第4話 keep on keeping on

 蒼く輝くシュナードラ星を背景に宙に浮かぶ、戦艦空母巡洋艦などの艦艇群。全艦全て末期色に塗色が統一されているが、良く見ると全体が末期色に塗装されているのと、白いラインが入っているのに別れている。割合としてはラインが入っている方が多い。

「……これは驚きました。まさかまさかの蝶艦隊丘耶麻ちょうかんたいおかやま国鉄廣島こくてつひろしまの登場。クドネル軍への増援であるのは間違いないでしょう」

「これが信の策というわけか」

 WarTVの中継を見ながら友人と会話していると、唐突に皇帝が乱入してきた。

「希望を与えておいて絶望に突き落とすとは、信もなかなかやりおるではないか」

「お褒めに頂き恐縮です」

 ウィンドゥに表示されている皇帝が上機嫌なことに、延信はひとまず安堵する。

「どう見てもクドネルの勝ちだというのに、父親のように厳しいな」

「確定したわけではありませんから」

 クドネル軍に強力な増援が来た上に、マローダーが始末された。半ばクドネルの勝利が確定しているにも関わらず、延信の眼光は鋭い。

「ほう」

 皇帝の口元が楽しそうに歪む。

「まだまだ、楽しめるということか」


 

 シュナードラ星の軌道上に突如ワープアウトしてきた末期色の艦艇群にこの場にいた誰もが顔色を失っていた。

「なぜだ。私は彼らを呼んだつもりはないぞ」

 クドネル総統、テオドール・ロンバルディは答えを見つけようとして、この場で唯一、平然としている人物に視線を合わせた。

「貴様が呼んだのか」

 博士だけは冷笑していた。

「このままだと負けますから」

「負けるだと!?」

「負けます。現にあのマローダーに衛星落しを阻止されたではありませんか。もう、昨日までのシュナードーラ軍ではありません。逆に「軍団レギオン」を展開されたら、どう責任を取るのですか?」

 シュナードラが希少コアを戦力化していた事を黙っていたのは貴様ではないかとロンバルディは怒鳴りつけそうになったが、辛うじてこらえた。

 現実が博士の言うように進んでいる。たった一騎とはいえ、手持ちの戦力で現状を打開するどころか、下手をすれば今まで得た成果を無にしかねない。戦力の増強が必要だった。

 なるべきなら、色のない増援がほしかった。

 博士は微笑んだ。

「不本意かもしれませんが、いいではありませんか。おかげであのマローダーを始末することができたのですから」


 晴天の霹靂どころではなかった。

 智機が衛星を完璧に消し去ったのもつかの間、降下直前に謎で末期色な艦隊がワープアウトしてきて、智機は急いで降りようとしたものの、要塞砲ほどの太さがあるビーム砲による狙撃を受けた。

 その光は凄まじく、映像とはいえまともに見たら失明しかないほどの光量だった。

 永遠にも続くかと思われた光の暴力がようやく終わりを告げて、瞼を開くとスクリーンに映るのは、蒼く輝くシュナードラと宇宙空間。フリエブルーに塗られた重装甲の騎体はどこにも存在しなかった。

 その代わりに映し出されたのは、禁狼血刃やクドネル軍所属ではない、末期色に塗られた艦艇群。

 カメラがそのうちの一隻、カタパルトにパンする。

 そこに映るのは異形のEF。

 被弾経始という言葉を無視しているかのように、あるいはこの騎体設計者が曲線というものを憎んでいたかのように装甲やフレームなどのデザインが直線だけで構成されている。このため、極めて角張ったフォルムをしており、特に胸部はバストサイズ72以下のアイドルのように真っ平らになっている。

 しかし、この騎体は真っ平らになっていない。

 背部から胸にかけて、貫通するかのように砲身ユニットが外付けされているからだ。

 オペレーターの1人がつぶやいた。

「……よりによって国鉄廣島かよ」

 国鉄廣島とは数ある傭兵艦隊の中でも、精強として知られるうちの一つである。蝶艦隊丘耶麻とハイローミックスで運用されていることが多いが、いちばん重要なのが、斉の息がかかっていることが公然の秘密であることである。

 勝利から一転、CICは通夜のような空気になっていた。

 映像では智機とティーガーの姿は確認できない。あのビームによって消滅した可能性が高い。

 智機がいたからこそ、今まで戦ってこれたのに、その智機がいなくなってしまっては勝てるわけがない。しかも、国鉄廣島と蝶艦隊丘耶麻が殺到してくると考えたら、後は殺されるのを待つしかない。一般市民の被害を避けるために降伏するのもすら視野に入る。

「……んでません」

 1人の少女の声がCICに響いた。

「智機さんは死んでいません」

 ファリルだった。

「智機さんのことだから死ぬわけないじゃないですかっっっ!! ドリフトかなんかでごまかしているんです。そうに決まってます。あの人……いぢわるだから」

 涙を滝のようにこぼしながら智機の生存を力説するファリルに、CICに詰めている人々は無言になる。

 彼ら彼女らに微笑みを浮かんだ。

「まだ、代行殿が死んだと決まったわけではない」

 ディバインがCICやEF部隊、各防衛部隊に向かって指令を発する。その次にザンティが畳みかける。

「バカヤロウが。姫様が諦めていないのに、オレ達が諦めてどうするっっ!!」

 あの光景を見て、智機が生きていると主張するにはかなりの無理筋ではあったが、泣きながらも生存を信じているファリルを見ているとそんな事はどうでもよくなった。泣いている女の子を笑顔にさせるほうが重要だった。

 ファリルによってドン底に落ちていた士気が回復に向かう。

 が、巡洋艦ウーゼドムからの通信が、この場にいる人々を再び絶望へと叩き落とす。

「こちら、ウーゼドム。EFが接近しています。数は……」

 爆発音と共に映像が切り替わる。


「南方200kmに敵騎接近。ウーゼドム撃沈。騎数は2」

 ガルブレズの周囲に展開させていたドローンからの映像で、爆球を背景に2騎のEFが映し出されていた。その爆球がウーゼドムであることは言うまでもない。

 1騎はステケレンブルク

 もう1騎は……増加装甲が外れて海に落ちる。

 真っ赤で、極限まで無駄削ぎ落とした機能美が、逆に流麗さを感じさせるスタイルという真の姿が露わになるとCICに詰めている全員が恐怖に襲われた。

「まさか、レッズが来ているなんて……」

 シュナードラ軍のEFをたった12騎で壊滅へと追い込んだ悪魔のうちの一匹だった。


「やっぱり、手薄だったか」

 ティーボウとブル-9は戦場を大きく迂回して、南側から侵攻していた。

 このエリアに、シュナードラは巡洋艦1隻しか配置していない。智機が無能だからではなく、まんべんなくEFを配置するのには兵力が不足していたからである。不可能でもなかったが、その場合は密度が薄くなり簡単に抜かれてしまう。

「ブル-9、行くぞ」

「了解」


「敵2騎、接近してきます」

「ヒューザー。一個小隊をこちらに回せ」

 密度が薄いところから抜かれるのは想定内なので、ディバインは指示をする。しかし、表情がいくらか硬いのは、想定通りに撃退される保証がないからである。

 特に相手がレッズであれば。

「陛下。地下のシェルターに逃げてください」

「でも…」

 ファリルは後ろめたくなる。

「陛下が生きておられる限り負けではありません。仰られていたではありませんか。「代行殿は生きている」と。代行殿が戻ってこられるまで持ちこたえぱ勝ち目はあります」

 あの光景を見ておいて、智機の生存を信じるのは無理がある。

 だからといって、ここで投了なんてしたくなかった。命を質草に出しても僅かに残った可能性に賭けてみたかった。

 ファリルは逡巡している。

 ファリルが生き残っても、このCICに詰めている人々が全員死ぬことになる。

 でも、悲壮感はなかった。

「だいじょうぶですよ、姫様。オレたちは平気ですから」

「ここに詰めるがオレたちの仕事。姫様は生き残るのが仕事です」

 死が約束されていることがわかっても、彼ら彼女らは死神に怯えることなく、与えられた任務を着実に果たそうとしていた。

「姫様が死んだら恨みますよ」

 温かな言葉にファリルは泣きそうになる。

 命をかけて、シュナードラという国に尽くす人々。

 この人たちに報いたいが、報いる方法がない。

 いや、オベレーターの1人が言うようにファリルが生きることが報いることになる。

「……あの、ディバインさん。お願いがあります」

 悩んでいたファリルであったが、覚悟を決めたようだった。か細くて頼りない声であったが。

「臣に可能な願いであるのであれば」

「行きたい場所がありますので、行ってもよろしいでしょうか?」

 おかしいことだった。

 ファリルがディバインに了解を求める必要はない。ファリルが主君なのだから、むしろ、ディバインがファリルの願いを叶えなくてはいけない立場にある。

 戦場であることを忘れて、CICが温かな空気に包まれる。

 こんな子だからこそ、ディバイン達は喜んで命を捧げられる。

 それと、ディバインは気づいていた。

 ファリルが途中から、トイレでも我慢しているかのように上の空になっていたことに。

 

 ディバインもファリルの思考は読めない。

 ただ、そわそわしているファリルを見た時によぎったのは、智機の言葉だった


 ファリルに特別な力があるかもしれない。


「市長。陛下の付き添い、お願いします」

 智機でさえもあるとは断言できない。

 しかし、助けは未だに現われず、智機でさえも生死不明な状況においては、ファリルの可能性にすがらざるおえなかった。

 オペレーターが悲痛な現実を報告する。

「敵騎。距離200を切りました!!」





 もちろん、シュナードラも対策を練っていないわけではない。ただ、兵力も予算もないだけで。

 ガルブレズ上空にはEFが5騎と、戦艦ロストックが待機している。

 数ではシュナードラは勝っているが、質より量と胸を張って言えるほどでもなく、質の面でいえばクーガー以下のロートル騎種ばかりと劣っている。

 シュナードラ軍ではなく、ザンティが密かに買い集めていたものなので、質を求めるのも酷というものだろう。

 その部隊を指揮するは、元近衛騎士団のウォルフガンク・ノボトニー。

 智機と初めて出会った時は主導権を握ろうと、あわや殺しかけた。

「者ども、用意はいいか」

 もちろん、子供の命令を受けなければならない立場に納得しているというわけではない。

 小隊長として率いている部下も年配の者ばかり。この小隊は老齢の者たちで構成されている。もちろん、意図的な編成なのだが、ノボトニーに不服はない。

「我らが騎士団の力を、あの小僧に見せつけてやろうぞっっっっ!!」

 部下達から威勢のいいかけ声がかかってきたが、その直後に沖から、光がちかちかと激しく点滅する。

「クドネルめっっっ、姫様に指一本も触らさせたりはせんっっっっっっっっ!!


 チェーンで連結した5騎のEFを中心に透明な力場が発生。それは大きく広がると沖から発射された複数ビームと衝突して、空間を激しく揺らした。


 島に上陸しようとレッズの赤いEFが突進するが、ドリフトで張られた透明の壁に阻まれる。

 赤く発光しているのはドリフトを発動しているからなのだろう。

 ドリフトの力を借りて強引に突破しようと試みるが数分の激突の後に弾かれて後退する。

 チェーンなどでつないだEFが同時にドリフトを発動させると、1騎の状態よりも遙かに硬い防壁を張れる。それが5騎連結なのだから硬いとは分かっていても、想像以上の硬さであった。

 そこまで硬い防壁を展開できるシュナードラ軍の士気の高さには驚かされる。

 国鉄廣島の来襲と智機の生死不明という絶望的な展開にシュナードラの心も折れるかと思いきや、ますます硬くなっている印象がある。

 背水という危機感が彼らを強めているのだろう。

 せめて、首都攻撃の前に背水の心境になっていれば、首都失陥国王戦死という憂き目に会わずに済んだのだから皮肉としかいいようがないが。

 いずれにせよ、防壁を突破するためには強力な一撃が必要だった。

 沖側から、対空射撃の猛烈な弾幕が2騎にめがけて襲いかかる。

 西側で行われている戦闘と同じ図式。敵の攻撃をドリフトの防壁で食い止めている間に、もう一騎が仕留めるという形だが、仕留め役が戦艦というところに違いがある。

 回避とドリフトの防壁との組み合わせで悠々と回避できるが、カウンターで放ったビームは戦艦の端っこに当たりそうなところで透明な防壁によって弾かれてしまう。艦艇単体ではドリフトを発動させることは不可能であるが、EFを搭載していれば可能である。

 ドリフトを効果的に利用しているだけではなく、操艦も巧みなのだろう。さっきの一撃は当たり所が悪ければ防壁を破って落とすことも可能だったのだが、艦の端に当たるように操艦しているからである。

 首都攻防前、いや、艦橋部を潰される前のこの艦はそれほど機敏ではなかった。代わった艦長が有能だからだろう。

 EFとは違い、砲にドリフトの効果を乗せることはできないとはいえ、ドリフトが無ければたちどころに落とされるのと落とされないとでは大きな違いがある。

 僅かな隙が致命傷になりかねない。

 手詰まりになってティーボゥは回避と攻撃を続けながら思案する。

 智機は生死不明。

 あと、少しすれば国鉄廣島か蝶艦隊丘耶麻がガルブレズに降下する。たった2騎で無理する必要はない。時間はティーボゥ達の味方だ。

 ティーボゥは首を横に振った。

 見た目にはクドネル側が圧倒的有利なように見える。

 しかし、今はシュナードラ衛星軌道上からの放送を受信することができない。出撃する前は受信できていたというのに。

 ティーボゥは実はそれほど状況に差はないこと。2騎だけで防壁を突破しなければガルブレズを落とせないと判断している。

 そう、判断せざるおえない。

「こちら、ブルー9。ゴールドリーダー、話があります」

 レッズが通信を入れてきた。

「こちら、ゴールドリーダー。用件は?」

「5分、いや3分下さい。ボ…いや、私が突破してみせます」

「何か策がある、と」

「はい」


「こちら、司令部。ネイキッド1。騎体の損傷程度を知らせよ」

 シュナードラ星の衛星軌道上に停泊している戦艦の

、開放式カタパルトに佇んでいる異形のEFのライダーに司令部からの通信が入る。

「こちら、ネイキッド1。ただいま主電力が落ちて、非常用電源に切り替えています。フルパワードリフトチクビームで砲身や機関部が焼き付いて行動不能です」

 ほとんど直線だけで構成されているEFの、背から胸へと貫く形で伸びている2つの砲はチクビームという大口径の光線砲である。正式名称は別にあるのだが無駄に長いのでチクビームという略称で呼ばれている。EFで運用できる最大火力の火砲であり、加えてドリフトで上乗せできることから、ライダーの力量次第では要塞砲に匹敵する破壊力を持つが、その反面、今の騎体のように機関部が焼け落ちて行動不能になるなど、取り回しの難しさから試験配備だけで終わっている。

「了解した。ネイキッド1はただちに戻って整備を受けろ」

「いや、ドリフトで直すことも可能ですが」

「ドリフトだってタダじゃない。命令だ」

 ドリフトで修理したほうが手っ取り早いのだが、ライダーの生命力を削るのがドリフトなので、代替できるのであれば多少の手間がかかってもそれにこしたことはない。

「ところで、マローダーは殺れたか?」

「間違いなく直撃しています。ですが、確実に殺れたかどうかについては微妙ですね。溶けた感じがしませんでした」

 ドリフトはライダーの意志が引き金になって発動するので、ドリフト抜きで撃つのに比べて独特の感覚を覚えることもある。一般的なのはドリフトでビーム砲の威力を増強した時で、破壊力が増したビームに飲み込まれた敵が光の中に溶けていくのを感覚して感じてしまうことである。

「あのチクビームに耐えただと?」

「まさかとは思いますが。でも、マローダーが予定していたポイントから押し流したのは間違いありません」

 仮にマローダーが生き延びていて、降下したとしてもマローダーが予定していたポイントから遠く離れた地点への降下を余儀なくされたということである。つまり、マローダーがガルブレズへの再上陸を意図していたのであれば、そこから遙かに遠い場所へ流されたということである。見た目を裏切る高い機動性を見せつけた騎体ではあるが、マローダーが駆けつけるまでに現地のクドネル軍なら余裕で落とせる。

「了解した。ネイキッド1はただちに帰……」

 指令の言葉が途中で止まった。

 その代わりにオペレーターの声が響いた。

「亜空間レーダーに反応あり。5時の方向、距離1000。反応……多数。艦隊規模です!!」


「レッズ、戦場を離脱。上昇していきます」

 2騎のうちの1騎、真っ赤に塗られたスマートな騎体が飛行機雲を靡かせながら上昇していく。

 もう1騎のステケレンブルクはノボトニー達のEF部隊と交戦しているのだから、逃げるということはあり得ない。

 シュナードラも耐えることしかできないが、それだけにクドネルも手詰まりになっていているので、何らかの打開する手段をとってくることは予想できる。問題はその中身。

「ガルブレズ上空に全速前進。ライダーはフィールドを全力で展開。イプシロン1を護って!!」

 上昇していた敵騎が急降下を始めたのは、その直後だった。

「正気?」

 敵騎は明らかに重力制御を切って落下している。それどころか下に向かって加速している。制動に失敗すれば死ぬのはもちろんのこと。音速を超えるほどのエネルギーが一瞬でゼロになる反動、その際にライダーにかかる重力加速度はケタ外れなものになる。蟻があっさりとEFに踏みつぶされるのを人間でやるようなものである。正気の沙汰ではない。

 しかし、正気の沙汰ではないことを強制されたのではなく、相手のライダーは意図的に行っている。

 つまり、敵騎にはキチガイじみたことをしても生きていられるという自信がある。その行動でシュナードラEF陣が敷いている防御網を突破できるという確信がある。セシリアは原理を説明することができないが、ドリフトの一手法としてやろうとしていることを理解した。本能的に。

 戦艦はEFほど機敏ではないので、指示してから実際に行動するまでいくらかのタイムラグがある。

 その間に、敵騎は落ちていく。

 セシリアは間に合うことを祈った。祈ることしかできなかった。

 落ちてくるEFが一瞬にして、大きくなる。

 そして、空中で何かと衝突して艦内が激しく揺れる。

 落ちてきた敵騎が、ロストックが張り巡らせていた防壁と衝突したのである。それはセシリアの指揮が報われたことを意味していた。間に合ったのである。

 が、ノボトニーを守れたという事実を感覚で捕えて、脳に伝達するよりも先に一瞬でロストックの防壁を抜かれたほうが早い。

「……全砲門、うってぇ~~」

 反動で沖側に艦ごと押し流された事で本能で理解したセシリアは反射で命令を下していた。真下のノボトニー騎めがけて落ちて行く敵騎を落とすのが最優先なのだ。

 全砲門が真っ赤な敵騎一騎を破壊するために発砲。数々のビームが敵騎を包み込む。

 もちろん、命中精度は劣るので当たらないほうが多いが、弾幕の密度が実情ではないので何門からの砲撃が敵騎に直撃するが蒸発させるには至らない。敵騎が張り巡らせたフィールドに全部弾かれてしまう。

 そして、再びノボトニー達が張り巡らせた防壁と敵騎が激突。

 爆発でも起きたかのように激しく光り、雷電のようなスパークが発生する。

 ノボトニー達騎士の意地が込められた防壁の前に、上方へと敵騎が弾かれる。

 守り切れた、とセシリアは思ったのと同時に敵騎は張り巡らされた防壁と突撃する。

 騎体と衝突して、露わになる防壁。

 その時、セシリアは見た。

 ガラスのような破片が空間に零れ落ち、光に溶けて消えていくのを。

 敵騎が張り巡らされた防壁を突き破ったと知った瞬間、敵騎はノボトニー騎の真上にいて、そのままライトセイバーを振り下ろした。

 再度、防壁を張る間もなく、一瞬でノボトニー騎は真っ二つにされ爆発する。

 間髪入れずに残りの騎体も、ステケレンブルクの射撃を受けて、たちどころに爆発四散する。

 秒単位での激変ぶりについていけなくて呆然とするセシリアであったが、これで終わりではない。

「全速前進。早くッッ!!」

 セシリアが言い終わらないうちに激しい衝撃が、完艦全体を襲った。


 ステケレンブルクのライフルから発射された、ドリフトを効かせた幅広のビームが戦艦の左舷の張り出し部分に命中。命中した箇所から光の球が生まれては爆発し、戦艦は煙を上げながら海へと落ちていく。 

「……外したか。存外に腕がいい」

 ティーボゥの目論見通りに行けば艦そのものが爆発しているはずだった。しかし、二つあるうちのジェネレーターの破損に留まったのは戦艦がティーボゥの予測よりも速く動いたからである。計算によるものか、あるいは反射的に動いただけなのか、致命的な破壊から逃れた艦長の判断は褒められてしかるべきだろう。もっとも、戦闘力の大半は削がれてしまったが。

 折れたかな。

 レッズが相手の頑強な防壁を突破して、そのリーダー騎を倒してからはあっという間。

 残りの騎体も事もなげに撃破できたのも、戦艦に向かった発射したビームの斉射がドリフトの防壁に阻まれることなく、ストレートに炸裂したのも気合いだけでは支えきれなくなったのだろう。

 智機の生死が不明になって絶望的な状況におかれてもシュナードラの兵士達は奮闘した。しかし、リンクで張っていた防壁がレッズの行動に破られた。

 智機なら、いや、あの戦艦の艦長でも本能的に対処できただろう。

 しかし、思いがけない現実に対応するにはノボトニー隊には何もかもが足らなかった。EFの性能、ライダーの技量。そして、経験。

 いくらカマラで悪名を馳せた智機といえど、3日程度で雑兵を精鋭に鍛え上げられるわけがない。せいぜい彼らにも実行可能な作戦を提示することぐらいで、それを忠実に守ることによって、シュナードラは持ちこたえてきたが、それでも限度がある。いくらドリフトがあるからといっても、それで能力や経験の差を埋められるほど現実は甘くない。

 そして、1度限界を超えてしまえば、後は落ちるのみ。

 降伏勧告もティーボゥは考える。

 いずれにしてもレッズの行動によって最後の壁は突破した。このまま破壊することも可能であるが、ファリルを生存状態で手に入れろというのが上からの命令である。

 実は、ティーボゥとレッズも安穏としていられる立場ではない。

 おそらく遙か上空での混乱は伝わっていないだろう。そのためには脅しておくに限る。たとえ、はったりであったとしても。

 レッズが構えたビームライフルの先端が赤く発光していた。

 狙いは大地。

 レッズのライダーがさっきの撃破の影響で高揚していることが、一目で分かる。

 ティーボゥは苦笑した。

「ほどほどにしておけよ」

 ティーボゥの言葉が伝わったのか、言い終わらないうちにビームライフルから強大な光の奔流が迸り、ガルブレズの盛り上がった島中央部へと向かっていった。


 それは時間にして数十秒から数分程度でしかなかったが、ファリルには永遠のように思えた。

 

 基地の床、いや天井や壁、そして空気全体までもが激しく揺れて、立っていられずに壁にある突起を掴んでしゃがんだが、それでも強烈な力で吹き飛ばされそうになる。

 上から熱くて柔らかみのある物体が覆い被さってくれたので、少しはマシになったが翻弄される事には変わりがない。

 いつ終わるか、全く予想できない中、突然、視界が開けた。

 

 そこは地獄だった。


 なに…

 炎が燃えさかっていた。

 何処までも何処までも、果てしなく炎が燃えさかっていた。

 夜だというのに、夜とは思えないぐらいに明るい。

 そして、複数のEFが手にしたライフルを連射して、辺りを廃墟に変えている。

 つんざく轟音と爆音。

 ただ、1人の少女が泣いている。

 炎が周りを包み込む中、ただ叫ぶように泣いている。

 膝まで達するぐらいに伸ばした髪を三つ編みお下げにしているので最初は戸惑ったが、すぐに誰なのかがわかった。

 ファリルは知っている。

 その少女が泣く理由を。


 なぜなら、網膜にたくさんの人がEFのビームライフルから発射されたビームによって生きながらに焼き尽くされる様子がまざまざと焼き付いていたから。

 だから、肌が焼けるように熱い風には肉の焼けた臭いが混ざっていた。


「姫様、姫様っっっ!!」

 誰かの叫び声によって、ファリルの意識が元に戻る。

 温かかったとも道理で、やたらとがっしりした老齢の男性に抱きしめられていた。

 すぐにザンティだと気づく。

「いまのは……」

 朦朧とする意識の中、さっきまでのEFによってたくさんの人々が焼き尽くされる光景が今でも鮮明なほどに残っている。

 夢、それとも現実?

 さっきまで見ていた光景は明らかに現実ではないが、見ていた事は事実である。見てしまった理由を知りたかったが、ザンティの口から説明できないことだけは理解できていた。

 しかし、幻想を見るきっかけになった、基地全体を地震のように震動させた理由はザンティでも説明できる。

「防衛網を突破してきたレッズが、ドリフトでビームを撃ってきたんでしょう」

 ファリルの胃を締め付ける。こうなってしまえば蹂躙されるのも時間の問題だ。

 しかし、ドリフトでビームを撃ってきて激しい振動が廊下全体を襲ったが、軍人ではないファリルが

見た感じでは、それほど酷いダメージはない。

「……だいじょうぶですか!?」

 ザンティの額が少し切れたのは、ファリルを庇ったせいなのだろう。ファリルは申し分けない気持ちになる。

「こんなのどうということもありません。お気遣い心痛みます」

「でも……」

「姫様を護っての負傷ですから、孫子の代まで誇りになります。役得というものですよ。こんな時でないとセクハラになってしまいますから」

 祖父ほどの年齢の人物から、ユーモアたっぷりに言われたファリルも一瞬、状況を忘れた。

 しかし、レッズがドリフトで撃ってきて振動だけで済んだというのだろうか。

 ドリフトを使っているのだから、少なくても通路が塞がれるだけのダメージは来るはずである。いや、例え一発が塞がれていたとしても、2発3発と打ち込めばいいはずなのに、撃ってくる気配はない。

 気持ち悪い。

 重度の乗り物酔いをしているかのような感覚に襲われている。

「これは私見ですが、迎撃に出た我が軍のEFがドリフトを張って防いだんでしょう」

「迎撃って、出撃できる騎体はあったんですか?」

 出撃できるような騎体があれば、既に出撃している。使用可能な騎体を遊ばせている余裕があるわけない。

「戦闘中に直した、あるいは出撃可能な状態に整えたということは考えられます」

 ガルブレズに予想以上の工廠があったことと、メカニックが優れていたことから当初の見込みよりも整備環境が向上しているので、ザンティの私見にも説得力がある。

 問題は誰が操縦しているかということなのだが、ファリルには思い当たる節があった。

 ファイルに万力で締め付けられているような頭痛と胃痛を与えているもの。

 

 ティーボゥの長い軍歴の中でも、これほどの殺意と憎悪を受けたことはなかった。

 ガルブレズの浜辺に一騎のEFが立っている。

 シュナードラ仕様のクーガーだが、最初から左腕がないのがシュナードラ軍の窮状を物語っている。

 でも、レッズとティーボゥが脅威とは思えない騎体を脅威として受け止めている、受け止めざるおえないのはその騎体からは空間を埋め尽くすほどのメッセージが迸っていた。

 たった一言、殺してやると。

 敵騎体の状況は良くないが、レッズの懇親の力を込めた一撃が、その騎体のドリフトによって弾かれたのは込めた想いが強烈すぎたからである。

 もはや、シュナードラやクドネルなど、そんなものは関係ない。

 命でさえも惜しくはない。

 ただ、ティーボゥとレッズの殺すことだけしか、頭に入っていない。

 ティーボゥは溜息をつく。

 あの騎体に乗っているライダーはサンザルバシオンの虐殺の遺族なのだろう。それでしか、気持ちが悪くなるほどの憎悪を向けられる説明がつかない。

 戦争だから恨みを買うのは避けられないとはいえ、余計な恨みを買わないほうがいいに決まっている。部下のしでかした不祥事でなにもしていないのに謝りに行かせられる上司みたいに尻拭いをしなくてはならないとあっては。

 相手を倒すためならバーサーカーになる事も厭わない死兵ほどやりにくいことものはない。さきほど、大破した戦艦とその乗員を人質に使うことも考えたが、すぐに諦めた。無視するどころか、逆に邪魔だとばかりに自軍の戦艦を破壊してドリフトの燃料にしかねないほどの狂気がその騎体からは漂っていた。

「……まあ、やるしかないか」

 しかし、ティーガーを相手にするよりは遙かに楽に違いない。

「あの騎体は…」

 一方、CICでは迎撃に出た自軍の騎体を、ディバインが半ば呆然気味に見ている。

「こちら、ハンガー。出撃許可は私が出した。だから、ライダーを処分しないでほしい」

 画面のスクリーンにクラークソンの特徴的な顔が現われる。本来ならばクラークソンに権限はないが、そんなことを言っているような状況ではなく、あの騎体の出撃が間に合わなければ間違い無く基地全体が殺られていた。

「了解しました。で、乗っているのは誰ですか?」

「西河芽亜候補生だ」

 少ししてから名前と外見が一致する。

 新人の中で、一番クドネルに敵愾心を燃やしていた少女。

 敵の必殺の一撃をも防いでしまうほどに、その憎悪は深かったのだろうか。

 ディバインが感じている、殺意を向けられているような気持ち悪さにも納得いったような気がする。

「こちら、ザンティ。2人とも無事だ」

「了解しました」

 ファリルの安否が確認できた事にはひとまず胸を撫で下ろす。簡潔さに引っかかるものを感じなくもないが、ひとまずは無視することにした。

 スクリーンでは、クーガーとレッズ、それにステレケンブルクが早速、激突している。

 最初から片腕がないとはいえ、速攻で潰されることなく憎悪の熱さからくるドリフトを武器に一進一退の攻防を続けている。

 だいじょうぶか、あいつ。

 意志が高さによっては多少の数や実力の差は補える。しかし、それは自身の精神を燃料にしているようなもの。遅かれ早かれ、燃え尽きてドリフトエンドという最後を迎えることになる。

 このライダーはここで燃え尽きても構わないのだろう。

 ティバインが命令したわけではない。あくまでもライダーの自発的な意志であるる

 にも関わらず、罪悪感を覚えてしまうのは何故。

 一つは、健闘と引き替えにライダーが死んでしまう可能性が高いこと。

 もう一つは、ライダー1人を犠牲にしなければ、この場を守り抜けない現実。

「ヒューザー。一個小隊は」

「悪い。敵の攻勢が強すぎていけない」

 こればかりはしょうがない。

「博士。使える騎体は?」

「現在一騎整備中。だが、トラブルが発生して出撃できない」

「見込みは?」

「機械的には問題はないが、コアに問題がある。現時点では見込みはない」

 EFはまだ未知の部分があるので、正体不明のトラブルが起きている。コア周りがその手のトラブルが起きる。厄介だとは思いつつも現時点では任せるしかない。

「あの、司令官」

 オペレーターの1人が話しかけてきた。

「どうした?」

「先ほどから、衛星軌道上からの放送が流れてきません」

「流れてこない?」

「色々とチェックはしてみたのですが、どうやらガルブレズへの放送を差し止めているようです」

 その事実の意味をディバインは確かめる。

 クドネル側は恐怖を与える意味で、衛星落しの模様をガルブレズにも流していた。ところが、状況がクドネルとは期待していたのとは真逆な展開となり、現在は放送を差し止めている。

 その意味は。

 ディバインの手に力が入る。

「俺達は助かるぞ」

 放送を止めるとというのはクドネル側にとって不都合な現象を起きているのを知られたくないため。その不都合な事実の正体を知るのにさほどの時間を必要とはしなかった。

「援軍がきたんだ」


 国鉄廣島と蝶艦隊丘耶麻から、数百km離れた地点に彼らを凌駕する規模の艦隊がワープアウトしていた。

 こちらの艦隊の特徴はそのうちの戦艦5隻、巡洋艦15隻を中心とした艦艇に女の子の絵が描かれていることである。

 ゴスロリ、ロリータ、制服、メイド、果ては良く見ると男の娘と様々であるが、色々な意味で並の神経でこのペイントはできない。乗れない。

「おーーーーっっっと、これはまさかの展開ですよ。の恥ずかしい痛戦艦の群れは間違いなく渋谷艦隊。しかも、数騎のEFが出撃しています」

「驚いた」

 アリーナでは予想もしない痛戦艦を中核する謎の艦隊がワープアウトして、EFを発艦させて末期色艦隊に襲いかかる展開にざわめきが起きていた。

「まさか、渋谷艦隊が来るなんて」

「30点」

 延信も呟くが友人がすぐさま反応する。

「白々しい。本気で言ってるのなら、信は蒼竜を辞めるべきだ」

 わざとらしさを突っ込まれてしまう。

「国鉄廣島が来た時でも真剣だった癖に。今更、驚いたふりをしてもバレバレだろうが」

 更には皇帝からも突っ込みをいれられてしまう。

 実際、延信が呼びもしなかった艦隊が襲来するのも予測の範疇であり、アタリをつけた中に渋谷艦隊も入っていた。

 一見すると当たってほしくなかった結果ではあったが。

「あの変態がこの戦、勝てると見込んだか。あるいは自身ならひっくり返せる自信があると」

 高い報酬が約束されても、敗北が確定した博打に賭ける傭兵はいない。よっぽど切羽詰まっているならともかく、艦隊を率いているほどの傭兵ならば尚更である。部下たちの生命は当然のこと、その家族の運命までもがトップの決断に左右されるのだから、安易な判断で博打ができるはずもない。

 変態とは呼ばれていてもEF傭兵界の中でも一流という評価がある渋谷艦隊が参戦した事は単に戦力が増えた以上の意味がある。シュナードラにもまだまだ巻き返せるチャンスがあると権威ある団体からお墨付きをもらったのに等しいものだからだ。

 あるいは力づくで逆転して見せると。

 渋谷艦隊の力なら決して無理なことではない。

 斉の大軍を相手にすることに比べれば、遊んでいるようなものだからだ。

「ブックメーカーもさぞかし大変なことだろうな。秦王も楚王も気が気ではあるまい」

「他人事ではないですよ」

「それをどうにかして見せるのが、信の腕の見せ所ではないのかね」

 信に全権が託されているとはいえ、この戦争は斉の予算がなければ成り立たない。その斉のトップは皇帝なのだから、信と同じように皇帝も同等の責任を背負っている。それがわかっていない阿呆ではないので、要はキャラクターの違いなのだろう。

「なあ、信。変態はどう動く?」

「そうだね。主導権は変態が握っているからね」


 WarTVのレポーターが実況する中で、その痛戦艦のうちの一隻。渋谷艦隊旗艦ともよで、艦長席に座っている男が通信を交わしていた。

「どうやら、先を越されたようですね」

「面目ない」

 相手は今回の戦いで僚軍を勤めるトランスカナイのガイハトゥ提督。

「この借りはいずれ」

 渋谷艦隊司令官兼旗艦ともよ艦長、通称「変態」こと渋谷達哉は側に控えている人物に流し目をくれる。

「借りはボクではなく、フロイライン・ファルケンブルクに返してあげてください」

「これはしかたがないですな……では、打ち合わせの通りに」

「援護お願いします」

「了解しました」

 トランスカナイの提督の会話が切れると、渋谷提督は傍らに控えている人物に優しい笑顔を向ける。

「不安ですか?」

 その人物はワインレッドの長い髪を結い上げた6歳ぐらいの女の子。

「不安ではないといえば嘘になります」

 状況がいまいちつかめていない。

 智機の奮戦によってクドネル艦隊や禁狼血刃といった舞台は壊滅、衛星落しは阻止できたものの代わりに国鉄廣島といった強大な敵を呼び込む羽目になってしまい、その智機は生死不明ときている。

 はっきりわかっている事は一刻も早く急がないといけないということ。

 ……ひょっとしたら手遅れになっているかもしれないが、その事は考えないことにした。

「提督はどのような事をお考えに?」

「そうだね……まず、敵は僕らが素直にシュナードラに降下するものと思っているはずだ」

 それしか選択肢がない。

「国鉄廣島は、私たちを迎撃します?」

「迎撃は一応するけれど、止めるよりも僕たちと一緒に降りるはずだ。目的はガルブレズの制圧だからね」

「はい」

 読まれているにも関わらず、手の内を素直に実行する、実行を押しつけられる事にいらだちめいたものを覚えなくもないが、それが現実というもの。前国王夫妻が殺されてガルブレズに追い詰められている現実に比べればどういうことはない。

 そこで、マリアは気づいた。

「だから、それではちょっと面白くないから、やり方を変えてみよう」

 全艦に女の子のペイントを施した渋谷艦隊も充分に痛いが、全艦を末期色に塗装した国鉄廣島も派手でぶっとんでいるとの評価が高い。

 中でも、この2騎が飛び抜けている。

 一騎は胸が真っ平らなアイドルを連想させるほどに、直線で構成されたEFチハヤ食パンから外れていないが、他騎種よりも平面で構成されていることを生かして、渋谷艦隊の痛戦艦と同様に、アニメチックな女の子のイラストが描かれている。

 もう一騎のほうが遙かに問題だった。

 こちらに施されているのは、化け物のように筋肉がふくれあがった筋骨隆々の男2人が、裸で堂々と絡み合いながら猛烈に愛し合っているイラストである。モザイク抜きで。

「渋谷艦隊かぁ。相手にとって不足無しといいたいところなんだけど、やっぱり不満よね」

 そういっているのは口調こそ女ではあるが、見た目も声も騎体に描かれている野郎以上のマッチョ。見た目とは裏腹に声もソプラノボイス……な訳はない。

「渋谷艦隊は可愛い子ちゃん揃いだからなあ。……なんで集まるんだろ。艦長がロリコンな癖に」

 智機にチクビームを浴びせたライダーが文句を言うと女の子の絵が描かれた騎体に乗ったライダーが反応する。


「チクビチクビと連発していたら、女性に逃げられるのも当然です」

「チクビサイコーじゃないか」

「ゴローちゃんも漢を好きになりなさい。本来は漢が漢と結ばれるのが自然なの」

「はいはい」

 ゴローというチクビーム装備の騎体に乗ったライダーがいつものように受け流すと、今度は萌え絵の騎体のライダーに話しかける。

 ゴローもおかしいが、このライダーもおかしい。

「毎度のことだといえ、寒くないのかよ?」

 このライダー。実はヘルメットしか被っていない。

 つまり、首から下は全裸。

 そのライダーは言った。

「英国紳士のたるもの、戦場には正装で赴くのが礼儀ですから」

 前線に立っているライダーには脳天気でいられるが、彼らを指揮する国鉄廣島の司令部にそんな余裕なんてあるはずもない。

「よりにもよって変態とはな……」

 数は渋谷艦隊とトランスカナイが圧倒しているが、戦闘艦艇の数ではそれほど差があるというわけではない。トランスカナイの艦艇には兵員輸送艦や補給艦といった明らかに戦闘が目的ではない艦船も含まれているからである。恐らくは壊滅したシュナードラ陸軍の補完。

 数的には互角となれば、質が勝敗を分けることとなる。

 トランスカナイトと蝶艦隊丘耶麻は互角。

 問題は変態こと渋谷艦隊。

 世界中の国家や傭兵艦隊などが斉の四神艦隊を恐れるのと同じように、渋谷艦隊も恐れられている。何故なら、彼らは四神艦隊と衝突することを恐れていないからだ。

 そんな渋谷艦隊と激突して勝つ事は難しく、勝てたとしても大損害は避けられない。ただし、目的は渋谷艦隊の殲滅ではない。

 渋谷艦隊の襲来はイレギュラーであったとしても、ガルブレズ降下という当初の目的は完遂するべきなのだ。

 渋谷艦隊も同じく降下だろう。

 ガルブレズを戦場にしてしまえば後はどうにでもなる。

「流石は渋谷艦隊」

 スクリーンは戦場の状況を投射している。蝶艦隊丘耶麻とトランスカナイが互角の戦闘を繰り返している中、水色の点の集団が戦線を突っ切ろうとしていた。

 

 ザンティは嘘をついた。


 ディバインへの報告の時、ファリルは無事だと言ったが実際は、誰の目から見てもファリルの調子がおかしくなっていた。ひどい乗り物酔いでもしたかのようぐったりしている。

 両親、公王夫妻が死亡した時のことを思い出しているのだろうか。

 それでも正直に告白することができなかったのは、それだけではない何かをファリルに感じたからだった。

 それは信頼できる人間にしか話せないことであること。

 正直に話してしまえば、あの場ではたくさんの人々に広まってしまうのをザンティは危惧した。本能で。

「だいじょうぶですか、姫様」

 ザンティは自身の直感が正しかったことを知る。

「……だいじょうぶ…です……」

 本当はちっとも大丈夫ではない。

 絶えず、誰かの殺意が敵もろとも焼き尽くす勢いで響いてきて、ファリルは気持ち悪いに悩まされている。それこそ、インフルエンザの高熱にうなされているように。

 だけど、それ以上にやれることをやれなかった後悔をしたくなかった。

「……いかなくちゃ」

 ファイルが垣間見たのは、現在、外で戦っているライダーの少女の記憶。

 なぜ見てしまったといえるのかは分からないが、そんなことは些末な問題である。

 間違いなく言えるのは、彼女は攻め寄せる敵を全て殺し尽くすまで戦い続けること。自分の命さえも燃料にして。

 それでも、敵を倒し尽くせるかどうか分からない。

 ただ、彼女の犠牲にしたくない。それが自らの意志であったとしても、敵と一緒に自爆するのが彼女の意志というのであれば、彼女を救いたいというのもファリルの意志でもある。

 だから、智機の気持ちが全部とは言わないまでも、少しは分かったような気がした。

 仲間が、戦友、愛した人たちが死んでいくのを為す術もなく見届けるしかなかった絶望はどのようなものだったのだろう。

「……いかなくちゃ、いかなくちゃ……」

 でも、ファリルには何もできないわけではない。

「どこに行かれますか?」

 ザンティが自然に抱きかかえてくれたのには、ファリルも真っ赤になる。

 歩き出すに連れて殺意に混じって、泣き声が響いてくる。

 ファリルにはその声に聞き覚えがあった。

 だから、確信があった。

 

 その泣き声の主に出会うことができれば、世界は変わってくれるのだと。


 クドネル領内雲の上2000フィートの高度では、クドネル共和国防衛隊のEF一個小隊が定期哨戒に出ていた。この下の大地が、クドネル共和国にとって重要であるからこその措置であるが、どことなくたるみきった空気が流れていた。

「この哨戒もあと5分ですか。今回もつつがなく終わりますね」

「……意味、あるんですかね」

 ライダー達が行動に疑問を抱くのは、戦線がここより数千km先だからである。

「あるに決まっているだろう」

 隊長がだらけ気味な部下たちを窘める。

「衛星落しが失敗した上に、あの渋谷艦隊がやってきたというではないか。油断はできん」

「確かにマローダーも来ましたけれど、国鉄廣島のチクビームに焼かれたじゃないですか」

「上空では戦闘していますけれど、渋谷艦隊もここを急襲するわけではないでしょう。その前に戦争……」

 青天の霹靂。

 レーダーに現われた反応が言葉をかき消した。

「ドリフトレーダーに反応…だと…!?」

 ドリフトにはステルスの効果を付与する事ができる。つまり、既存のレーダーを無効にすることができるが、ドリフトを使用しているので反応が強く出るといった副作用がある。そういったドリフト反応を利用して敵を察知する機能のことをドリフトレーダーと呼んでいる。

「総員せん……」

 ステルスドリフトをかけているということは、既に戦闘状態に入っていること。そんな相手に最初から戦闘なんて起きないものと寝ぼけきった連中が勝てるはずがなかった。

 空から降り注ぐ大口径の実体弾が、数秒で一個小隊全てのEFを打ち貫き、一騎残らずに爆散させた。戦闘モードに移項させる余裕すら与えずに。

 立て続けに咲いた光と煙を破って現われたのは一騎のEF。

 平均よりも大きめの巨体。フリエブルーに塗られた堅牢な装甲。巨大なライフルが握られた左腕よりも大きくて、蟹を思わせるような格闘用の巨大な爪がついた右手。

 そして、左肩に描かれたバビ・ヤールのインシグニア。

 空っぽになったカートリッジが独りでに外れ、空中に溶けるようにして消える。

 その騎体に乗ったライダーがボソっと呟いた。


「撃ったのはこれが始めて?」


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