし、そこには何もない。


「気のせいだった」


 瑞希はため息をついて、ゆっくりと結愛の方を振り返った。


「瑞希!上!」


 結愛が何か叫んだのが分かった。

 しかし、瑞希には何を言っているのか分からない。

 それでも、結愛の慌てる表情を見て、すぐに危険を察知した。

 瑞希が慌てて背後を振り返ると、天井から吊るされた犬くらい大きい蜘蛛が目の前に居た。

 明らかに普通の蜘蛛じゃなかった。


「なっ、何だこの、生き物……」


 瑞希は蜘蛛を前に一歩も動けなかった。

 蜘蛛にしては大き過ぎるし、足も蜘蛛の足じゃない。

 足の何本かが人間の手になっていて、六つある目で瑞希をまじまじと見ている。


「ウシャアアァ!!」


 蜘蛛は涎を垂らして声を上げた。

 そして、化け物と呼ぶに相応しい手足を瑞希に伸ばす。

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