路地裏の復讐屋
望月かれん
事実を知りたいおじいさん
「大変申し訳無いのですが、証拠が不十分で……」
「もういい!あんたには頼まん!失礼する!」
老人は声を荒げて探偵事務所を出ていった。
そよ風が老人の薄い白髪をなびかせる。
老人には伴侶がいた。病気が見つかり入院していたのだが、2ヶ月前、突然容態が急変しそのまま帰らぬ人となった。
死因も病気とされたが、病室に駆けつけた老人は見てしまった。人工呼吸器のプラグが抜かれているのを。
(婆さんは……みつ子は病院に殺されたんだ!)
老人の伴侶は余命宣告を受けていなかった。精密検査をしてもその病気以外見つからなかった。治療も始めていたため、
よほどのことがない限り容態が急変するなんて考えにくい。
老人の住む地域では少子高齢化が深刻な問題となっていた。
だからといって余命宣告を受けていない者まで手にかけていい理由にはならない。
(病院がやったのは間違いないんだ。
だか、探偵は当てにならん。他に誰を頼れば……)
老人は途方に暮れていた。小さい背中をさらに丸めて町中を彷徨う。
「ん……ここはどこだ?」
ふと顔を上げると見慣れない路地裏に来ていたらしく、
首を傾げる。このような場所は至るところにあるのだが、
日のあたっていない不思議な場所だ。
老人の眼の前には古い洋館を模した建物があり、扉の傍の 小さな看板に何か書かれている。老人は近づいて目を細めながら文字を読んだ。
「復讐屋……?」
老人は数秒考えたが足を踏み入れた。室内は暗く、おどろおどろしい雰囲気が漂っている。
持ち主は留守なのか人影は見えない。
「だ、誰かおらんかね!」
老人が声を張り上げると奥の部屋の明かりがついた。
そこから探偵のような風貌をした男が老人に歩み寄る。
「復讐屋ヘようこそいらっしゃいました、ご老人」
「な、なんだあんたは?」
「復讐請負人、黒部と申します。
ご老人、誰かに復讐したくてここへ入られたのでは?」
黒部と名乗った男の言葉に老人はハッと息をのんだ。
「心当たりがお有りのようですね。
ひとまずお座りください」
黒部は近くに設置してある椅子に老人を座らせる。
「……あんたは座らんのかね?」
「ええ。私はこのままで構いません。
さあ、お話を聞かせてくださいますか?」
老人は目を伏せると小さい声で話し出す。
「復讐……というよりは事実を知りたい。探偵に頼んだのだが、証拠が足りんと言われた。
ワシには妻がおったのだが……」
話を一通り聞き終えると黒部は顎に手を当てた。
「なるほど、奥様の死は計画的なモノだったと」
「ワシはそう思っている。……笑わんのか?ボケたジジイが
何か言ってるとか思わんのか?」
「ええ。笑う箇所なんてございませんから。
奥様は余命宣告すらされていなかったのでしょう?なのに容態が急変して亡くなった。明らかにおかしいです」
老人は黒部に対して疑いの目を向けていたが、
小さく息を吐くと決心したように見つめる。
「……あんたに頼めるか?」
「ええ。では、手形をいただけますか?」
「かまわんが……」
(このご時世に手形とは。変わった店だな)
老人はそう思いながら渡された紙に手形を押した。
黒部はそれを受け取ると満足そうに頷く。
「はい、確かに承りました」
「それで、金額はいくらだ?」
「対価はお金ではございません。あなたが所持している「何か」を頂きます」
「は?」
瞬きを繰り返している老人を見て黒部はゆっくりと笑みを
浮かべる。
「私は人ではありません。見た目はそうですがね。
ああ、1つだけお約束を。依頼を完了した後、あなたには此処に関わった記憶を全て消去させていただきます。
頻繁に訪ねられても困りますので」
「わ、わかった。それで、ワシは何を用意したら
いいんだ?」
「ご老人にしてもらうことは何もありません。ただ待っていただくだけで構いませんよ。遅くても
7日以内には終わらせますから」
黒部は不敵な笑みを浮かべると老人を入り口へ促す。
「依頼は受諾致しました。あとはいつもどおりに日々をお過ごしください」
「よ、よろしく頼む」
老人は慌てて頭を下げると復讐屋をあとにした。
数日後、大手の活羽羅(かつはら)病院が高齢者の死因の偽装を繰り返していたとして院長が逮捕された。
「もうやってくれたのか……」
老人は夕食をとりながら、速報と大きな赤い文字で映し出されたテレビを見る。画面には病院の外観が映っており、字幕で全容が表示されていた。
転院希望者が続出しているらしく、まもなく廃院に追い込まれるだろう。
「みつ子だけではなかったのか……。しかしこれだけの情報をどうやって……」
黒部と名乗った男の事だ。人間ではないと言っていたので特殊な能力でも使ったのだろうと老人は考える。
「それにしてもワシに払えるモノなど……」
老人は目を伏せた。ニュースを見る限りだと依頼は完了したので、対価が気なりはじめているようだ。
「命と記憶だけはカンベンしてくれ……」
その晩、老人は夢を見た。真っ白な空間に立っており、
注意深く周囲の様子を伺っていると誰かが近づいてくる。
老人の伴侶だった。
「み、みつ子……!」
老人は駆け寄ろうとしたが顔を下げて腕を降ろす。
「いや、ワシは……」
「全部、見ていましたよ」
老人は顔を上げた。しかし老婆と目を合わせられず視線を
泳がせる。
「失望しただろう。呆れただろう。
それでも……ワシはみつ子を殺したヤツを許せなかった……」
「あなたがあそこまでするとは思ってませんでした。
でもね、私、嬉しかったんですよ」
え、と声を漏らして老人がやっと老婆と目を合わせた。
「どんな目に合うかもわからないのに復讐屋さんに依頼した。そうしたのは私を大事に想ってくれていたから
でしょう?」
「あ、ああ……」
老人の声は震えていたが、目はしっかりと老婆を見ていた。
「残りの日々を大事に過ごしてくださいね。間違っても私の後なんて追わないで。追ったら化けて出ますよ?」
「……ああ。懸命に生きるから、ワシがここに来るまで待っていてくれるか?」
老人の言葉を聞くと老婆は微笑んだ。それと同時にまばゆい光に包まれる。
朝になった。老人は布団から身を起こすと首を何度かひねった。
「夢を見た。心地よい夢だった気がする……」
それから仏間に行って日課の祈りを済ませる。
「みつ子や、今日も見守っていておくれ」
遺影の中の老婆はあたたかい笑みを浮かべていた。
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回は復讐と呼べるお話ではなかったかもしれませんね。
……ご老人から頂いた物は何か?
「復讐心」と「記憶」でございます。少々迷ってらしたようでしたのでキレイサッパリ忘れていただきました。
では、いつかまたどこかでお会い致しましょう
黒部
路地裏の復讐屋 望月かれん @karenmotiduki
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